第37話世界が闇に染まるけれど3

 日が暮れると寒いと感じるようになった。夜風が枝葉を揺らし、雨音のような旋律を奏でているのが心地よく聞こえた。




「俺は、リナ様が好きでした。気付いて………いましたか?」




 もうすぐ別れが近いからか、ヤトさんはすんなりと私に告白した。今の私には、それが『告白』だと、ちゃんと理解できた。




「気付いていたというより、知らないふりをしていました。ヤトさん、ごめんなさい」




 やはり、という顔をした彼だったが「いいです、もう終わったことだから」と苦笑した。




「………………人を好きになるって難しいですね。恋愛って、そういう気持ちって、はっきり形として見えないから。これがそうかと分かりにくいって言うか………」


「確かにそうですね。それに愛ってやつは人によって違う形をしているんじゃないでしょうか?」




 大判のバスタオルのような羽織りを取り出したヤトさんが、私に掛けてくれた。




「俺は、あいつ…………蘇芳の気持ち分からなくもないんです」


「え?」


「だから尚更、あいつにはリナ様を渡せない」




 ヤトさんは、腹立たしいというより悲しそうだった。




「俺も殿下もあいつも、リナ様が好きだから幸せになって欲しい。だから俺や殿下はリナ様の望み通りに帰したいと思っている。でも、あいつは…………リナ様の望みよりも自分の望みを優先させている」


「執着っていうものなのかな?」


「そうかもしれない、だがそれも『好き』の形の一つだとは思うんです。だから俺はあいつの気持ちが理解できる。叶うなら、本当は俺だって………俺だって」




 恥ずかしくなった私は膝を抱えると、見るとはなしに目の前の木の葉が揺れるのを見た。




 私をこんなに気にかけてくれる人がいる。ありがたくて申し訳ない。




「リナ様。俺は見守ることができませんが、ちゃんと自分の幸せを見つけて下さいよ」


「ヤトさん………ありがとう」




 夜の間見張りをしてくれるヤトさんの近くで、私は小さく縮こまって眠った。身体は少し寒いが、私は胸の奥に仄かな温かさを感じていた。


 こんなにも皆から心をもらっていたのに、今になってようやく受け取れたような心持ちだった。




 自分の居場所はあった。用意されるでも作るでもなく、最初からあった。それを私が見えてなかっただけ。




 *********************




 朝が来て移動を開始したが、森の中は鳥が短く鳴くだけで静かだった。




「リナ様は、帰ったら家族が待っているのでしょうね」


「……………はい」


「良かったですね。もうすぐ再会できますよ」


「……………そう、ですね」




 事情を知らないヤトさんに曖昧に頷き、歩を進める。一瞬、頭の中で「行かないで」と叫ぶ声を思い出す。




「神殿の他の護衛さん達は大丈夫でしょうか?」


「足止めを命じただけですから平気です。多少怪我はするでしょうが、お互い闘うことが目的ではないので頃合いを見てどちらかが引いているでしょう」


「それならいいんですが…………」




 神殿と蘇芳の側のどちらも心配だ。私のことの為に怪我なんてしたら申し訳ない。


 ………………蘇芳は、どうしているだろう。




 少しの休憩を二度挟みながら、草木を分けて、道もないような所を踏みしめる。足が重くて疲労を感じ始めた頃には日が暮れて、辺りはすっかり暗くなってしまった。




「間に合いますか?」


「…………ええ」




 泉の気配が近い。聖女としての不可思議な感覚が、泉が近くなるのを教えてくれる。


 まだ月食が始まるには時間がある。この調子なら間に合うだろう。




 間に合う?何に?




「リナ様?」




 坂道を降りかけて歩みを止めた私を、後ろを歩いていたヤトさんが怪訝そうに呼んだ。




「どう………くっ!」




 木々がざわめいたと思ったら、ヤトさんが短く声を上げた。振り向いた私が見たのは、斬り結ぶ二つの影だった。




「追い付いて来たのか!」




 横から飛び降りて来たのか、月明かりに浮かび上がる蘇芳が、息を乱しながら私に視線を向けた。




「リナ」




 返す言葉もなく、その場に固まりそうになる私にヤトさんが叫んだ。




「リナ様!行って!」


「あ…………」


「行きなさい!」




 叱るような声音に、キュッと唇を噛むと「怪我をしないで」とだけ言い置いて走り出す。




「リナ!」




 余裕のない声が「行かないで」と繰り返す。




「どうして、逃げるの?僕はこんなに…………」


「欲張りめ!」




 二人の声に、耳を塞ぎたい気持ちで離れる。


 私がどんな選択をしても、誰かを悲しませるのが分かっていたから苦しくて息ができないようだった。






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