第38話世界が闇に染まるけれど4

 聖地とヤトさんが呼んだそこは、広大な森だ。手つかずの木々が生い茂る森は、過去異世界から人がやって来た神の力の及ぶ神聖な場として、神殿の管理下に置かれていた。狩猟や樹木の伐採は勿論、人が立ち入ることは通常禁止されている。




 なぜ神は、この世界に私なんかを連れてきたのだろう。『聖女の力』を授かったのを知り、私は人々を助ける為に呼ばれたのだと思っていた。




 でも、本当にそうなのだろうか。


 ここに来れば、神の意思が分かる気がした。




 自分の背丈よりも高い草むらを掻き分けながら進んだ先、急に短い草が芝生のように広がり木々が囲むようになっている空間が現れた。そこだけ夜空が視認でき、満月の光が注ぐようになって明るかった。月を映して輝く円形の泉は湖ほどの広さはなく、一番幅のあるところで、25メートルプールほどの大きさだった。




 エメラルドグリーンの泉は、見たところ底が分からない。深いのか浅いのか、はっきりしない。




 私がこの世界に来る直前は、高校からの帰りで雨が降っていた。


 あの日は進路相談があって、私は憂鬱な気分だった。あの頃の私には施設と学校だけが自分の世界で、もうすぐそこから追い出されることに不安でいっぱいだった。




 そんな時、大きめの水たまりを踏んだ。




 足まで濡れてしまうと咄嗟に思った時には、この泉から顔を出していた。




 なぜ私だったのかは本当に謎だ。




 泉の縁ふちに立ち、私は欠け始めた月を見上げていた。そして、ふと思い出した。




「そうだ、私…………祈っていたんだった」




 私を一人にするばかりの世界から、消えて無くなりたいと。




 半分ほど欠けた月の下、私はゆっくりと泉に足を着けた。足首までの深さのそこは、冷たかったが我慢できるほどだったので、もう片方の足も着けてみた。




 こんなに浅かったかなと思っていたら、もう一歩進んだら脛まで水に浸かった。底に傾斜があって、すり鉢状になっているらしい。


 薄暗くなっていく景色の中で、泉だけが水底から光を放っているかのように淡く見えていて、私は真ん中辺りまで来ると、両手を胸の前で合わせて目を閉じた。




「神様、私に道・を教えて下さい」




 じんわりと闇に染まる世界に、私は祈った。




 だが直ぐに水が大きく跳ねて、祈りは強制的に解かれた。




「あっ、蘇芳!」




 強く手首を掴まれて振り向いた私の目に、勢いよく飛び込んで頭から濡れた彼の姿があった。




 怒っているのだろうか、強引に手を引いた蘇芳がバランスを崩した私を両手で抱き、そして捕らえた。




「す、おう」




 ああ、捕まった。これが私の……………




「う…………」




 柔らかい唇が私のそれを覆い、目を見開く。啄むように、二度繰り返し、今度は突き放すようにして私は解放された。




 水の中でたたらを踏み驚く私に、ゆっくりと下がりながら彼は叫んだ。




「行ってしまえ!」




 蘇芳の眦から、一筋の滴が頬を落ちていく。


 まばたきもせず、目に焼き付けるように私を見つめる蘇芳を闇が隠していった。




「…………………リナ」




 月の隠れた世界に、ポツリと名を呼ばれた。






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