第12話あなたを癒したけれど3

 最近の蘇芳は頑張りすぎなんじゃないだろうか。




 早朝から、ヤトさんに筋力トレーニングらしきものと剣の稽古をつけてもらい、朝食後は文字の読み書きの自主勉強。


 10時には、アマナ様が手配した中年の男の先生がやって来て、礼儀作法やこの国の文化を教えてもらっている。


 私が覗いてみた時にはダンスまで教えてもらっていたが、それは必要なのだろうか。




 まだ包帯は取れていないが、傷を見られるよりは本人も周りも抵抗はないようで、先生も気にはなったようだが特段の忌避感は無いようで安心した。まあ、アマナ様が選ぶ人は良い人ばかりなので問題はないのだけれど。




 昼食後は、今度は神官が入れ替わりで先生をして、政治経済や宗教や儀式的なこと、歴史などを教えている。以前、右も左も分からなかった私もこうして教えてもらった覚えがあるけれど、蘇芳ほど詳しくは教えてもらった記憶はない。


 ついでに私もちょくちょく顔を出して一緒に講義を受けたりしているが、かなり難しい内容だった。




 でも彼はノートを取ったり、質問したりと熱心に取り組んでいる。


 まるで今までの空白の時間を取り戻すかのように、貪欲に吸収していく姿は、当初幼児のような言葉遣いだった彼を年相応の青年に見せている。




 先生の話を一言も聞き洩らすまいとする真剣な横顔を眺めては、急速な精神的成長に感心していた。


 私の感嘆の眼差しに気付く度に、蘇芳は顔を真っ赤にして照れていたのも、心が豊かになったんだなと、また感心してしまう。




 夕方のヤトさんのしごきから帰還した蘇芳は、汗びっしょりで疲労困憊の様子だった。




「蘇芳、大丈夫?」


「うん、平気」




 夕食の時間に間に合うように急いでいたのか、シャワーを浴びずに来たのだろう、火照った身体から湯気でも出そうな感じだ。




 ゴクゴクと勢いよく水を飲み干す彼は、痩せてはいるが、以前よりも男性らしい筋肉も付き、足取りや姿勢もしっかりして安定していた。




 まるで母親になった気分だ。我が子の成長を喜ぶ私は、向かいの蘇芳をじっと見ていた。




「な、何?」




 おそらく年上だろうが、すぐに赤くなって恥ずかしそうにしているのも可愛らしく思う。




「ううん、蘇芳が元気になったのが嬉しいなあって思って」




 心のダメージで、しばらく寝たり起きたりしていた私も、ようやく微笑むことができるようになっていた。


 機嫌良く見つめ続けていたら、居心地悪そうにもじもじしている。




「り、リナ、あまり見つめられると、その………」


「あ、ごめんね、食べにくいよね。もうね、お母さんの気分なのよ」


「おかあ、さん?」


「蘇芳の成長が嬉しくて、ついお母さんな気持ちで見てしまってたの」


「おかあ……………さ、ん」




 持っていたスプーンをカラーンと落として固まった蘇芳から、それはそれは重たい空気が流れてきた。




「蘇芳?」


「………………僕、リナには子供に見えるんだ」




 私は、ハッと気が付いた。


 ああ、私バカだ。彼は目の前で母親を殺されているんだ。お母さんって言葉はタブーに違いない。




「す、蘇芳、ごめんね。嫌だったよね?あとで治療させて?」


「ち、治療!?」




 ギュッと胸元の服を守るように掴み、蘇芳が驚いたように高速で首を振った。




「ダメ!もう大丈夫、大丈夫だから!見ないで!」


「ええ?」


「絶対ダメ!恥ずかしいから!」


「どうしたの?蘇芳の心は、凄く綺麗だよ?私を心配してくれてるのね。もう大丈夫よ、だから」


「い、嫌だ。僕綺麗じゃないから。だってリナ見てたら、い、色々考えちゃって、その、ごにょごにょ」


「え、なあに?」




 顔を覆った彼が「ごめんなさい」と小声で言ったのは聞こえたが、それ以外はごにょごにょと口ごもっていて分からない。




「リナ様、もう勘弁してやって下さい」




 溜め息と共に、ヤトさんが隣から声を掛けてきた。




「ほら困ってるでしょ?」


「あ………………」




 ふと周りを見渡すと、食卓につく皆が憐れむ眼差しを蘇芳に注いでいる。


 私は、また何か間違えただろうか?




「私……………」




 嫌がってるの分かっていたのに、私ったら。




「リナ様、顔を上げて。誰もあなたを責めていませんから」




 アマナ様の優しい声に、ゆっくり顔を上げる。中央に座る彼女が、こちらを見て微笑んでいるのに安心する。


 それに向かいにいた蘇芳が、いつの間にか私の隣に回り込んでいた。




「リナ、僕乗馬を習ったんだ」


「そう、なんだ」




 唐突な話に面食らっていたら、テーブルに置いていた手を握られて、それを見たヤトさんが「おっ」と声を出した。




「うん、だからね、明日一緒に、えっと………でえと?ん?ピクニック…………に行こう」


「外出して大丈夫?」


「うん、だからリナ行こうよ」




 蘇芳が口端を上げたと思ったら、ピクピクとぎこちなく目を細めるのは笑おうとしているらしい。「笑った顔が見たい」と私が言ったのを覚えてくれていたのだろうか?




 上手く笑顔を作れずに、おかしな表情になっているのに小さく声を出して笑った。




「リナ、笑った」


「ふふ、私、行きたいな」




 そう言うと、蘇芳の瞳が輝いたように見えた。




「うん!行こう!」




 彼は毎日頑張りすぎだから、息抜きにちょうどいいんじゃないかな。




「よくやったな。俺の師事通りだ」


「はい、先生。ありがとう」




 ヤトさんが蘇芳を褒めている。


 最近、とても仲が良い。理由を聞いたら、「同情と仲間意識」だとヤトさんは言っていたけど、二人だけにしか分からない気持ちみたいだ。




 疎外感を感じつつ、私はスープを掬った。




「いいか、徐々にだぞ?俺には望みはない。だからその分お前に託す。俺の想いを持っていけ」


「先生、僕は諦めないから」






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