第13話ピクニック日和だけど
ヤトの家系は、代々神殿の警護の任に着いてきた。神殿に携わる神官、警護、世話役はほぼ世襲制だ。神官長だけは、神官の中から神託を受けた者がなる。
ヤトも父親である警護隊長の元で仕事を覚えた。彼の引退後に任を引き継ぐ形となったが、幼い時からそうなるべく教育を施されてきたので、それが当たり前だと思っていた。
面倒見は良い方だと自負している。部下からの信頼も厚い、と思う。神官長は穏やかで慎ましやかな女性で、ヤトは尊敬の念を抱いていた。
自分の仕事にも不満なく過ごしていた二年前のある日から、神殿に一人の異世界人が住まうようになった。
髪や瞳は黒。少ないが特に珍しいほどではない。ただ顔立ちは目を引く。
この世界の者よりも、鼻筋は低く唇は厚い。目はくりっとして大きく、顔は面長というよりは丸い。身長は低めで、年の割には幼く見える外見をしていた。
目を見張るような飛び抜けた美人ではない。だが健気で優しい性格で、聖女の力を駆使する彼女は自己犠牲を厭わない。笑うと、花が咲くように愛らしい。
護衛を任ぜられるまでもなく、心底守りたいと庇護欲を駆り立てられる少女だった。
きっかけは彼女の治療を受けたあたりから。
聖女の力が『心を癒す力』だと気付き、試しに診てもらったことがある。
すると、自分でも気付かなかった傷を癒された。
「本当は違う夢があったのですね」
彼女に淋しそうに言われて、ドキリとした。10代初め、ヤトは国に仕える騎士になりたかった。華やかさを纏う騎士には誰もが憧れる。
自分の剣の腕なら夢が叶うはずだった。父親の跡を継がなければだが。一人息子のヤトには、既に生まれた時から道が決まっていた。だから、物分かりのいい大人になると夢を隠して諦めた。家族を悲しませたくなかったから、一度も言い出せなかった。
彼女には、そのことが怒りや不満となって、自分の心に傷となってこびりついているのが見えたのだそうだ。
彼女の力によって癒された時、今までの自分から生まれ変わったような清々しさを感じた。
自分の傷を受けて、微かに痛そうに顔をしかめた少女に涙が出そうだった。
自分は、彼女によって生き直されたのだと思った。
感謝と敬愛は、淡い恋心に変化していった。
愛すべき鈍さの聖女に、何度もさりげなくアプローチしたが、全く相手にされないどころか好意を疑われる始末。
自分は眼中にないのだと、さすがに理解した。
自分の分まで『蘇芳』を応援したくなったのは、その境遇に同情したせいもある。神官長から素性を調べるよう言われて、彼の正体が分かってからは尚更だった。
「ヤト殿、あの二人を近付けようとするのは、お辞め下さい」
「いけませんか?」
神官長室へと呼ばれて、ヤトは予想していた言葉に残念さを滲ませた。
「可哀想なだけです。いずれ二人共、神殿を離れ別の道を歩むのは分かっているのです。その時、辛いのは二人なのですから」
「どうしても、神殿から離れなくちゃならないんですか?」
「リナ様は、まだ決心がつかないようですが、殿下は彼女を迎える気がお有りです。あの方と一緒になれば、今よりも安全でしょう。それに」
神官長が、手元の書類に目を落とした。
それはヤトが蘇芳の素性の証拠、兄弟の出生届の写し、家族の容姿の詳細、『事件』の顛末を調べた結果が記されていた。
調査は難しいことではなかった。あの稀な赤い髪を見れば、何者かなど予想がついた。
「蘇芳………………ルーファス・セラビ。21年前にセラビ公爵家の『事故』で両親と共に亡くなったとされた赤子。これが真実なら、彼はいずれ帰らねばなりません」
「どうしても、ですか?自分の弟を死人扱いするような当主のいる家に帰るなんて」
言葉も発っせなかった人間が、ようやく普通の青年らしく過ごせるようになったというのに。帰ったら、またどんな仕打ちを受けるか分からない。
これからなのに。
神官長はヤトを見据えていたが、彼と同じように悲しげだった。
「当主が事故に遭ったのです。幸いにも一命は取り止めましたが重傷だそうです。今は寝たきりだとか」
***********************
「蘇芳、スピード早過ぎ、お、おちるぅう!」
「しっかり捕まっててね、あと喋ったら舌噛むよ」
都の郊外の野で、私は蘇芳の駆る馬に揺られていた。落ちまいと必死で彼のお腹にしがみつく私とは裏腹に、青空を見上げた蘇芳が感嘆の声を上げた。
「わあ、広いね」
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