第28話自由になったと思ったけれど
皇太子ライオネル様の生誕の式典に赴いた私は、萌黄色のドレスを着て、髪を高く結い上げている。黄色の花を象った髪飾りを差しているが『聖女』らしくある為に装飾品は最小限に抑えて華美にならないようにしている。
この世界では、女神アルゼリアを唯一神として崇めており、私はその加護を受けた異世界からの聖女という立ち位置だ。
それなりに珍しく貴重な存在なので、国の大きな行事には貴賓として招かれる。
馬車を降りるまではヤトさんが付き添ったが、王宮では近衛兵が目を光らせてくれている。
「リナ様、お気をつけて」
「うん、ありがとう。行ってきます」
門前で待機するヤトさんは不安そうだ。
「なんだか嫌な予感がするんですよね」
「え、ヤトさん」
「早くお戻り下さいね」
あの事件以来、心配性が酷くなったヤトさんが不吉なことを溢す。そんなことを言われたら、私も不安になってきた。
だ、大丈夫、大丈夫。ライオネル様はちゃんと婚約を取り消すって言ってくれたし、何はともあれ私はもうすぐ元の世界に帰るんだ。
私がいた施設は、まだ私を覚えてくれているだろうか。退所年齢を過ぎているから、帰ったらアパート借りなきゃ。高卒資格を取って、奨学金を借りて短大ぐらいは行きたいな。前から夢だった保育士を目指すのも良い。
ちゃんと自立してそれから…………兄を捜したい。浮かぶのは、私に謝る別れ際の姿。今ならきっと幼い時の優しい関係に戻せるかもしれない。過去を少しでも精算したいと思う。
「やることいっぱいだ……………」
脳裡に赤い髪がよぎるのを気付かないふりをして、私は広いホールへと足を踏み入れた。
一斉に視線が集まる………と思いきや、人々の視線は既に他の所に向いていて、私は遠巻きな人垣の後ろを目立たず中央の辺りまで進むことができた。
「リナ、こちらへ」
ライオネル様が私を見つけてくれて、普段通りに優しく手招きする。
「殿下」
動きにくいドレスの裾を持ち上げて、トコトコと寄れば笑われた。
「リナは可愛いな。やはり私と結婚しないか?」
「私、帰ります。申し訳ありません」
心を削る思いで断れば、あっさりと「分かったよ」と返ってきた。
「ところで、皆何を見ているんですか?」
こちらからは人々の背中しか見えない。ライオネル様は、挨拶をしてくる人々を適当にあしらっていたが、私が聞くとつまらなそうにそちらを睨んだ。
「物珍しいんだろう。いきなり現れた珍獣扱いだ」
「ライオネル様?」
手を取られてライオネル様に従えば、人垣を突っ切るようにして中ほどへ出た。
そこにいたのは正装した蘇芳だった。顎を上げて、傷痕を隠すことなく堂々とした居ずまいは、洗練されて美しく貴公子然としていた。以前の彼が嘘のようだ。
遠い人になったんだなと思い見つめていたら、彼がライオネル様に道を開けて一歩下がった。私を目で追いながらも話しかけてこようとはしない。
ライオネル様は彼を無視して、周りを見回した。人々は皇太子の言葉を聞くために静まる。
最初は祝いに訪れた者への謝辞を述べ、おもむろに私の手を取って、はっきりと口にした。
「私ライオネルは、聖女リナとの婚約を円満に取り消すことを今日ここにいる皆に伝える。彼女は元の世界に帰ることを希望した。故に残念だが、私はその意思を尊重することにしたのだ」
一見すると仲睦まじそうな私達に、驚きのざわめきが広がる。玉座に座る国王夫妻は、事前に知らされていたらしく顔を合わせて苦い顔をするばかりだった。
「さて、今日は他にも皆に知ってもらいたいことがある…………これへ」
示し合わせているのだろう。促されて私達の元へと来た蘇芳がライオネル様の前で膝をついた。
「ルーファス・セラビだ。我が従弟にして新しくセラビ家の当主となった。皆知りおくように」
「発言を御許しください」
それまで沈黙していた蘇芳が、ふいに口を開いた。
「………………許可しよう」
許可しない理由は無いのに、ライオネル様は渋々とした感じで頷いた。
スッと立ち上がった蘇芳は、皇太子ではなく私を見ていた。緊張しているのか一度深く息を吐くと、良く通る声を響かせた。
「聖女リナは、元の世界には帰りません。勿論殿下との婚姻もありません」
え?と、私を含め皆が怪訝に思っても、彼は怯まなかった。
「リナを、私の妻に貰い受けます」
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