第30話籠の中へと閉じ込められたけど
私が通されたのは、水色のパステルカラーの色調の壁と天井に、白木の床の優しい風合いの部屋だった。
「ここが君の部屋。神殿の君の部屋に、こういう配色の小物が多かったから好きかと思って、内装を用意させてみたんだ」
鏡台やチェスト、ベッドの寝具まで統一された淡い水色。
「ま、待って」
「僕の部屋は隣だ。奥の内扉で繋がっているから、用があればノックして。昼間はいないこともあるけど、夜はいるから」
「蘇芳」
「あとで君の侍女を紹介しよう。それから部屋の外には常に護衛騎士がいるから、館内を移動する時は、その者達と一緒にいるんだ」
「ルーファス、待って」
たまらず彼の袖を握って頭を振る。
「帰るって、私は元の世界に帰るって決めたの」
「そうだね」
蘇芳が悲しげに微笑した。
「でもそれは叶えてあげられない」
「でも私の意思なの。決めたことなの」
「リナは、僕と会えなくなっても平気なの?会えなくなっても、これっぽっちも辛くないの?」
「それは…………」
彼の責めるような口調に、グラグラと揺れそうになって次が出てこない。
「君の決意のほどが、僕の意思より強いとは思えない。悪いけど、ここにいてもらうから」
「監禁、するの?」
泣きそうになって、か細く聞けば、蘇芳も一瞬辛そうな顔をする。
「……………2ヶ月は。君が向こうの世界に帰れなくなったら、ここから逃げてもいいよ」
袖を握る私の手首を掴み「…………ただし」と付け加えた。
「この世界にいる限り、どこにいようが追いかけて、必ずリナを見つけ出すから」
「…………………」
逃げられない。赤い前髪から覗く瞳に射抜かれて、途方に暮れる。
そして反して、私はどこかで喜んでいた。この人なら、家族だった人達のように私を見捨てたりしないのではないだろうか。そう思ったら、安心できる自分がいた。
でも、だからといって蘇芳が向ける気持ちと同じ熱を私は向けることはできないとも思う。
彼のことは好きだ。でもその好きがどういった類いの好きか分からない。
私は、愛情が分からない。愛された記憶が無いのに、分かるわけがない。
「嫌われたくないんだ。でもそれ以上にリナがいなくなるのは嫌だから、ごめんね………………おやすみ」
そう言いながら顔を寄せてきた蘇芳だったが、僅かに後退した私を見ると、静かに離れて部屋を出て行った。
代わりに二人の女性が入ってきて、備え付けの風呂への入浴を手伝い、寝衣へ着替えさせてくれた。
「…………いろいろあって、さぞお疲れでしょう。とにかく今夜はおやすみください」
「…………はい」
年上の女性の方が私にそう声を掛けると、二人共に出て行った。
扉が閉まる音を聞くや、私はベッドへと倒れこんだ。
私は自分の意思を持ったのに、きっかけをくれた人は、この身を囲った。
それこそ私の意思を無視している。
頬にシーツの冷たさを感じ、目を閉じる。
これは憤りよりは弱く、悲しみよりも違う。彼への戸惑いと、その熱への少しの恐れ。それに……………仄暗い喜び。
「私、何を…………」
歪んだ感情だ。
頭から追いやるように額に手の甲を当てると、ゆっくりと夢の淵へと堕ちていった。
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