第23話自分が分からないけれど
蘇芳が自宅に一時帰宅するのを、私は窓から見ていた。
今回はまた戻ってくるとは分かっていたが、彼がその内ここを去るかもしれないと、私はようやく実感した。
そうしたら、どうなる?
もうたまにしか会えないのだろうか?
淋しくなる、と思った。
こんなふうに彼を避けてる場合じゃないだろうに、何をしているんだ私は。
でも、どう彼と接したら良いか分からない。いつも通りに笑いかけられて、手を握られて、平静でいられる自信がない。
中庭で足を止めた彼が、こちらを振り向いてドキリとした。私が見ているのを知っていたかのように微笑んでいるので、恥ずかしくなってきた。
蘇芳、分からないよ。私なんかに、どうしてあんな感情が抱けるのか。
「リナ様、御予約の方がお見えになりました」
「あ…………はい。行きます」
彼の姿が見えなくなっても、ぼんやりと外を見ていたら、神官が控えめに告げ、私は部屋を出て治療部屋へと向かった。
途中、小さく溜め息をつく。
今までは何とも思わなかったのに、聖女の力を使うことが億劫になってきていた。
あの時、蘇芳の身の上を聞かせてもらった代わりのように、私は自分の醜さを晒した。思えば、それから私はこの力を使うことに疲弊を感じ始めている。
自分のことを正直に話したのは、蘇芳が初めてだった。アマナ様にさえ、当たり障りのない部分しか話していなかったのだ。
自分では気付かなかったが、秘めていたことを言葉にして自分に正直になると、抑えていたものが堪えられなくなり溢れてくるようだった。
今までどうやって治療してきたのか、その後に受ける彼らの傷の痛みを、私はどうやってやり過ごして来たんだっけ?
治療部屋には、若い男が一人椅子に座っていた。私が向かい側の椅子に座ると、俯いた顔を僅かに上げてこちらへ視線を向けてきた。20代前半ぐらいで蘇芳と同じぐらいだろうか。
事前に心に傷を負った経緯を知ることはまずない。付き添う家族にとっては言いにくいことが多いし、私自身情報に惑わされたくないので、こちらから聞くことはない。
「一人で来られたのですか?」
「はい」
私が神官に尋ねれば肯定される。私の治療は、本人よりも家族からの依頼が多い。本人は、傷が深いほど余裕がなくて、私の元へ出向いて治療をするという前向きな姿勢を取ることができないからだ。
自分で来たというなら、深刻ではないかもしれない。
集中する為に、いつものように人払いをし、部屋には私と患者だけにしてもらう。
「こんにちは、私はリナと言います。今からあなたに触れて治療を始めます」
刺激しないように、様子を窺いながら彼の胸に手を置いた。
途端に視界が回った。
「ふ、んぐ?!」
手を掴まれて、床に押し倒されたのだと気付いた時には、口を手のひらで塞がれていた。
私の邪魔にならないように、部屋からやや離れた廊下で待機しているヤトさんは異常に気付いたようではなかった。
「あんたが聖女リナだな?ふうん、殺すには惜しいな」
「うっ」
体重を掛けられて息苦しいのに、更に喉に何かが押し当てられた。
硬質な冷たさに、それが刃物だと分かり、肌が粟立った。身体が竦み上がり頭が真っ白になった。
「聖女の資格を奪うなら、他にやりようがなくもないが………」
無遠慮に身体を眺められている間に思考が還ってきて、ああそうかと私は目を閉じた。
苦痛なんて慣れているじゃない、何を怖がっているのか。
「怖がらないのか、つまらん。まあいいや、悪いが死ねよ」
男が言い終わると同時に、ぐっ、と刃が肌に食い込んだ。
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