第3話無能だと言われるけれど3

 色の無い世界。


 光が射すのは上からの一筋のみ。


 空間に大きな岩が浮いていて、何重にも太い鎖が巻き付いている。




 聖女の力は自分でも不思議だ。


 この映像は、私の意識に赤髪の青年の心が投影されたもの。


 私は触れた相手の心を視覚的に知ることができる。




 神官長様によってこの力を見出だされたのは一年前。


 それまでの聖女なのに何の力もないと言われた日々は結構辛かったしムカついたものだ。


 そして私の『治癒』の力を誤解した者は、さっきの人のようにまだちらほらいて、勝手に私を無能と決めつける。




 なんせ見えないものを見せることができないものだから。




『心が見えるわけないじゃない、見た目の綺麗さばかり気にする世界の人達に…………ねえ、あなたもそう思うでしょう?』




 言葉には出さず、意識下で語りかける。誰も聞いていない場所なら本音も出せる。唯一この青年には聴こえているはずだが、反応が期待できない分、気楽だったりする。




 どこまでも広がる地平線。地面と思えるそれは、水を張っているわけではないのに浮かぶ岩を水面のように映している。まるで元いた世界の有名な湖のようだ。






 光景はどこか寂しくて純粋で美しい。そして岩が表すように固く閉ざしている。それが彼の心。


 今まで何人もの心を見てきたけれど、美しいと思える映像は滅多に見なかった。




『辛い目にあったのに…………綺麗』




 岩が閉ざした心だというなら、その内部は隠された彼の内面。


 幾重に絡む鎖は、彼の心を縛る苦しみの数。




 それを選り分けて『触れられない』鎖を見つけ出す。意識するだけで、それは私の見ている映像の中で焦点を当てられ、目の前に現れる。




『消えて』




 強制力のある聖女の力が、意識するだけで「触れられない」鎖を消し去る。その時、微かに岩が振動した。


 私はまだ無数にある鎖を確認してから、意識を浮上させた。




 再び目を開けると、静かに蹲る彼がいた。先程のように唸る様子はなく、どこか呆然としているようだった。




「……………ほら、怖くない」




 私は彼の心の傷の一つである『触られない』苦しみを消しただけだ。それはきっかけにすぎない。この状態だけでは、完全な治癒とはいえない。


 心の傷は厄介で、とても奥深くて根強いから、そこを新たな経験でカバーする。




 例えば犬に噛まれたトラウマがある人には、可愛らしい犬と触れあってもらう。そこで「何だ、犬って怖くないんだ。可愛い」と認識できたら完治ということだ。




 それは早めがいい。放っておくと、かさぶたが治りかけで剥がれたように、再び傷が開く恐れがある。




 こういうややこしさが、私の力が誤解される一端だろうと思う。




 だが、使いようによっては人を幸せにできる良い力だと、神官長様に言われた。それが私を奮い立たせてくれている。




 無能なんかじゃない、と心の中で唱えて、今度は彼の手を両手で握る。ビクリと硬直する彼の水色の瞳を正面から見つめて微笑みかける。




「私はあなたに触るのが嫌じゃないよ」




 はっきり告げると、戸惑いがちにこちらに視線を投げるから、私の言葉が分かっているのだろう。通じなかったのは、心に壁があって受け付けなかったからだ。


『触れられない』傷が軽減されたからこそ、私の声が届き始めている。




 そうと分かれば、遠慮はいらない。


 この傷を最初に治すのは、何の用意をすることなく『ふれあい』で完治する可能性が高いことと、これから私が一つ一つ治療する為に『触れる』ことが不可欠だし、人並みに生活する上でそれは当然のようにあることだ。




 私には目の前の青年が、手負いの獣のように見えた。




「ほら、触ってごらん」




 彼の手を自分の頭に誘導してみると、目を見開いて一瞬手を逃れようとした。それを少々強引に掴んで、私は自分の頭を彼の手のひらに押し付けるようにもっていった。




「ウッ」




 息を呑んで、彼は目を固く閉じた。


 拒まれる、と恐怖している。




「平気よ……………大きな手をしてるね」




 160もない背丈の私は、彼を少し見上げる形で座っている。




「ほら…………私はあなたに触られても平気」


「………………………………」




 頭に置かせた手から、誘導していた自分の手を放してみたら、一旦彼の手は引っ込んだ状態で止まった。




「大丈夫、私は嫌がらないよ。触ってごらん」




 ヤトさんも、こうすることは想像していなかっただろう。私が彼に触らせたりする様子を見ていたら、きっと止めていた。


 ただ醜いというだけで。




 恐る恐る彼の手が、再び近付く。




「私も触ってみたいなあ」




 彼の髪に手を伸ばすと、ペットを撫でる感じで軽く漉いてみた。




「ウ」


「……………綺麗な赤い髪ね」




『綺麗』を強調して声に出すと、彼の手が私の頭に触れた。


 ためらいがちにだが、私の真似をするように彼も私の髪を弱く撫でる。




「どう?落ち着く?」




 しばらくして私が表情を見ようと彼に顔を近付けると、その手がパタリと下へと垂れた。




「大丈夫?」




 触れていた手を、もう片方の手で握った彼は、静かに泣いていた。




「………………苦しかったよね」




 その涙を見ていたら、自然に体が動いた。


 気が付くと、両手で彼を抱き寄せていた。




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