かつての仲間たちその三

 相も変わらず勇者レオン探しを続けていたリーシャ、バルドラ、ミレディの三人。


 そろそろレオン探しの旅を始めて三ヶ月が経とうしていた頃、リーシャたち一行はルドルという街に来ていた。


 ルドルは特産品のブドウを使ったワインが有名な街だ。特に最上級のワインは、国内外問わず王侯貴族に人気が出るほどのものらしい。


 ドワーフは種族全体が大の酒好きだが、バルドラもその例に漏れず酒は三度のメシよりも好きだ。


 本来はレティシア王女の情報を求めて訪れたが、当然の如く酒好きドワーフのバルドラは情報ではなく酒を求めて街に出てしまった。


 今すぐ連れ戻したい衝動に駆られたリーシャだが、結局追うような真似はしなかった。


 理由は連れ戻そうとしたところで酒好きのバルドラが抵抗するのは目に見えていたことと、ここ最近はあちこち動き回っていてまともに休む暇もなかったこと。


 息抜きはできる時にしておいた方がいい。だから今日一日、バルドラは好きにさせることにした。


 だから現在は、ミレディと二人で情報収集をしようと街中を歩いている。


「……ミレディも行きたいところがあるのなら、いいのよ? 今日は私一人で情報を集めるから」


「いい。ミレディは一秒でも早くレオンに会いたいから、頑張る」


「そう。なら、頑張らなくちゃね」


「うん」


 相変わらずの無表情ではあるが、ミレディは力強く頷く。


 もう三ヶ月も経とうしているのに未だに手がかりの一つもないことに心が折れそうになっていたリーシャだが、隣の幼い少女が健気にも頑張ろうとしている様を見て、少しだけ活力を取り戻した。


「リーシャ、今どこに向かってるの?」


「酒場よ」


「……リーシャ?」


 とても残念なものを見るような視線が、ミレディから注がれた。


 先程「今日は飲むぞおおおお!」と叫びながら街へ繰り出したバルドラを見ていた時と同じ目をしているように感じるのは、きっとリーシャの気のせいではないはずだ。


「ミレディ、勘違いしないで。私は別にバルドラみたいに酒好きってわけじゃないから」


「なら、どうして酒場?」


「当然、情報を集めるためよ。酒場は嫌でも人が集まるから、打ってつけでしょ?」


 特にこの街はワインが名産ということもあってか、酒飲みが非常に多いらしい。


 それに現在は夕暮れ時。酒場に人が集まる時間帯だ。


「なるほど。理解した」


「なら、行きましょう。あんまり遅い時間になると、客は酔い潰れてまともに話も聞けなくなっちゃうから」






 情報収集のために酒場に足を運んだリーシャたちだが、有益な情報が得られるという期待はしていなかった。


 むしろ、これまで三ヶ月近く様々な街や村を巡って何も成果を得られなかったのだから、期待する方が難しい。


 ――だからこそ、適当に目に付いた客に訊ねて「知ってるぞ」という答えが返ってきた時は、リーシャは驚愕してしまった。


「それは本当……!?」


「あ、ああ、もちろんだ。王族なら確かにこの街に来たぞ。竜車? とか言う馬車みてえなのに乗って北門から街に入ってきてたよ」


 リーシャの反応に戸惑いながらも、男は首を縦に振った。


「それはいつ頃のこと?」


「あれは確か……二ヶ月半ぐらい前だったか? 嘘だと思うなら、他の奴らにも訊いてみろよ」


 男は顎をしゃくって他の酒場の客を示す。


 リーシャの目には、男が嘘を吐いてるようには見えない。恐らく本当のことなんだろう。


 この男はまだ情報を持っていそうだし、もう少し話を聞いてみよう。そう考えたリーシャは話を更に進める。


「……ねえ、他にもその王族のこと何か知らない? もし教えてくれるのなら、それなりのお礼はするわよ?」


 そう言って、リーシャはこれみよがしにチラリとテーブルの上の空のジョッキに視線をやる。ジョッキは男が注文した酒が入っていたものだ。


「いや、酒はいらねえよ。今日はもう結構飲んじまったからな。お礼は酒以外にしてくれ。例えば、そうだな……」


 男は下卑た視線でリーシャの身体を頭の上から下までくまなく眺める。


 国によっては差別の対象となる獣人も、このブリュンデ王国では分け隔てなく受け入れられている。


 そしてリーシャの容姿はとても優れている。邪な考えを持つ者がいてもおかしくはない。


「お礼はあんたと今夜一晩――」


 男の言葉を遮るように、バキ! という何かを砕くような音が店内に響き渡った。


 リーシャが空の木製ジョッキを片手で握り潰した音だ。


「へ……?」


 男は眼前で木片と成り果てたジョッキに目を丸くした後、恐る恐るリーシャの顔を見る。


 リーシャはこれ以上ないくらい満面の笑みを浮かべていた。


「ごめんなさい? うっかりコップを壊しちゃったわ。お店には後で私が弁償するわ。……ところで、今何かとても愉快なことを言ってた気がするけど、もう一度言ってくれる?」


「な、何でもありません! お礼もいらないです!」


 獣人の持つ握力を遺憾なく発揮したリーシャに、男は先程まで酒で微かに赤くなっていた顔を真っ青に染め上げた。


「あらそう? 何か悪いわね」


 その後リーシャはすっかり怯えてしまった男からいくつか話を聞いた。


 男から話を聞き終えた後は、酒場内の空いてる席に移動してミレディと二人で夕食を食べることに決める。


 ここは酒場ではあるが、一応ツマミ以外にも料理はある。リーシャとミレディの二人は各々好きなものを注文して、今は料理が来るのを待ってる最中だ。


 料理が来るまでの間、特にすることもなく店内に適当に視線を彷徨わせていると、見知った顔が二人の座る席の方に近づいてきた。


「おお、やはりお前たちか。何じゃ、お前らも酒を飲みに来たのか?」


 近づいてきたのは、ドワーフのバルドラだ。余程飲んだのか、かなり酒臭い。


 なぜこんなところに? という疑問が湧いたが、ここは酒場。酒好きドワーフが来ないわけがない。


「そんなわけないでしょ。私たちは情報収集で来たのよ」


「何じゃ、まだそんなことをしとったのか?」


 呆れ顔を作るバルドラ。


 その態度にカチンとくるものがあったが、リーシャは理性をフル活用して何とか怒気を抑え込む。


「ええ、私たちはあなたが酒を飲んでる間も頑張ってたの。おかげでいい情報も手に入ったわ」


「ほほう、それは本当か? 詳しく聞かせてくれ」


 バルドラもリーシャたちと並ぶ形で、空いてる席に腰を下ろす。


 リーシャは男から聞いた話をそのままバルドラにも話す。


「なるほど、あの姫さんはこの街に来ていたのか。……良かったのうリーシャ、ようやく手がかりが見つかって」


「そうね。これでもう当てもなく街や村を転々とする必要もなくなったわ」


 これまでのように無為に時間を食い潰すことがなくなる。このことだけでも、大きく前進したと感じられた。


「それで? 姫さんはこの街を出た後はどこに向かったんじゃ?」


 言いながら、バルドラは懐からブリュンデ王国の地図を取り出し、テーブルに広げる。


「ルドルから南に向かったらしいわ」


 リーシャは人差し指を地図上に乗せ、スッと南方向に移動させる。


「これはこれは……また随分と田舎の方じゃな。レオンの奴、本当にこんなところまで逃げたのか?」


「みたいね。でもこれだけ田舎の方なら勇者レオンの顔を知る人もいないだろうし、逃げるには打ってつけよ」


 リーシャは地図上に記載されたいくつかの街を目で追う。


「ミドル、ムルヴ……それに。とりあえず、今後はこの三つの街を順番に回ることにしましょう。二人もそれでいい?」


「ん、問題ない」


「ああ、儂もそれでいいぞ」


 リーシャの確認のための問いに、二人はすぐさま頷いた。


「なら決まりね」


 こうしてリーシャたち一行は、今後の旅の予定を決めた。


 ――再会の日は、もしかしたらすぐそこまで来ているのかもしれない。


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おお勇者よ、失恋するとは情けない エミヤ @emiya

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