対策そのニ

 お茶を飲んでリラックスしていると、レティがおずおずと話しかけてくる。


「アルバ様。話はお茶を淹れながら聞かせていただいたのですが、私、少し面白い案を思いつきました。聞いていただけませんか?」


「へえ、どんなのだ?」


 レティはただの王女でしかない。戦いに関しては全くの素人だ。だからあまり期待はしていなかったのだが、


「向こうが動く前に、こちらから攻めればいいんです。いわゆる、やられる前にやれというものです」


 ここまで酷い案が出るとは思わなかった。自信満々に言ってるから、余計にタチが悪い。


「却下だ」


「そうですか、残念です。悪くはないと思ったのですが……」


 どこをどう見れば悪くないと思えるんだ? 不思議でしかない。


 やれやれと呆れていると、ムサシも話に入ってくる。


「……いや、待ってくれアルバ殿。レティ殿の案は、存外悪くはないかもしれないぞ」


「……本気で言ってるのか、ムサシ?」


「ああ、もちろんだ。ちゃんとした根拠もある。小鬼共は普段は襲う側だから、自分たちが襲われるなんて考えもしないはずだ。だから恐らく、こちらから打って出るのはかなり効果的だと思うぞ」


「なるほど……」


 ゴブリンから街を守ることばかり考えていたから、こっちから動くのは盲点だった。ゴブリンの習性も把握した面白い発想だ。


「それにこちらから小鬼共のところに向かえば、街に被害がいくこともあるまい。安心して小鬼共の殲滅に意識を集中できる」


「なら、この話を早速ギルドにしに行こう。まだギルドは開いてたよな」


 ギルドに話せば協力を仰ぐこともできるはずだ。


 しかしここでムサシが待ったをかけた。


「待ってくれ、アルバ殿。今話したことは、ギルドに伝えなくていい」


「はあ? どうしてだよ?」


「この策はすぐにでも実行に移すべきだ。大きな組織というのは、決定に時間がかかる。決定を待つ間に小鬼共が街に降りてきてしまうかもしれないのに、そんなものは待っていられない」


「……つまり、何が言いたいんだ?」


 ムサシに真意を問う。


「――某とアルバ殿の二人だけで小鬼共を殲滅しよう。某とアルバ殿なら、不可能ではあるまい」


 俺とムサシの二人だけで……か。ムサシの実力は信用できるから、悪くはない提案だ。


「けどなあ……」


「何だアルバ殿。某の実力では不安か?」


「いや、ムサシの実力は信頼してるから問題ないんだよ。これは俺個人の問題でな……」


 今の俺は、勇者であることを隠して生きている。だから、下手に活躍してしまうと俺の正体が白日の下に晒されてしまう。


 人の命がかかっている状況だ。いざとなれば勇者として全力を出すことも辞さないが、可能な限り正体は隠しておきたいというのが本音だ。


 こっそり動くという手もあるが、それだとまず間違いなくギルド側が調査に乗り出す。


 ブラッディベアの件は結局正体を突き止めることができずに調査は中止となったから、今度はとことんやるはずだ。


 何か上手い策はないものかと考えるが、一向に答えは出ない。


 すると、横から控えめに肩を叩かれた。振り向くとそこには、満面の笑みを作ったレティがいた。


「アルバ様、正体がバレるのは避けたいんですよね? それなら、私にアルバ様の悩みを解決するいい案がありますよ」


「……どんな方法だ?」


「簡単なことです。ゴブリン討伐の成果を全てムサシ様に押し付けてしまえばいいんです。全部ムサシ様が一人で為したことにすれば、アルバ様の懸念されたような事態にはなりません」


「ムサシに押し付ける……いいな、それ」


 そうすれば俺は正体がバレることなく平穏に暮らせるし、ムサシも冒険者として高く評価される。お互いにとっていいことしかないから、ムサシも了承してくれるはずだ。


「ムサシ――」


「某は武士だ。武士は他人の功績を奪うような卑しい真似はしない」


 俺の言葉を先回りして拒否されてしまった。そこまで嫌なのか。


「そこを曲げて何とか頼む! 俺にできる範囲なら、お礼に何でもするから!」


「……何でも? アルバ殿、それは本当か? 二言はないか?」


「あ、ああ。もちろん」


 食い気味に訊ねてくるムサシに戸惑いつつも答える。


 するとムサシは深い笑みを作った。ただし、いつもの爽やかな笑みではなく、意地の悪そうな笑みだ。


 ……もしかしなくても、今の発言はミスだったかもしれない。


「ムサシ、やっぱり――」


「そうかそうか。アルバ殿がそこまで言うのなら仕方ない! アルバ殿の言う通りにしよう!」


 ムサシが俺の言葉を遮る形で声を上げた。


 ムサシは先程までとは打って変わってとても乗り気で、今更やっぱりなしとは言いがたい雰囲気だ。


「さて、某の願いだが……アルバ殿、今回の小鬼関連の問題がすべて片付いた後でいい。某と死合いをしてくれ」


 予想していた通りではあるが、できれば当たってほしくはない予想だ。


「他にしたいこととかないのか?」


 往生際が悪いのは百も承知しているが、それでも何とか避けられないかと足掻いてしまう。


 ムサシみたいな強い奴とやり合うなんて、絶対にただじゃ済まない。俺はムサシと違って戦闘狂じゃない。


 できれば、大ケガするような真似は避けたいところなんだが……。


「ないな」


「く……ッ」


 やっぱりダメか……。


「一度ぐらい、いいではありませんかアルバ様。ムサシ様はずっとアルバ様と戦いたいと口にしていたのですから」


「レティ……」


 どうやら、レティもムサシの味方らしい。てっきり俺の味方をしてくれると思っていたから、地味にショックだ。


 そして驚いたのはムサシも同じだったらしい。


「ほう、意外だな。まさかレティ殿が某の味方をしてくれるとは思わなかった。いいのか、もしかしたら、愛しいアルバ殿が負けてしまうかもしれんぞ?」


「ご忠告ありがとうございます。ですが私は心配はなんてしてません。だって、アルバ様は絶対に負けませんから」


 堂々と言い切ったレティに、ムサシは一瞬目を大きく見開いたが、次の瞬間には心底愉快げに笑い始めた。


「はははははははは! なるほどなるほど、そういうことか。アルバ殿は随分と愛されているな。少し羨ましいぞ」


「……うるせえ」


「照れるな照れるな。女性からあそこまで言ってもらえるなんて、男冥利に尽きるだろう」


「…………」


 照れてないと口にしようとしたが、今それを言うと図星と取られるかもしれなかったので黙るしかなかった。


 まあ何はともあれ、俺とムサシの二人でゴブリンロードとゴブリンの大軍を倒すことになるのだった。

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