対策その一

 山を降りた俺とムサシは、ギルドで調査結果を報告した後家に戻っていた。今後のことを話したかったので、ムサシも一緒だ。


 家に戻ると、レティが不安げな顔で待っていた。一応今日は遅くなると告げていたが、それでも俺のことが心配だったらしい。


「――というわけだ」


 そして現在。俺とムサシの二人で席に着き、今後のことを話し合っていた。レティはお茶の準備をしているので台所だ。


 今俺が話していたのは、先程ゴブリンロードについて疑問に思った点だ。ムサシが気になったようなので話した。


 話を聞いたムサシは思案するように顎に手を当て俯いていたが、不意に顔を上げる。


「……アルバ殿、一つ訊きたいことがあるのだがいいか?」


「ん? ああ、俺に答えられることならいいぞ」


「そうか、ならば遠慮なく聞かせてもらうとしよう」


 そう言ってムサシは一度咳払いをすると、話を続けた。


「ここ最近、あの山で常ならざることが起こったりはしなかったか? 例えば大きな災害や、、などといったことに覚えはないか?」


「……災害の方はなかったけど、魔物ならAランクの強力なのが現れたな。もう二ヶ月も前のことだけど」


 ムサシの問いで、脳裏に浮かんだブラッディベアの存在を挙げる。


「そうか、やはりか……」


「何だ、何かゴブリンについて分かったことでもあるのか?」


 悲痛な面持ちのムサシに訊ねた。明らかに何か知ってる様子だ。


「……アルバ殿の抱いた疑問についてだが、某が思うにあの小鬼の王は突然変異だと思う」


「突然変異?」


「そう、突然変異だ。でなければ、何の兆候もなしに小鬼の王が現れるなどありえん」


「つまりお前は、あのゴブリンロードは突然変異で急成長したって言いたいのか?」


「そうだ」


 短く呟き、ムサシは首を縦に振る。


 突然変異だといきなり言われても信じられないが、ここまでハッキリと言うのだ。きっとムサシには、何かしら断言するに足るものがあるに違いない。


「そこまで言うってことは、何か根拠があるんだな?」


「ああ、その通りだ。あれはもう、五年も前の話だったか……某がまだ故郷にいた頃のことだ」


 ムサシは憂いを帯びた表情で語り始める。


「当時、某の故国の小さな村近くの森に雷が落ちたことがあってな。それが原因で運悪く森の木々が燃え、何もかもが炎に飲まれてしまった」


「…………」


「幸い村に火の手が回ることはなかったのだが、この一ヶ月後、突然小鬼の王が小鬼の大軍を連れて村を襲った」


「……村人たちはどうなったんだ?」


 訊くべきではないと思ったが、そんな思いに反するように疑問が口をついて出てしまった。


 そこでムサシは一度目を閉じた。眉間にシワを寄せ、まるで何かに耐えようとしている感じだ。


 しかしそれも一瞬のことで、すぐさま話の続きを再開した。


「間に合わなかった。報告を受け、都から某を含め多くの兵が派遣されたが、兵たちが着いた頃には村人たちはもう……」


 多分無意識だろう、ムサシが下唇を噛みしめる。辛い経験だったであろうことは、彼の表情を見れば嫌でも分かった。


「元々森に住んでいた小鬼がいること自体は何もおかしくなかったが、まさか王が出るなどとは誰も予想していなかった。だから今後同じようなことが二度と起こらぬよう、国は小鬼の王が前触れもなく出現した理由を調べた」


 当然の措置だろう。ただのゴブリンならともかく、ゴブリンロードともなれば最早一種の災害に等しい。


 次がないよう原因の調査をするのは、自然なことだ。


「その結果、小鬼の王が前触れなく現れたのは、森が焼けたことによる突然の環境の変化と、それによって生まれたストレスが原因だということが判明した」


「……それだけのことで?」


 魔物だって生物だ。生きていけない環境があったり、ストレスを感じたりしてもおかしくはないだろう。


 しかしそれだけで、ゴブリンロードが容易く生まれるとは思えない。もしそうなら、今頃人類はゴブリンによって滅ぼされている。


「無論、同じ状況下にあるからといって絶対に王が生まれるというわけではない。極稀に、個体に大きな変化を及ぼすこともあるという話だ」


「なら今回は、その極稀にが起こったってわけか……」


「そうだな、何とも運の悪いことだ。だが、そう悲観ばかりするものでもない」


 ムサシは、ニヤリと自身に満ちた笑みになる。


「この街には冒険者たちがいる。某の故国の村のように、なすすべなく蹂躙されることはあるまい」


「いや、それはどうだろうな……」


「ん? 随分と歯切れが悪いな。何か気になることでもあるのか?」


「ちょっとな。お前は冒険者を当てにしてるようだけど、実際にゴブリンやゴブリンロードと戦ってくれるかは分からないぞ」


 冒険者というのは、命あっての物種だ。だからこそ、冒険者は可能な限りリスクは避ける。


 塵も積もれば山となるとも言う。ゴブリンとはいえ、百を超える数ともなれば相当の脅威だ。命を落とすことだって十分に考えられる。


 そうなると、この街が故郷の冒険者たちならともかく、それ以外の奴らは確実に街を離れるだろう。誰だって命は惜しいのだから仕方ない。


 こういう時頼りたいのが冒険者ギルドだが、残念ながら冒険者ギルドには、冒険者たちを拘束するような権限はない。冒険者とは自由こそが一番の売りだからだ。


「まあ仮にこの街の冒険者が戦おうとしなくても、ギルドが他所に救援要請をするだろ」


 こんな田舎街の冒険者だけで対処できる問題じゃないことは、子供でも分かる。きっとAランク、もしかしたらSランク冒険者が出張るかもしれない。場合によっては、領主お抱えの騎士が出張る可能性も十分あり得る。


「しかし来るまでに、どれほどの時間がかかる? あの小鬼の数を見る限り、いつ襲撃があってもおかしくはないぞ」


「それは……」


 ムサシの言う通り、あまり悠長にはしていられない。調査結果は伝えたから、ことの重要性はギルドも分かっているはずだが、対策には時間がかかる。


 ゴブリンが大軍を率いて攻めてくる前に対策を終えられるかは、時間との勝負だ。


「まあ仮に救援要請が間に合わなかったとしても、この街には某とアルバ殿がいる。小鬼の百や二百は余裕だ」


 自信過剰とも取れる言葉ではあるが、ムサシの実力を考えるとあながち間違ってるとも言えない。


「いや、俺たち二人だけじゃゴブリンは倒せても、ゴブリンから街を守ることはできないだろ」


「む、確かにそうだな。某としたことが失念していた」


 俺たちがすべきことは、ゴブリンを倒すことじゃない。ゴブリンの脅威から街、そしてそこに住む人々を守ることだ。


 だが二人だけじゃ、できることなんてたかが知れている。やはり頭数は必要だ。


「どうしたものか……」


 正直、こうして話していても俺たちにできることは何もない。これは冒険者ギルドの領分だ。


 だからあーだこーだ話し合っても意味はあまりなかったりする。


 俺とムサシは思案するが、特にいい案が浮かぶこともなく場を沈黙が支配した。


「――お二人共、随分と悩んでいますね。一旦お茶でも飲んで休憩されてはいかがですか?」


 お茶の入ったカップを載せた盆を持ったレティが、いつの間にやらテーブルの側に立っていた。


「……そうだな。一旦休憩するか」


「では某も」


 俺が盆の上のカップを一つを取ると、ムサシもそれに習ってカップを手に取る。


 適温のお茶を口に運ぶと、先程までゴチャゴチャ考えていた頭が冴えてくる。何か気を落ち着かせる効能のあるお茶なのかもしれない。

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