調査へ
「はあ……」
重い溜息がつい漏れてしまった。
全く、どうしてこんなことになったのやら……。
俺の前を歩いていたムサシが、俺の溜息に反応してこちらに振り向く。
「溜息なんか吐いてどうしたアルバ殿? 某の国では溜息は幸せを逃すというし、あまりしない方がいいぞ?」
「……誰のせいだと思ってるんだよ」
俺とムサシは現在、二人で普段冒険者たちが魔物の狩場にしている山を登っていた。目的は昨日ムサシが話していた調査だ。
「……それにしても、中々進まないな」
「仕方あるまい。あれだけ小鬼と遭遇すれば、どうしたって遅れは出てくる」
すでに山に入って三時間以上が経過している。
その間に俺たちは、ゴブリンの集団とは七回も交戦していた。しかも昨日ムサシの話していた通り、ゴブリンは十匹を超える集団だった。
幸い俺もムサシも無傷で切り抜けたが、流石にこの頻度は異常だ。それにこの山にはゴブリン以外にも魔物は存在するのに、未だに一匹も遭遇していない。
調査はまだ途中だが、一つだけハッキリしていることがある。それは、まず間違いなく今この山では何か異変が起こっているということだ。
「いやあ、しかしアルバ殿がいてくれて本当に助かった。小鬼とはいえ、あれだけいると某でも少しばかり手こずってしまう」
今回の調査はゴブリンの数が未知数ということもあって、ムサシ一人に任せっきりというわけにもいかず俺も戦いに参戦していた。
とは言っても、俺はあくまでムサシのサポート徹しているだけだから大したことはしていない。
「別に大したことはしてない。俺が相手したのはほんの数匹で、大半はお前が引き受けてたじゃないか」
「はっはっは。そんなに謙遜することはない。アルバ殿は、味方である某のことを考えた良い立ち回りをしていたではないか。昔誰かとパーティーを組んでいた経験でもあるのか?」
「……まあな」
ムサシの推察で、今となっては苦い過去となった仲間たちのことが脳裏をよぎった。
あいつらは今どうしているんだろうか? 俺がいなくても楽しくやっているのだろうか? もしそうなら、嬉しいような悲しいような……。
こんな田舎街じゃ王都の情報なんてロクなものが入ってこないから、リーシャたちの近況なんて知りようがない。
ただ、数ヶ月前まで王都にいたレティなら何か知ってるかもしれない。今度訊いてみよう。
そこまで考えて、今が調査依頼の最中だということを思い出し、気を引き締める。
「それにしても、アルバ殿の小鬼を片付ける手際は見事なものだったな。特に小鬼の首を斬り飛ばした時など、目を剥いたものだ」
「見てたのかよ……」
「某のように首の骨の隙間を狙ったわけではなく、力技で強引に斬っていた様は、本当に見事としか言いようがない。やはり某の目に狂いはなかったな。アルバ殿は間違いないなく強い。いやあ、戦うのが楽しみだ!」
ゴブリンの集団は数が多かったから俺の方を気にかける暇はないと思っていたが、意外と余裕があったのか。これなら、俺が助ける必要はなかったかもしれない。
「しかし、あれだけの芸当を成し遂げられるほどの、アルバ殿のその異常な身体能力……何かしらの恩恵の力と予測するが、どうかな?」
「……さあな? それより無駄話なんかしてないで、さっさと調査を進めるぞ」
「おお、そうであったな。つい忘れてしまっていた」
今は調査の最中だ。雑談をしている場合ではない。
「すまんな、アルバ殿。ここより先は真剣にやるから許してくれ」
それから俺たちは必要最低限の会話以外はせず、黙々と山の調査を進める。
奥地へ踏み込むほど、ゴブリンとの遭遇が増えていった。ゴブリン程度なら束になっても俺とムサシには敵わないが、遭遇する度に足が止まってしまうのが面倒だ。
おかげで調査は遅れに遅れ、朝早くに山を登ったはずなのに、夕日が見えるような時間帯になってしまった。
しかし、ゴブリンに襲われるのも悪いことばかりではない。奥へ進むほどゴブリンとの遭遇率が上がるということは、奥には何かがあると言ってるようなもの。
ほぼ確実に、この異常な状況の原因があるはずだ。
「どうする、アルバ殿? そろそろ辺りも暗くなる頃だ。一旦引き返すか?」
「そうだな……」
山において夜の闇の中で活動することは、あまりにも危険だ。暗闇は視界を奪い、自身の現在地すらも惑わす。
更にこの山には、魔物以外にも毒を持つ生き物もいる。暗闇では、そういった生物に接近されても気付けないことが多い。
この二つの理由から、夜の山に入る者はいない。仮に入る奴がいるとすれば、そいつはただの命知らずのバカだ。しかし、
「いや、このまま進もう。明日またここまで来るのが面倒だ。それに調査依頼なら、報告はできるだけ早い方がいいだろ?」
それでも俺は、あえて調査を続行することに決めた。
「流石はアルバ殿。いいことを言う」
快活な笑みを浮かべ、ムサシは俺の考えに同意を示してくれた。
「俺は夜目が利くから夜になっても問題ないけど、お前は大丈夫か?」
「某も夜目は利くから問題ない」
懸念していたことも解決したので、俺たちは再び歩き出す。ただし、徐々に暗くなってきたから周囲には先程まで以上に気を配って。
「……アルバ殿」
前を歩いていたムサシが、不意に足を止めた。視線を前方に固定したまま、手招きしてくる。
きっと何か見つけたんだろう。ムサシの側まで移動し、木々に身を隠しながら前方に視線をやると、洞窟が目に入った。
入口が高さ四メートルほどもある大きな洞窟だ。洞窟の入り口付近には、大量のゴブリンがいた。ざっと見ただけでもその数は優に百を超えている。
こんなにも大量のゴブリンが攻めてきたら、アンドラの街はひとたまりもない。
これだけでも驚きだが、それ以上に驚愕すべきものが俺の視界に映っていた。
子供のような体躯のゴブリンたちの中で、ただ一匹だけ異常な個体がいる。顔つきはゴブリンそのものだが、その肉体はゴブリンとは大きくかけ離れた、三メートルはあろう巨躯。その魔物の名は、
「ゴブリンロード……!」
ゴブリンロード。それはゴブリンの中から時折生まれる特殊な個体。ロードなんて大仰な名前が付く通り、ただのゴブリンとは一線を画す力を有している。
俺も昔資料で読んだことがあるだけでこの目で見るの生まれて初めてだが、資料に書いてあった通りの風貌だ。
ただ、ここで一つ疑問が生まれる。それは配下のゴブリンたちの変化だ。
ゴブリンロードは、通常のゴブリンに比べると成長は年単位でかかるため、とても遅い。ただし、成長するにつれて配下のゴブリンたちの数を爆発的に増やし、力を増大する能力を持っている。
しかしゴブリンたちに変化が出てきたのは、ここ一週間の話。ゴブリンロードが生まれていたのなら、もっと前から兆候があってもおかしくはない。
「……アルバ殿、何か気になることでもあるのか?」
「ちょっとな……」
「そうか。ならばその話は後で聞くとして、とりあえず今はここを離れよう。調査結果をギルド長に報告するのが先だ」
「……分かった」
一度頷いて、俺たちはゴブリンたちに気付かれないよう足音を殺しながら、その場をあとにした。
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