調査の依頼
ムサシが街に来てから一週間が経過した。
文化の違う異国の地であるにも関わらず、ムサシは驚くほどこの街に順応していた。
持ち前の明るい性格もあり、今では顔を合わせると挨拶を交わすほど街の住人とも打ち解けている。
しかも冒険者稼業の方もかなり順調で、わずか一週間でランクを二つも上げて現在はDランクだ。これは異常と言ってもいいほどの躍進だが、ムサシの実力を考えれば何もおかしくはない。
実際、ムサシの実力は他の冒険者たちにもこの一週間で広まったようで、今じゃ色々なパーティーから引っ張りだこの人気者っぷりだ。
「おはよう、アルバ殿」
「ああ、おはよう、ムサシ」
いつも通りギルド内に入ると、目聡く俺を見つけたムサシがこちらに駆け寄り挨拶をしたので、俺も同じく挨拶を返した。
「今日も依頼を受けるのか?」
「うむ、もちろんだ。とあるパーティーに誘われていてな。この後一緒に行くことになっている。いやあしかし、この辺りの魔物は某の故郷では見れないようなものばかりで面白い」
地域が違えば、そこに生息する生物もまた違ったものになる。これは魔物であっても同じことだ。
ましてや違う大陸ともなれば、海の向こうから来たムサシからすれば未知の魔物ばかりだろう。
「これだけ知らない魔物ばかりだと、某も斬り甲斐があるから楽しいな」
「そりゃ良かったな」
魔物を斬るのが楽しいなんて笑いながら言える辺り、やっぱりこいつは戦闘狂だな。絶対にやり合いたくはない。
ムサシは一度咳払いをしてから、再び口を開く。
「ところで話は変わるが……アルバ殿、そろそろ某と一手死合ってもよい頃合いではないか?」
「全然良くねえよ」
出会った当初は困惑したこのやり取りも、一週間もすればすっかり慣れてしまった。最早、ムサシなりの俺に対する挨拶みたいなものになってしまった。
「むう、ダメか。ならば仕方ない、今日のところは諦めるとしよう」
「できればこれっきりにしてくれ」
「はっはっは、それは無理だ。諦めてくれ」
こいつ、笑いながら即答しやがったよ。いやまあ、言っただけで聞いてくれるとは思ってなかったけどさ。
「おおそうだ。アルバ殿、今日もアルバ殿の家に行ってもよいかな?」
「ああ、別にいいぞ」
「そうか、それは良かった。今日はレティ殿に、故郷の着物の話をする約束をしていたのでな。アルバ殿、お土産は何がいい?」
「別にそこまで気を遣わなくてもいい。お前の故郷の話を聞かせてもらえるだけで十分だ」
実は出会った初日に昼メシをご馳走するために家に招いて以降、ムサシは毎日家に来ていた。
訪問の理由は、食事のお礼にとお願いした故郷の話をするため。俺としてはあの場限りの約束のつもりだったが、ムサシは全部話さなければ気が済まないらしい。
面倒なんじゃないかとも思ったが、ムサシも自分の故郷の話をするのは楽しいのか、嫌がっているような素振りはない。
レティもとても楽しそうに聞いているし、ムサシの方からやめたいと言うまでは続けてもらおうと思っている。
「それはそれとして……なあムサシ、何か最近ギルドの雰囲気がおかしくないか?」
ここ数日、ギルド内の空気が妙に悪い気がする。何というか、冒険者たちの大半が全員ピリピリしていて近寄りがたい雰囲気を放っているのだ。
「おお、アルバ殿も気付いたか。実は最近、冒険者たちが山で小鬼に襲われることが多いらしくてな。中にはそれが原因で負傷してしまい、依頼を失敗する者が多いらしい」
「へえ、そりゃ災難だな」
ギルドの定めた決まりで、依頼の失敗は罰金を取られる。この決まりは、一攫千金狙いで実力のない者が無謀な依頼を受けないための措置だ。
罰金額は受けた依頼の難易度によって変わるが、決して安くはないだろう。
「けど、ゴブリンか……そんなのに簡単に遅れを取るほど、この街の冒険者は弱くないはずなんだけどな……」
「そうだな。確かにアルバ殿の言う通り、小鬼如きに遅れを取る冒険者は、この街にはいない。それは彼らとパーティーを組んだ某もよく知っている」
この一週間、ムサシは多くのパーティーと行動を共にしていた。そんな彼なら、少なくとも俺よりはこの街の冒険者たちの実力を知っているはずだ。
「ただな、襲いかかってきた小鬼は全て十匹を超える集団だったそうだ」
「それは一つのパーティーじゃ厳しいな……」
前衛や後衛といった役割の問題もあって、基本的にパーティーは四人一組が理想とされている。
いくらゴブリンが最弱とはいえ、一パーティーでは多勢に無勢。隔絶した実力を持つ者でなければ、返り討ちにあってしまう。
「某も何度か小鬼共に遭遇したが、全てかなりの数の集団となっていたな。……もしかしたら、あの山では今何かしらの異常が起きてるのかもしれん」
いつもと違う厳かな声音そう語るムサシの言葉には、何か確信めいたものが感じられた。
「ところで話は変わるがアルバ殿、明日は時間は空いてるか?」
「明日か? 特に用事はないけど、それがどうかしたか?」
「いや大したことではない。少しアルバ殿に頼み事があってな」
「俺に頼み事?」
ニヤリと笑うムサシに、何となく嫌な予感を覚える。
しかしムサシは俺がそんな不安を抱いたことに気付いた様子もなく、話を続ける。
「実は明日、先程話した小鬼に関してギルド長から直々に調査を頼まれているのだ」
「へえ、そりゃ凄いな」
ギルド長から直々に調査依頼が出るなんて、実力はもちろんのこと余程信頼されていなければいけない。たった一週間でそんな大役を任されるなんて、本当に凄い奴だ。
「その際、ギルド長から某一人だと何かと不便だろうからと誰か一人信頼できる者を連れて行けと言われてな。調査だけなら某一人でも問題はないのだが、せっかくだったのでギルド長の言葉に従うことにした。同行者の任命権は、某にある」
「おい待て。お前まさか……」
「流石はアルバ殿、察しがいいな」
話の流れから色々察した俺に、ムサシは笑みを深める。
「アルバ殿、明日某と共に山へ調査に赴いてほしい。明日は暇だから問題ないだろ?」
「……拒否権はないのか?」
「はっはっは。アルバ殿、これはギルド長直々の依頼だぞ?」
「つまりないってことか……」
冒険者は基本的に自由だ。法を逸脱しない限り、何かを強制されることは基本的にはない。
ただし例外というものは存在する。それがギルド長からの依頼だ。一応依頼という形ではあるが、実質やれという命令だ。
拒否権もあるにはあるが、仮にも相手は一ギルドの長。断って機嫌を損ねようものなら、今後の冒険者稼業に支障をきたすことは間違いない。だから拒否権はないに等しい。
「何、少し山の調査をするだけだ。アルバ殿なら全然平気だろう? それにギルド長直々の依頼だけあって、報酬もかなりのものだ。アルバ殿にとっても悪い話ではあるまい」
「俺は薬草採取の依頼だけで十分なんだよ……」
「まあまあ、そう言わずに。きっと楽しいぞ?」
「…………」
人の笑顔がここまでイラっときたのは生まれて初めてかもしれない。
朝の冒険者ギルドにて、満面の笑みを作るムサシにふとそんなことを思った。
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