ポーションのお礼

 朝は予想外の来客があったが、それでも俺の予定は変わらない。


 アンナさんと別れた後、俺は朝食を取ってからギルドに向かう。


 そしていつも通り薬草採取の依頼を受けて街から少し離れた山を登る。


 まあ登るといっても大して危険な魔物のいない山の麓。ここなら出るのはゴブリンやコボルトだけなので、逃げるのはとても楽だ。


 薬草採取の報酬は大した額ではないが、この街は娯楽が少ないためあまり金を消費することがない。しかも俺は武器の手入れをする必要もないので、金は貯まる一方だ。


 そして数時間山を散策して依頼対象の薬草を決められた量採取し、ギルドに戻って提出する。


 あとはギルドの人間から報酬をもらってギルドを出るだけ。この時、毎回周囲の冒険者がからかってくるが我慢我慢。ここでキレても意味はない。


 ここまでするのに大体昼すぎまでかかる。終わった後は基本的に気ままに過ごすだけだが、今日は少しだけ違った。


 俺の足は、人々の行き交が活発な街の中央から少し離れた東の方へ向かう。


 しばらくすると、白くて人の目を引く建物――教会に辿り着いた。


 この街の教会に来たのは初めてだが、他の街の教会と大した違いはない。至って普通の教会だ。


「ん……?」


 教会の敷地内に足を踏み入れたところで、騒がしい声が聞こえてきた。普段の物静かな教会とは大違いだ。


 声の発生源は教会の裏手。何事かと思い声のした方へ向かう。


 するとそこには、素朴な服を泥で汚した子供たちがいた。手には何やら土に塗れた作物らしきものが握られている。


 子供たちは作物片手に楽しげに騒いでいた。きっとこの子たちが先程の声の主なのだろう。それにここにいるということは、教会で世話されてる孤児たちだな。


「こら、あなたたち! これは遊びではないのですから、真面目にやりなさい!」


 子供たちの様子を眺めていると、そんなお叱りの言葉が飛んできた。


 叱り慣れた感じから教会のシスターの誰かかと思いながら振り向くと、そこにいたのは、


「アイシャ……?」


「ア、アルバさん!? どうしてここに……!?」


 俺の存在にギョっと目を見開くアイシャ。


「いや、昨日のポーションのお礼でも言おうと思って来たんだ。ああ、これお土産な。みんなで食べてくれ」


 道中の店で買ったお菓子の入った袋を手渡す。


 教会の人間みんなで食べられるよう、袋にはかなりの量のお菓子が入っている。


「う、受け取れませんよ、こんなに!」


「遠慮しなくていい。昨日のポーションのお礼だと思って受け取ってくれ」


「で、ですが……」


「お前はまだ子供なんだから、遠慮なんてしなくていい。それに、お菓子はアイシャも好きだろ?」


「……はい」


 アイシャは消え入りそうなほどのか細い声で答えた。


「なら素直に受け取れよ。それに俺は甘いものが苦手だから、受け取ってくれなきゃ処分に困る。だから俺を助けると思って……な?」


「そういうことなら……ありがとうございます、アルバさん」


「ああ、どういたしまして。ところで、アイシャたちは今何してるんだ?」


 お菓子の入った袋を受け取ったアイシャに、訪ねてみる。


「今日は教会で育てている野菜を収穫していたところです。人手が足りないので子供たちにも手伝ってもらっていたんですけど……」


「なるほどな。だからアイシャも今日はいつもと格好が違うのか」


 アイシャの服は普段の肌をあまり露出しない修道服ではなく、子供たちと同じような半袖の素朴な服だ。


 よくよく観察してみると、他のシスターたちもアイシャと似たような格好をしている。


 子供たちほどではないが、彼女たちは全身が少し土で汚れている。


「アイシャも大変そうだな」


「そうですね。子供というのは、言っても中々聞いてくれませんから大変です。今だって注意ばかりで収穫もあまり進まなくて――こら、ゲイル! 野菜を投げて遊ばないの! 食べ物を粗末にするなら、ご飯抜きですよ!」


 キっと目尻を釣り上げて、野菜を投げていた少年に注意を飛ばすアイシャ。


「うわ! シスターが怒った!」


 ゲイルと呼ばれた少年はビクっと肩を震わせると、慌てた様子で作業に戻った。


「ははは」


「ど、どうかしましたか、アルバさん?」


 いきなり笑い出した俺に、アイシャが目を丸くした。


「ああ、悪い悪い。普段のアイシャとは全然雰囲気が違ったからさ。ちょっとおかしくてな」


「そ、そうですか? ううう……恥ずかしいです」


 両手で赤くなった顔を隠し、アイシャはそんなことを呟いた。


 普段街で会うアイシャは、あんな大声で怒鳴ることはまずない。


 アイシャはとても大人しい子で、とても十四歳の子供とは思えない。同じ女なのに、かつての仲間のリーシャとは大違いだ。


 あいつは出会った当初からうるさい奴で、考えなしに適当にやるからいつも困らされていた。まあ、あいつのそういうところは嫌いじゃなかったんだけどな……ヤバい、思い出したら泣けてきた。


「ア、アルバさん、どうかしましたか? 何だか今にも泣きそうな顔をしていますけど……」


「……気にするな。それよりもあの様子だと収穫もあまり進んでないんじゃないか? もし人手が足りないなら、俺が手伝おうか?」


「え……? そ、そんな悪いですよ」


「遠慮するな。どうせ今日の依頼は終えて暇なんだ。手伝わせてくれよ。昨日のポーションのお礼とでも思ってくれたらいい」


「アルバさん……」


 俺はこの後どうせ夕飯まで何もすることはない。それなら、昨日ポーションを無償で譲ってくれたアイシャのために働かなくちゃバチが当たるってものだ。


「……分かりました。アルバさんがそこまで仰るのでしたら、その好意は無駄にはできません。収穫のお手伝い、お願いします」


「ああ、任せろ」


 深々と頭を下げたアイシャに、俺は笑顔で応じた。






 ――教会に来てから約三時間後。


「アルバ兄ちゃんって凄いんだな!? 俺、ビックリしちゃったよ!」


 野菜の収穫作業を終えた俺は、教会の奥の部屋のテーブルで子供たちと一緒にお菓子を食べていた。


「アルバ兄ちゃんって見かけによらず力持ちなんだな。みんなで引っ張っても全然抜けなかった野菜も簡単に引き抜いてたし、どうやったらそんなに力持ちになれるんだ?」


「まあ……俺も一応は冒険者だしな。身体はそれなりに鍛えてるんだよ」


「へえ……冒険者って凄いんだなあ」


 少年――ゲイルが瞳をキラキラとさせて俺を見る。


 これでも俺は魔王を倒した勇者。地面に埋まった野菜を引き抜くくらい造作もない。


「アルバさん、お茶をどうぞ」


「ん? 悪いな、アイシャ」


「いえいえ。アルバさんは収穫作業を手伝ってくれたのですから、これくらいは」


 俺の言葉に微笑みを浮かべた後、視線をテーブルの中央に置かれたお菓子を一心不乱に食べてる子供たちに向けた。


「あなたたち、アルバさんにちゃんとお礼を言いなさい!」


 アイシャの言葉に子供たちはお菓子に手を伸ばすのをやめ、一斉にこちらに振り向く。そして、


「「「「ありがとうございます、アルバ兄ちゃん!」」」」


 声を揃えて一斉に感謝の言葉を口にした。


 そんな子供たちに、俺は思わず口元が緩んでしまう。ここまで喜んでくれたのなら、渡したいこちらとしても嬉しい限りだ。


「本当にありがとうございます、アルバさん。元々教会で孤児の面倒を見るのはギリギリで、こういったお菓子は縁がなくて……」


「そうか。そういった事情なら、持ってきたのは正解だったな。……ところで、お前はお菓子を食べなくていいのか? 早くしないと全部食われるぞ?」


「え……ッ!?」


 驚愕の表情でお菓子の置かれたテーブルを見るアイシャ。


 テーブルの上のお菓子の量は、すでに半分を切っていた。


「俺の相手はいいから、お前も混ざってこいよ」


 テーブルの方を見て固まっているアイシャにそう言うと、彼女は一瞬躊躇うような素振りを見せたが最終的には子供たちと同じようにお菓子を食べ始めた。


 子供たちと一緒になって幸せそうな表情でお菓子を口にするアイシャたちを見て、俺はまたもや口元が緩んでしまうのだった。

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