勇者のスローライフ

そして二年後

 王都より遥か南。途中にある舗装されてない、馬車が通ることすらできないほど荒れた果てた道を抜けた先。そこには一つの街が存在する。


 街の名はアンドラ。二年前、大勢の人々の前でブザマにも失恋した俺が現在暮らしている街だ。


 そこそこの規模の街ではあるが、如何せん王都から離れすぎているせいで、あまり人の出入りもなく活気がない。


 こんな街に来るのは、俺のようなわけありか、近くの港町から流れてきた異国の商人くらいのもの。


 はっきり言って田舎だ。王都のような煌びやかな店もなければ娯楽もない、何とも退屈な街。


 しかし俺にとって、この街はこれ以上ないほど好都合だった。


 この街は王都から遠く離れた田舎であるが故に、王都に行ったことのある者がほとんどいない。


 つまり、二年前失恋のショックで王都から逃げるように去った俺のことを知る者など、この街にはいないということだ。


 おかげで俺はこの街で、勇者として特別扱いされることもなく普通の生活を送れている。


「――はい。確かに指定されてた薬草は揃っていますね。では、こちらが今回の報酬となります。お受け取りください、さん」


 冒険者ギルドのカウンターにて、依頼されてた薬草を提出した俺に、受付嬢が報酬の銀貨五枚を手渡す。


 今受付嬢が口にしたアルバというのは、俺のアンドラにおける仮の名だ。いくら勇者の顔を知る者がいないこの街でも、名前から俺の正体に行き着く者が現れるかもしれない。


 アルバという名は、その対策だ。これで俺の正体に気付く者はいないだろう。


 報酬を受け取った俺はカウンターを離れ、ギルドの出ようとするが、そんな俺を見て周囲の冒険者が薄ら笑いを浮かべた。


「おいおいアルバ。お前また薬草採取の依頼なんか受けてたのかよ? そんなのFランクの新人冒険者が受けるような依頼だぜ? 冒険者になって一年以上経つのに、いつまで新人気分でいるつもりなんだよ? その腰の剣は飾りか?」


 一人の冒険者の小バカにしたような発言に、周囲の冒険者たちはゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。


 確かにこいつらの言う通り、薬草採集はFランク――新人冒険者の仕事だ。Eランクの俺が受けるには適していない。


 しかし薬草採取以外となると、基本は魔物の討伐くらいしかない。俺はできれば魔物の討伐依頼は受けたくなかった。


 これでもかつては千を越える魔物の軍勢を相手にしたこともある。たかが数匹の魔物ごとき、大して手こずることもない。


 しかし魔物と戦うと、まだ魔王を倒すために勇者として活動していた時のことを思い出してしまう。


 そうなると、仲間――より正確にはリーシャと肩を並べて戦っていた時のことが嫌でも脳裏に浮かんでしまう。


 我がことながら女々しいとは思うが、俺は未だに二年前の失恋から立ち直れていない。リーシャのことを思い出すだけで、胸が張り裂けてしまいそうになる。


 だからこの二年間、リーシャを思い出しそうなことは極力避けている。


「おい、どうしたよ? 何か言い返してみろよ」


「そうだそうだ!」


「このビビリが!」


 煽ってくる冒険者たち。


 ムカつくことこの上ないが、いつものことだ。適当に流してさっさとここを出よう。


 俺は未だに煽り続けている冒険者たちに背を向け、急ぎ足で出口に向かう。


 しかし、そこで不意に俺の前に立ち塞がる男がいた。


「どこに行くつもりだ、臆病者」


「……家に帰るんだよ。悪いか、カイン?」


「気安く俺の名前を呼ぶな!」


 俺を睨み付け、怒声を上げるカイン。


 彼は俺と同じくアンドラの冒険者カイン。同年代で同じ時期に冒険者になったこともあって以前は仲良くやっていたのだが、いつの頃からか、こうしてことあるごとに突っかかってくるようになった。


「お前は恥ずかしくないのか? あんなに好き放題言われて悔しくないのか?」


 当然、悔しくないわけがない。今すぐこの場でゲラゲラ笑ってるバカ共を血の海に沈めてやりたい。勇者である俺なら、できないことではない。


 けど、そんなことをすればこの街にいられなくなってしまう。それは俺の望むところではない。だから、


「……ああ、全く悔しくないな」


 心にもない言葉を口にする。


「この……ッ!」


 俺の言葉が余程頭にきたのか、俺を殴り飛ばそうと拳を振るってくるカイン。


 勇者であった俺には止まって見えるほど遅いが、ここで避ければ更に面倒になる。これ以上の面倒事はごめんだ。


 仕方ないので、素直にカインの拳を受ける。


「………ッ!」


 カインの拳が俺の左頬を正確に捉えた。


 脱力して受け身の体勢に入っていた俺は、その一撃をまともに受けてギルドの壁まで吹き飛ぶ。


「……ッ」


 大して痛くはないが、一応痛みに耐えてるフリをする。


「ふん……」


 そんな俺にカインは一度鼻を鳴らすと、カウンターの方へと向けて歩き出すのだった。






「はあ……」


 冒険者ギルドを出て帰路に着く最中、俺は溜息を漏らした。


 なぜ溜息を吐いてるのかというと、理由は単純。先程のギルドでのやり取りだ。


 同業者に嘲笑われるのはもう慣れたものだが、まさかカインに殴られるとは思わなかった。


 大して痛くはなかったが、今後も同じことが続くとなるとかなり面倒だ。流石に毎回殴られるのは、精神的に辛いものがある。


 こういった時はギルド職員の力を借りたいものだが、残念ながらギルドは冒険者同士のイザコザには介入しない。何が起ころうと自己責任だ。


 となると自力で何とかしなくちゃいけないわけだが、全く案が思い浮かばない。


 ……思い返してみると、俺って魔王を倒してから全くいいことがないな。


 好きな奴にはフラれるし、同業者にはバカにされて殴られるし、もう最悪だ。


 そもそも、どうしてフラれたのかからして分からない。


 自分で言うのも何だが、俺とリーシャは結構いい感じだったと思う。関係で言うと、友達以上恋人未満といったところか?


 少なくとも互いを異性として意識はしていた。たまに二人きりになった時なんて、かなりいい雰囲気になってたしな。


 だからこそ告白したのになぜダメだったのか。フラれたあの日から何度も考えているが、答えは出ない。


「はあ……」


 本日二度目の溜息。昔誰かに溜息は幸せを逃すと言われた気がするけど、そんなのは知ったことじゃない。人は時に、溜息を吐かずにはいられないこともある。


「あ、あの……」


 暗い気持ちを抱えて歩いていると、不意に上着の袖を誰かに引っ張られた。


 いったい誰なのかと思い引っ張られた方に振り返ってみるとそこには、


「何だ、アイシャか……」


 銀髪を腰まで伸ばした、修道服姿の少女がいた。


 彼女の名前はアイシャ。俺よりも四つ下の十四歳ではあるが、服装を見れば分かる通りシスターだ。


 しかもただのシスターではない。多少気弱なところもあるが、この街の教会の責任者でもある。


「こ、こんにちは、アルバさん……」


「ああ。こんにちは、アイシャ。こんなところで何してるんだ?」


「じ、実は教会で作ったポーションを納品しようと思ってまして……」


「ポーションの納品か。教会を支えるためとはいえ、お前も大変だな」


「いえ、私が好きでやってることですから……」


 教会というのはただの祈りの場というだけでなく、孤児院としての側面も持つ。


 それはこの街も例外ではなく、多くの孤児たちが身を寄せているのだが、彼らを養うにはそれなりの金がいる。教会への寄付金だけでは圧倒的に足りない。


 アイシャが言ったポーション納品は孤児を養うための金策の一つだ。


 俺より四つも年が下なのに、誰かのためにここまで頑張れるのは素直に尊敬する。


「アルバさん? 大丈夫ですか?」


「ん? ああ、大丈夫だ」


「本当ですか? でも、それにしては何だか顔色が悪いですよ? 左頬も少し赤いですし……何かあったんですか?」


 ……意外に鋭いな。確かについさっきカインに殴られたところは、まだ少し痛んでいるから赤いのだろう。


 しかし問題はない。俺はとあるを所持していることにより、ある程度の傷はすぐに治る。殴られた頬の腫れも、すぐに完治するだろう。


「あの、よろしければ何ですけど……これ、使ってください」


 少し考え事をしている間に、アイシャが手に持っていた布の袋から緑色の液体が入った小瓶を取り出し、俺の眼前まで持ってくる。


「使ってくださいって、これ納品分のポーションだろ? 俺に渡したら困るんじゃないか?」


「これは余っていた分なので大丈夫です」


「いやでもタダってのも悪いし……金は払わせてくれ」


「いいえ、問題ありません。これは私が善意で渡すもの。お金は受け取れません」


 きっぱりと言い切ったアイシャ。普段の気弱な様子からは、少し想像がつかないような物言いだ。


「それにこのポーションは、材料となる薬草の採取依頼をアルバさんが受けてくれたからこそ作れたものです。日頃の感謝の意味も込めて、受け取ってください。……それとも、私なんかが作ったポーションは、もらっても迷惑ですか?」


「うぐ……」


 そ、その言い方は流石に卑怯じゃないか? そこまで言われたら、断るなんて無理だろ。


 それからしばらく頭をひねったが上手く断る方法が浮かぶこともなく、


「……分かった。ポーション、ありがたく受け取らせてもらうよ」


「はい。ありがとうございます!」


 それは俺が言うべきセリフなんじゃないか? などと考えながら、俺はアイシャからありがたくポーションをいただくのだった。




 


 



 

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