VSムサシその一
ゴブリンロード討伐から一週間後。
ゴブリンロードとゴブリンの軍勢が原因で街を離れていた者たちも戻り始め、街は以前の姿を取り戻しつつあった。
ゴブリン相手に奥の手とやらを使い、数日間身体の動かなったムサシも、今は完全に回復している。
「……ようやく、ようやくこの時が来たのだな。某はこの日が訪れることを一日千秋の思いで待っていたぞ、アルバ殿」
ムサシが万感の思いを込めて語る。
「随分と大げさな奴だな」
「アルバ殿ほどの強者とやれるのだ。大げさなものか」
現在俺とムサシは普段、薬草採取の際に利用湖の側にいる。目的は、ゴブリンロード討伐の際にしていた約束――ムサシと勝負をするためだ。
この場所を選んだ理由は、ここなら人目につかないということと、戦いの余波で誰かを巻き込むこと、あとは魔物のような邪魔が入らないからだ。
「さあ、アルバ殿。早く始めよう! 某、これ以上は我慢できそうもない」
ムサシが腰の刀の柄に手を当て、そんなことを言った。このままだと、数分もしない内に斬りかかってきそうな勢いだ。
「待て待て、落ち着け。別に俺は逃げないから、少し時間をくれ」
今にも武器片手に襲いかかってきそうなムサシを宥める。こいつが俺との勝負を切望していたのは知っていたが、まさかここまでとは……。
勇者だった頃の俺の仕事は、魔物を倒すこと。そのため、俺は対人戦の経験はあまりない。せいぜい、訓練で数回ぐらいのものだ。
だから、ムサシほどの実力者との真剣勝負となると少し気後れしてしまう。とはいえ、ここまで来たら逃げるわけにはいかない。
緊張を解すために、深呼吸を数回する。ただの深呼吸でも、こういう時にすると不思議と落ち着く。
「ふう……待たせて悪かったな、ムサシ」
「何、気にすることはない。今更多少待つくらい、某にとっては大したことない。それよりも――始めようか」
「……ああ」
互いに腰の獲物を抜き、構える。
同時に張り詰めた空気が場を支配する。
全身をピリピリと刺激するような空気だ。
一秒一秒が永遠にも感じられる、とても不思議な感覚が全身にまとわり付く。
「……そうだ、一つ言い忘れていたことがあった」
一触即発の空気の中、いつもとは違う厳かな声音で、ムサシはポツリと呟いた。
ここまで来て、いったい何を言い忘れていたというのか。そんなことを思いながら首を傾げていると、
「アルバ殿――死んでも恨まないでくれ」
それだけ言って、ムサシは地を蹴り動き出した。
俺はその場を動かず、ムサシを待ち構える。
ムサシは一瞬で距離を詰め、俺を射程圏内に収める。
「ふ……ッ!」
挨拶代わりの一撃目が、俺の足元を襲う。
そういえば、以前ここでゴブリンに襲われた時にも初撃は同じところを狙っていたな。
一度見ていたということもあってこの手を予測していた俺は、その場で跳躍することで避ける。
続くニ撃目は、首を狙った一振り。空中にいる以上、回避はできない。
なので俺はその一撃を剣で受けることにした。
ぶつかり合う互いの獲物。しかし、触れ合ったのはほんの一瞬のことだった。
ムサシの振るった一撃の勢いに抵抗するような真似はせず、身を任せて後方に飛び退き距離をとる。
「流石はアルバ殿。見事な反応速度だ」
「前にも一度見たことがある手だったからな」
そうでなければ、避けられたかは微妙なところだった。
「謙遜することはない。瞬時にあそこまで冷静に対処するには、相応の実力が必要となる」
「さて、某は今攻めたから今度はアルバ殿の番だ。いつでも来てくれ」
今度はムサシが待ちの構えになる。
別に攻めるのに順番なんて設けてはいなかったが、ムサシがそう言うのなら遠慮なくこちらから行かせてもらうとしよう。
地を蹴り、ムサシの元へ駆ける。
ムサシが眼前まで迫ったところで跳躍し、その勢いのままムサシへ斬りかかる。
小細工抜きの一振り。しかしシンプル故に、早く重い一撃だ。
跳んだ時の推進力と、俺が持つ恩恵の能力によって高められた力で放たれたそれを、ムサシ避けることなく刀で受け止めた。
刃と刃がぶつかり、火花が散る。
「む……ッ」
俺の力を前に、ムサシはその場に踏ん張ることができず後方に吹き飛んでしまう。
どうやら、力では俺の方がムサシに勝っているようだ。
ムサシは地面を転がるが、受け身を取っていたのでダメージはない。
ムサシが体勢を立て直そうとしたところで、追撃を仕掛ける。
二度目の攻撃は、ムサシは刀を眼前にかざして押し負けることなく受け止めてみせた。
「流石はアルバ殿。やはり強いな……!」
戦いの最中だというのに、ムサシは快活な笑みを浮かべてみせる。
余裕とも取れる態度だが、力は俺の方が強いため徐々に後ろに押され始めている。
このままだと、押し切るのは時間の問題だ。
ムサシも同様の考えに至ったのだろう。鍔迫り合いはやめて、後方に下がり俺との距離を開ける。
「いやはや、これは参ったな。アルバ殿の身体能力がここまで高いとは。打ち合いは部が悪いか」
「ならどうする? 降参するか?」
「まさか! ここからが楽しいのではないか!」
言いながら、ムサシは腰を低くして刀を腰の辺りの高さで構えた。
「アルバ殿、今から某が面白いものを見せてやろう」
次の瞬間、ムサシが消えた。
一瞬のことだった。俺は瞬き一つすることなくムサシを注視していたのに、突然いなくなったのだ。
魔法? それともムサシの恩恵か? どちらにせよ、俺には何をしたのか見当もつかない。
「どうしたアルバ殿、隙だらけだぞ?」
「…………!」
いつの間にか、ムサシが手を伸ばせば届く距離まで迫っていた。
咄嗟に剣を盾のように構えたと同時に、鉄同士が当たった時特有の甲高い音が耳に届いた。次いで、剣からビリビリと衝撃が伝わってくる。
「む? これを防ぐか……」
「この……!」
剣を横凪に一閃する。
しかしムサシはそれより早くその場を離れたため、剣は虚しく空を斬った。
「……何だよ、今の?」
「これは縮地という技だ」
「は……?」
まさか答えてくれるとは思っていなかったので、思わず間の抜けた声が漏れてしまう。
「ところで、アルバ殿は知っているか? 人間というのは縦と横の動きに比べると、斜めの動きには反応速度が少し遅いのだ」
ムサシが唐突に語り始めた。
「某が今使ってみせた縮地は、それを利用したものだ。まあ他にも動きを悟られないよう、特殊な歩法を用いているのだがな」
「……わざわざ技のタネ明かしをしてくれるなんて、随分と余裕だな」
「アルバ殿ならどうせすぐに見破ってしまうだろうと思ってな。気分を害したのなら申し訳ない」
「別に怒ってはいない。ただ、俺のことを買い被りすぎじゃないかと思っただけだ。その縮地とか言う技は、お前に教えてもらわなくちゃ多分仕組みは分からなかったよ」
正直、俺はそこまで頭のいい方じゃない。
「そうか? アルバ殿は実践経験が豊富に見えたからできそうな気もするが……まあ、それはどちらでもいいことか」
ムサシは再び、刀を腰の位置に持っていく。
「この技は仕組みが分かったところで、そう簡単に対処できるものではないからな……!」
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