ゴブリンロード討伐後

「ムサシ……!」


 ゴブリンロードを倒した後、洞窟を出た俺は開口一番にムサシを呼んだ。


 しかし次の瞬間、目の前の光景にギョっと目を見開いてしまう。


 洞窟前は、凄惨の一言に尽きる状態だった。


 洞窟に入る前は大量のゴブリンがいたはずなのに、今はそれらは影も形もなく、代わりと言わんばかりに血と細切れの肉片がぶちまけられていた。


 気の弱い者なら、卒倒するような恐ろしい光景だ。これまで数多の戦場で剣を振るった経験のある俺でも、この場に充満する血肉の臭気には顔をしかめずにはいられない。


 誰がやったのかは一目瞭然だが、いったいどうやったらゴブリンをここまで惨殺できるのやら。


 おっと、呆れてる場合じゃないな。さっさとムサシを探さなければ。


 周囲をキョロキョロと見回すが、ムサシらしき影は見当たらない。


 ムサシが見当たらないことに嫌な想像が頭をよぎったが、不意に別れる直前のムサシのことを思い出す。


 囮役はムサシ自身が買って出たものだ。秘策があるとも言っていたし、勝算があったからこそ率先して引き受けたはずだ。


 だから、ムサシは無事なはずだ。そうに決まっている。あいつが俺と戦う約束を前に、死ぬなんてあり得ない。


「ムサシ、どこにいる? いるなら返事をしてくれ!」


 先程以上に声を張り上げ、名を呼ぶ。


 すると、応じる声がすぐに返ってきた。


「そ、某はここにいるぞ、アルバ殿……」


 弱々しい声。いつもの元気を感じられないが、これは間違いなくムサシの声だ。


 急いでムサシの元へ駆け寄る。


 ムサシは仰向けの体勢で倒れていた。全身真っ赤に染まっており、俺の目ではゴブリンのものなのかムサシのものなのか判別できない。


「やはり無事だったか、アルバ殿。ここにいるということは、もう小鬼の王は倒してきたのだな?」


「少し黙ってろ」


 問いには答えず、その場に膝を折り、ムサシの全身をくまなく調べる。


「アルバ殿、某の身体は今血で汚れている。そんなにベタベタ触ると汚れるぞ?」


「そんなこと言ってる場合か。……見たところケガはないみたいだけど、ムサシどこか痛むところはないか?」


「む、何だアルバ殿。もしかして、某の身を案じてくれているのか?」


「当たり前だろ。こんなに血だらけで……」


 今のムサシを見れば、誰だって俺と似たような反応をするに決まっている。自分のことなのに、どうしてムサシはこんなに暢気でいられるんだ?


「そうかそうか。心配させてしまったのなら申し訳ない。だが安心してくれ、アルバ殿。この血は全て小鬼共のものだ。某は傷一つ負っていない」


 ニっとムサシは口角を吊り上げ、笑ってみせる。強がっているようには見えないし、ケガがないのは確認済みだ。


「……無事だったならいい」


 ムサシが無事なことが分かり、ひとまず安心する。


「はっはっは。アルバ殿は心配症だな」


 人を散々心配させておいてこの態度……少しイラっとくるが口には出さず堪える。


 ムサシが囮役を買って出てくれたから、俺は簡単にゴブリンロードの元までたどり着けた。ここで流石に文句を言うのは理不尽だ。


「ムサシの無事も確認できたことだし、帰るか。ムサシ、立てるか?」


「……すまん、アルバ殿。実は奥の手を使ってしまってな。今は立ち上がることすらできん。悪いが、手を貸してはくれないか?」


 言いながら手足をわずかに動かしているが、起き上がる様子はない。


 ムサシがここまで消耗するとは、奥の手というのはいったい何なんだ? あれだけの数いたゴブリンをミンチにするほどだから、きっと凄いものなんだろう。


 ……まさか、後日行うと約束している戦いでも使ってこないよな? 急にムサシと戦うのが怖くなってきたぞ。


 ……まあ今更気にしても仕方ないか。今は先のことより、この場を離れることを優先しよう。


「仕方のない奴だな……ほら、手を貸せ」


 ムサシの手をグイっと引っ張って身体を起こし、そのまま背に担ぐ。ムサシが背に乗る際、水っぽい音がした。


 多分ゴブリンの血が付着した音だろう。ムサシにケガがないか確認したことですでに汚れていたので、今更気にしない。


 俺はムサシを背に乗せて、ゴブリンロードという脅威の去った山を降りるのだった。






 ――ゴブリンロード討伐から数日。この数日は色々なことがあった。


 ゴブリンロード討伐の成果は、事前に約束していた通り全てムサシのものとなった。俺の名前は当然ながら、上がることはない。


 街の人々は誰もがムサシを称賛した。中には街の救世主とまで言う者もいたほどだ。


 とはいえ、全ての人間がムサシのしたことを褒め称えはしなかった。


 というのも、ムサシのしたことは結果的に街を救ったとはいえ、独断専行であることに変わりはない。


 下手をすれば街が危険に晒される可能性もあったので、ギルド長からお叱りを受けることになった。


 ムサシだけが叱られたことに多少の罪悪感を覚えたが、当の本人はそのことを大して気にした様子もなかった。


 しかし独断専行であったとはいえ、ムサシのおかげで街が救われたのは事実。ギルド長はその功績を認め、ムサシをAランク冒険者に認定した。


 Aランクは、冒険者の中でも一握りしかなることができない選ばれた存在。余程の実力と実績がなければ無理だが、ムサシならその二つを満たせている。


 ムサシの功績はもう一つ上のSランクに認定されてもおかしくないものだったが、Sランクとなると認定には王都まで出向いて認定試験を受ける必要があるから、ギルド長の権限だけでは無理らしい。


 何はともあれ、街はムサシのおかげで平和を取り戻したことになった。


 街はゴブリンロードを退けたことで、宴を開いて飲めや歌えやの大騒ぎが数日に渡って続けられた。


 普段は静かな街だが、この時ばかりは王都にも負けないほどの騒がしさだった。


 余談だが、ムサシは街の領主からその実力を見込まれて自分に仕えないかと誘いを受けていたらしい。


 異国出身で素性のはっきりしない者を貴族が迎え入れようとするのは普通ならあり得ないが、ムサシのしたことを考えれば何もおかしくはない。


 貴族からのお誘いなど、これ以上ないくらいの名誉なことではあるが、誘われた当人はあっさりと断っていた。どうやら地位や権力といったものに興味がないらしい。戦闘狂のムサシらしい理由だ。

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