家具店

「……疲れた」


 領主の屋敷を出た俺の第一声は、疲労に満ちたものだった。


「大丈夫ですか、アルバ様?」


「何とかな……それより、レティの方こそ大丈夫なのかよ? あの領主、しつこいぐらいお前に話しかけてきただろ?」


 思い出しただけでもうんざりする。


 レティはあくまで挨拶に来ただけなのに、あの領主は何を勘違いしたのか、ベラベラと無駄話を始めやがった。


 俺はあくまで付き添いという扱いだったから、大して目を向けられることもなかったが、レティの方はたまったものではなかったはずだ。


 しかも最後の方は自分の息子を紹介しようとまでした。恐らく、自分の息子をレティの婿にして王族と縁を結ぼうなどと考えでもしたのだろう。


 領主も貴族ではあるが、所詮は一番下の男爵。こういった機会でもなければ、王族の人間と向かい合って話をするなんてできるわけがない。


 だから別に責めるつもりはないが、それでもあまり気持ちのいいものではなかった。


「私は平気です。ああいった方の相手は、王族ならば珍しいものではありませんから」


 何でもないことのように言ってのけるレティ。流石は王族。こういったことは慣れっこか。


「それに似たような経験は、アルバ様もあったのではありませんか?」


「一応な……」


 正直、勇者時代に俺に近づいてきた貴族たちに関しては、リーシャへの想いの次に忘れたい事柄だ。


 詳細は語るつもりはないが、貴族たちは勇者の肩書きを持つ俺を自分の派閥に引き込もうと、まるで蜜に群がる虫のように集まってきた。


 元が平民の俺は貴族お得意の腹芸なんてできないが、それでも向こうが下心満載で近寄ってきたことだけは嫌でも分かった。


 そういったこともあって、俺は貴族というものに苦手意識を持っている。


「流石の勇者様も、苦手なことはあるということですか。ふふふ、勇者様は何でも完璧にこなす凄い人だと思っていたから、意外です」


「俺はそんな大層な人間じゃねえよ……というか、どこで誰が聞いてるか分からないんだ。外で勇者の話はするな」


「あら、これは失礼しました」


 上品に口元に手を当て、レティは謝罪の言葉を漏らした。


 実際のところ、俺たちの会話が聞こえる範囲に人はいないが、念には念を入れておくべきだ。二年にも渡って隠し続けてきた秘密が、こんな形でバレるなんてマヌケすぎる。


「これで私の用件の方は済みましたが、この後はどうされますか?」


「そうだな……」


 いつもなら特に何もすることのない自由な時間。俺は特に急ぎの用事もないことだし、今回はレティのために使うか。


「レティ、お前このままウチで暮らすならベッドが必要だろ? いつまでも俺のを使わせるわけにもいかないし、これから買いに行こう」


「はい。分かりました、アルバ様」


 俺の提案をレティは笑顔で了承する。


 同意も得られたので、俺はレティを伴ってベッドを取り扱っている街の家具店に移動する。


 ――それから歩くこと数分。


「……見られてるな」


 家具店へ近づくに連れて人の通りの多い場所に出るのだが、周囲の人間の視線が異常なまでに俺たち――というよりは、隣を歩くレティに集中していた。


 一応俺にもレティほどではないにしろ視線を感じるが、これは多分男共の嫉妬の視線だろ。


 レティみたいな美人と一緒に歩いていれば仕方のないことだが、相手をするのも面倒なのでこちらは気付かないフリをしておこう。


「そうですね。もしかして、私の格好が変なのでしょうか?」


 確かにレティの格好は、この田舎街では嫌でも目立つ。何せ彼女が今着ている服は、こんな田舎街では目にすることができない逸品なのだから。


 しかし今レティが注目されているのは、服が原因ではない。


 この視線の原因はレティの服装ではなく、レティ自身――より正確には、彼女の美しすぎる容姿が原因だ。


「アルバ様。私、どこか変じゃないですか?」


 注目されて不安になったのか、レティはその場で立ち止まって俺に確認を求めてきた。


「大丈夫、どこも変じゃない。レティは相変わらず綺麗だから、自信を持て」


「き、綺麗だなんてそんな……もう、アルバ様はお上手なんですから」


 両頬に手を当てて、はにかむ。


 別に俺は冗談を言ったつもりはない。そもそも、レティレベルで綺麗じゃないなら、この世に美人なんて存在しない。


 そんな他愛ない話をしている内に、目的の家具店が見えてきた。


「おやっさん、いるか?」


 家具がところ狭しと並べられた店内に足を踏み入れながら、店主がいないか確認する。


「いるぞー。今行くから、少し待ってろ」


 返事は店の奥から来た。しばらくすると、声の主である作業着姿の初老の男が現れた。


 彼の名はガルラ。この家具店の店長だ。初老にも関わらずがっしりと鍛え上げられた肉親と男前な性格から、街のみんなからおやっさんと呼ばれている。


「どうしたアル坊――っておいおい、そんなべっぴんさん連れてどうしたアル坊。結婚の報告にでも来たのか?」


「そんなわけないだろ。今日はこいつのベッドを買いに来ただけだ」


 隣に並んでいたレティが一歩前に出る。そして流麗な動作で頭を下げた。


「初めまして。私はレティシア=ブリュンデと言います」


「おお、こりゃ丁寧なご挨拶をどうも。俺はこの街で家具職人をやっているガルラってもんだ。よろしくな、嬢ちゃん」


 互いに自己紹介を済ませた二人だが、不意におやっさんが首を傾げた。


「……ん? おい嬢ちゃん、俺の気のせいだったら悪いんだけどよ……もしかして嬢ちゃん、王族の人間か?」


「はいそうです。私はブリュンデ王国第二王女、レティシア=ブリュンデです」


「やっぱり王族の人間だったか。てえことは、昨日の竜車も嬢ちゃんのかい?」


「はい、それは私が乗ってきた竜車ですね。着いたら街の人たちがたくさん集まってきたので、驚いてしまいました」


「はっはっは! そりゃ当たり前だ。この街の奴らは全員娯楽に飢えてるからな。竜車なんて滅多に見られないものが街に来りゃ、集まりもするさ」


 どうやら二人は打ち解けたようだ。俺抜きでも楽しそうに会話をしている。


「……というかおやっさん、レティが王族だって聞いても驚かないんだな」


「まあな。この年になると、大抵のことでは驚かなくなるもんだ。何だ、王族と分かったなら敬語でも使わんといかんか?」


「いいえ、敬語は不要です、ガルラ様。確かに先程私はブリュンデ王国第二王女と名乗りましたが、今はただのレティシアです。だから必要以上に敬う必要なんてありません。気軽に接していただけると幸いです」


「そうかい。ならこれからも遠慮なく嬢ちゃんと呼ばせてもらうとするか……そういえばお前さんらはベッドを買いに来たんだったか、アル坊?」


 おやっさんが俺に水を向けた。


 これでようやく本題に入れる。二人だけで楽しそうに談笑しているのはいいが、さっさと目的を済ませよう。


「で、どんなベッドがいいんだ? 俺としてはダブルベッドなんかオススメだぞ?」


「それはおやっさんが売りたい商品だろ? それにダブルベッドって、夫婦なんかが買う二人用のベッドだろ? 必要なのはレティの分だけだからいらないよ」


「そうかい? 嬢ちゃんはどうなんだ?」


 おやっさんがレティに問う。


 先程は俺が答えてしまったが、実際に使うのはレティなので俺も彼女の意見を尊重したい。


「そうですね、私一人ならダブルベッドは大きすぎます。ただ、アルバ様が私と一緒に寝てくださるのでしたら、購入を検討しますが……」


 レティは、チラリと意見を求めるように俺を見る。


「……言っとくけど、レティがダブルベッド買っても、俺は一緒には寝ないからな?」


「……そうですか。ならダブルベッドは諦めます」


 肩を落とすレティ。まさかダブルベッドの購入を本気で検討してたわけじゃないよな?


「おいおい、こんなべっぴんさんからの同衾の誘いを断るとか、お前ちゃんと付いてんのか?」


「余計なお世話だ、おやっさん。それより他のベッドも見せてくれ」


 茶々を入れるおやっさんに、他の商品を催促する。


 するとおやっさんは「付いてこい」と言って、店内を案内してくれた。


 その後いくつかのベッドを見て回ったが、どれもレティが満足するものではなかった。


 恐らくではあるが、レティの満足できるようなベッドなんてこの店にはないんじゃないか?


 レティはこれでも立派な王族の人間だ。生活用品は全て一級品。こんな田舎街に、その水準を満たすようなベッドがあるとは思えない。


 そう思い始めていたが、レティが不意にとあるベッドの前で足を止めた。


「……ガルラ様。こちらのベッド、少し触ってみてもよろしいですか?」


「おう、いいぞ。何なら、寝転がって寝心地を確認したって構わねえ」


「では遠慮なく」


 レティが靴を脱いでベッドの上に寝転がる。


「このベッド凄いですね。王都にいた頃に使っていたものよりも、柔らかくて寝心地が良さそうです」


「お、嬢ちゃん見る目がじゃねえか。流石は王族ってところか?」


 レティの感想に、関心した様子を見せるおやっさん。


「そのベッドはコカトリスの体毛を使って作った、この世に二つとない最高品質のベッドだ」


「おい待て、おやっさん。コカトリスって、あのSランクの魔物のコカトリスか?」


「おうよ、その通りだ! あらゆる生物を石化させることで有名な、あのコカトリスだ」


 Sランクの魔物、コカトリス。鶏と蛇を混ぜたような外見を持つ、大型の魔物の名だ。冒険者の間では、死を呼ぶ鳥と恐れられている。


 先日俺が倒したブラッティベアなど足元にも及ばないほどの力を有し、小国を一匹だけで滅ぼしたという話もある。


 かつてブリュンデ王国にも現れたことがあり、当時は勇者だった俺が仲間と一緒に討伐した。


 コカトリスは飛行能力だけでも厄介なのに、石化能力まで持っていたのでかなり面倒な相手だった。できれば、もう二度と戦いたくない。


「昔のツテで大量に手に入ってな。いやあ、一度でいいから最高の素材で最高の家具を作ってみたいと思ってたんだよ」


 ……俺の記憶が正しければ、コカトリスの体毛はちゃんとした加工を施せば一級の装備品になったはずだ。それをただの家具にするなんて……凄いと言うべきか?


「けどちょっと問題があってだなあ……」


 先程まで楽し気な様子だったおやっさんの表情が曇る。


「コカトリスの体毛を使ったベッドは俺の過去最高傑作なんだけどよお……Sランクの魔物の素材を使ったせいで、こんな田舎街じゃ買い手が見つからないほど高価になっちまったんだ」


 なるほど。Sランク魔物を素材とした武具の類はかなりの高額となるが、それは家具も例外ではないらしい。


 それにしても、売れるかどうかでなく創作意欲に任せて好きなものを作る辺り、おやっさんは生粋の職人気質なのかもしれない。


「なあアル坊。割引してやるから、このベッド買い取っちゃくれねえか?」


「……おやっさん、俺に金があるように見えるか? 俺は薬草採取しか能がない、万年Eランクの冒険者だぞ」


「そんなことは分かってる。けど……あっちの嬢ちゃんは違うんじゃねえか?」


 コカトリスの体毛を使用したベッドに寝転がり、至福の表情を浮かべているレティを尻目に、おやっさんはそんなことを言った。


 確かにレティは、かなりの額の金を持っているだろう。昨日、本人が王女の宝物庫にある財宝を換金したと言ってたし、コカトリスの体毛を利用したベッドなんて簡単に買えるはずだ。


 レティも気に入ってるみたいだし、もしかしたら購入するかもしれない。


「レティ、お前はどうしたい? このベッド、買うのか?」


「そうですね……アルバ様が許してくださるのなら、私はこのベッドを購入したいです」


「そうか、なら買おう。おやっさん、これいくらだ?」


「アルバ様? これは私の買い物ですから、お金なら私が出しますよ?」


 レティは起き上がり、どこからともなく取り出した金貨の大量に入った小袋をこちらに見せてくる。


 このベッドがいくらかは聞いてないが、あれだけ金貨があれば流石に買えるだろう。


 けれど俺は、あえてレティの申し出に首を横に振る。


「いや、それは大事な取っておけ。ここは俺が払う」


「ですが……」


「こういう時女に払わせるのは、男にとって一番カッコ悪いことなんだよ。だからここは俺を立てると思って……な?」


 一応今日は、俺も金はそれなりに持ってきている。今持ってる小袋には、この二年間の薬草採取で貯めた分だけでなく、勇者時代に稼いだ分も入っている。


 これだけあれば、大半のものは買えるはずだ。


 貯金はほとんど飛んでしまうが、男ってのは見栄を張ってなんぼの生き物。使いどころは今だ。


「……分かりました。アルバ様がそこまで仰るのでしたら、今回はアルバ様のご厚意に甘えさせていただきます」


 俺の気持ちが通じたらしく、渋々とではあるがレティは引き下がってくれた。


 話がまとまったところでドン! といきなり背中を叩かれた。いったい何なんだと思いながら振り向くと、そこには凄絶な笑みを作るおやっさんがいた。


「よく言ったアル坊! 惚れた女のためにそこまでいうとはな! お前のその男気に免じて、半額にまけてやる!」


「半額はありがたいけど、別にレティは惚れた女とかじゃないから。そこ、勘違いしないでくれ」


「はっはっは! 照れるな照れるな!」


 おやっさんの勘違いを訂正しようとしたが、おやっさんはまともに取り合ってくれなかった。

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