教会へその一
「おはようございます、アルバ様」
「ああ、おはようレティ」
日課の木剣での素振りを終えて家内に戻ると、昨日同様レティが笑顔で迎えてくれた。
今日でレティが来て二回目の朝だが、家に戻ると自分以外の誰かがいるというのは、割と悪くないな。二年近く一人だったせいだろうか?
「ああそうだ。レティ、ベッドの寝心地はどうだった?」
「最高でした。あんなにも穏やかな睡眠は生まれて初めてです。これはベッドの寝心地だけでなく、アルバ様が私のために買ってくださったからでしょうね。アルバ様、私にあのベッドを買い与えてくださり誠にありがとうございます! 永久に大切にします!」
「そ、そうか。満足してくれたなら何よりだ。俺も買った甲斐がある」
穏やかな表情で、スラスラとベッドを使った感想を述べるレティ。昨日買った時点でかなりのハシャぎようだったが、ここまで喜ぶとは驚きだ。
ちょっと反応が過剰な気もするが、まあ喜んでくれたならいいか。
その後、俺はいつも通り朝食を作り、テーブルにレティと向かい合って座る。
昨日同様レティは美味しそうに食事を進めながら、会話を始める。
「ところでアルバ様、本日のご予定は?」
「今日は、昨日と同じで午前中はギルドに行って依頼をこなしてくる予定だ」
昨日買ったベッドで貯金の大半が消えてしまったため、金銭面であまり余裕がない。
レティも含め二人分の生活費を稼がなければならないため、今日からは今まで以上に頑張らなければいけない。
とはいえ、薬草採取で稼げる額はたかが知れている。最悪の場合は、魔物の討伐依頼も視野に入れておかなければならない。
今の状況は、まだ未練があるとはいえリーシャを言い訳に魔物討伐を避けるのをやめるいい機会かもしれない。
「あのアルバ様……もし金銭面で不安があるようでしたら、生活費くらいなら私が出しますよ?」
金の話は全くしてなかったのに、レティは突然そんなことを言い出した。
もしかして、考えてることが顔に出てしまったのか? それとも、昨日のベッド購入で貯金の大半を消費したことがバレてしまったのか?
「……どうして分かった?」
「女の勘です」
レティはこれ以上ないくらい、きっぱりと言い切った。信憑性など皆無なのに、なぜか信じてしまうような凄みがある。
これが女の勘というものなのか? だとしたら女の勘、恐るべしだ。
とはいえレティの善意はありがたいが、彼女の申し出に対する答えはすでに決まっている。
「ありがたい申し出だけど、それはなしだ。生活費くらいは俺が稼いでやるから、レティは気にしなくていい。使うなら、俺じゃなくて自分のために使え」
未だに失恋を引きずってる俺にだって、プライドぐらいはある。男なら、女一人を養うくらいの甲斐性はなくちゃいけないものだ。
というか、大事な娘のための金貨が俺のために使われたなんて知れたら、国王陛下は俺を殺すかもしれない。いや、かもしれないじゃなくて間違いなく殺すな、あの方なら。
ちなみに、昨日のベッド購入時もそういう可能性が脳裏をよぎったというのが、俺が支払いをした理由の一端だったりする。
「……アルバ様はズルいです。私も少しは恩をお返ししたいのに……」
子供のように頬を膨らませるレティ。普段は淑女然とした彼女のこんな姿は、かなり珍しい。不覚にも、ちょっと可愛いと思ってしまった。
しかし次の瞬間には我に返り、今思ったことを悟られまいと話題を変える。
「そ、それよりレティの方は、今日どう過ごすつもりだ?」
「そうですね……午前中は少し外に出てみたいのですが、よろしいでしょうか?」
「俺は別にいいけど、一人だと危なくないか?」
この街は別に治安が悪いということはないが、それでも悪い奴が全くいないというわけではない。
レティは見たものを虜にするほどの美しい容姿をしている。良からぬ連中がそんな彼女を害する可能性もある。
そういう可能性を考えると、レティに一人で外出させるのは躊躇われる。いやそれ以前に、レティに万が一のことがあれば俺が国王に殺される。俺はまだ死にたくはない。
しかしレティはそんな俺の不安を払拭するかのように、口を開く。
「その点は問題ありません。ちゃんと護衛を連れて行きますから」
そう言って、レティはテーブルの上に拳ほどのサイズの黒い球体を置いた。
「これは……もしかして連絡用の
「はい、その通りです。よく分かりましたね?」
「俺も、昔何度か使ったことがあるからな」
魔法道具は数が少なく希少なため、王都のような人の集まる場所で高値で取引されている。そのため、魔法道具は貴族などの一部の上流階級の人間が所持している程度で平民たちの間ではあまり普及していない。
今レティが出した連絡用の魔法道具は、そんな数ある魔法道具の中でも更に希少なものだ。
この魔法道具は二つで一つの魔法道具となっており、所持している者同士で離れた場所から会話ができる。
魔物と戦争していた頃は、この魔法道具は様々な面で大いに役に立ったものだ。
まあ仲間のミレディだけは、魔法師としてのプライドからか魔法道具を異様に敵視していたが。「ミレディがいれば、魔法道具なんて不要」というのが彼女の言い分だった。
少しだけ懐かしい思い出を振り返ってから、意識をレティの話に戻す。
「これがあればこの街の宿に泊まっている護衛の者たちを呼べますから、安心してください」
宿に従者たちが泊まっているとは聞いていたが、まさか護衛まで準備しているとは驚きだ。
……いや、よく考えてみると国王はとんでもない親バカだから、娘に護衛を用意するのは何もおかしくないか。
それを抜きにしても、王都から遠く離れた辺境の街とはいえ、王族の人間が護衛なしというのはあり得ないだろうし。
「そっか。なら安心だな」
「はい、護衛の者たちは皆頼りになるので問題ありません。心配してくださってありがとうございます、アルバ様」
レティはにっこり微笑むと、俺に感謝の言葉を告げた。
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