かつての仲間たちそのニ

「ああもう、ムカつく!」


 獣人の少女――は、リーシャは苛立ちを隠すことなく吠えた。


「そうカッカするでない。あんまり騒ぐと、魔物が寄ってくるぞ」


 応じたのは、仲間であるドワーフのバルドラ。彼は嘆息しながら、視線は眼前の焚火に固定しつつ騒がないよう注意をする。


「うるさいわねえ! この辺りの魔物なんて大して強くもないんだから、多少騒いでも問題はないでしょ?」


「そりゃあそうじゃが、面倒はないに越したことはないじゃろ? まだまだ先は長いしのう」


「それは、そうだけど……」


「まあお主が苛立つのも分からんでもない。こうも思い通りに進まないとなると、誰だって多少の怒りは覚えるものじゃ」


 リーシャたちがレオンを探すために王都を出て、早一ヶ月がすぎた。かつての魔王を倒す旅と違い、今回の旅の目的は人探し。


 そう苦労をすることもないだろうと踏んでいたリーシャたちだったが、その予想はあっさりと裏切られてしまった。


「魔王が死んで魔物の数が減って平和になったかと思えば、今度は盗賊が人々の平和を脅かすなんてバカみたい……」


 魔王が死んだことにより、魔物は弱体化しその数を減らした。おかげでこの二年で国内における魔物による被害は激減したが、その代わりと言わんばかりに盗賊による被害はかなり増えた。


 魔物という脅威が消えたことで盗賊稼業がやりやすくなったことと、戦の後で食うに困った者が急増し、盗賊になったのが原因だろう。


 後者に関しては現国王が物資の支援をしているが、それも完璧ではない。どうしても行き届かないところは出てしまう。そのため、生きるために盗賊になる者も決して少なくはない。


「まあ、あまり悪く言ってやるな。許されないこととはいえ、奴らの中には生きるために仕方なくやっている者もいる」


「それは分かってるけど……」


 リーシャも、彼らには彼らなりの事情があることは理解している。しかしそれでも、日に何度も襲撃されて旅の妨害をされては、流石に我慢するのにも限界がある。


 おかげでリーシャたちの移動は遅れに遅れ、今日は森の中で野宿だ。野宿に必要な道具は王都を出る前に準備していたし、以前の魔王討伐の旅では野宿など当たり前だった。


「はあ……野宿なんて最悪」


 とはいえ、あくまで慣れているだけであって野宿が好きということはない。ちゃんとした宿のふかふかのベッドで寝るのが一番だ。


 しかし、ないものねだりをしても仕方ない。リーシャは、今後の予定をバルドラに訊ねることにする。


「バルドラ、明日以降はどうするつもりなの?」


「そうじゃなあ……とりあえずは、現状維持かのう」


「現状維持って……それってつまり、当てもなくレティシア様を探すってこと?」


「まあ、そうなるじゃろうなあ。唯一の手がかりである姫さんの所在が不明では、レオンを探すのは無理じゃからな」


 問題は、盗賊だけではない。


 元々このレオン探しの旅は、レオンの所在を知ったであろうレティシアの足跡を辿るだけのもの。つまりは、完全にレティシア頼みということだ。


 リーシャたちはレティシアより数日遅れで王都を出たが、それでも追跡は余裕だと踏んでいた。しかし現在、リーシャたちはレティシアの追跡ができなくなっていた。


「しかし竜車を使っとるとはなあ……流石に予想できんかったわ。儂としたことが、あの姫さんの行動力を見誤っておったわ」


 竜車は速い、とにかく速い。馬の代わりに亜竜と呼ばれる魔物を利用しているため、その速度は馬車を優に超えている。


 リーシャたちは金を出し惜しみすることなく店で一番いい馬を購入していたが、流石に亜竜が相手では追うのは無茶だ。


 おかげでこの一ヶ月は、レティシアの行方捜しで大忙しだ。それも未だに何の手がかりもないが。


「村や街に寄る度に聞き込みはしとるが、有益な情報は得られておらん。……もしかしたら、姫さんはもうレオンの元へたどり着いとるかもしれんのう」


「ううう……」


 バルドラの言葉に、リーシャの焦燥感が募る。


 レティシアがレオンに懸想していることは、リーシャはよく知っている。レオンはそういうことに鈍感だったから気付いていなかったみたいだが、リーシャは早い段階で気付いていた。


 だからこそ今回レティシアが王都を出てレオンの元に向かったことも、その行動力に驚きこそしたがおかしなことだとは思わなかった。


 そんな彼女がすでにレオンの側にいる。想像しただけで、リーシャは大きな不安を抱いた。


 行動力のあるレティシアがレオンの側にいて、何も起こらないはずがない。もしかしたら、レティシアの恋心が爆発して求婚だってしてるかもしれない。


 レオンは押しに弱いところがあるから、結婚を迫られたら勢いで承諾してしまうかもしれない。


 考え出したら切りがないと分かりつつも、思考を止められない。


 リーシャは藁にも縋る思いで国一番の魔法の使い手であり、もう一人の仲間でもある幼い少女、ミレディに問う。


「ミレディ、魔法でどうにかレティシア様の居場所は分からないの?」


「無理。魔法は万能じゃない」


 訊ねても、にべもない答えが返ってくるだけだった。


 リーシャは魔法師ではないが、ミレディの言う通り魔法が万能ではないことを知っている。今の問いは、ダメ元でしてみただけだ。


「そう……無理を言ってごめんね、ミレディ」


「大丈夫、気にしないで。ミレディの方こそ、役に立てなくてごめん」


 焚き火の火で身体を温めながら、ミレディは抑揚のない声音でそう返した。


「ど、どうしてミレディが謝るのよ?」


「だってミレディ、この旅でまだ何の役にも立ってない」


「何言ってるのよ? ミレディは十分に役に立ってるわよ。ミレディが常時索敵の魔法を使用してくれているおかげで、どれだけ私たちが助かってると思ってるのよ?」


 ミレディの魔法のおかげで、リーシャたちはいつ襲撃されるか分からない不安を抱え込むことなく安全な旅をすることができた。


 これだけの貢献をしておいて、いったいどうして「役に立ってない」などと口にしたのか、リーシャには理解できなかった。


「でも、レオンを見つけられてない。ミレディがもっと凄い魔法師だったら、レオンを見つけられたかもしれない。とても悔しい」


「……もう、ミレディはまだ子供なんだから、そこまで気負わなくていいのよ?」


 そう言って優しくミレディの頭を撫でる。


 無表情ではあったが、ミレディが自分の心情を口に出すなんて滅多にないことだ。レオンを見つけられないのが余程悔しいことのようだ。


 撫でられてくすぐったそうに目を細めるミレディ。しかし子供扱いが不服だったのか、すぐにリーシャの手を払いのけて頬をリスのように膨らませる。


「むう、ミレディはもう十二歳だから子供じゃない。胸だってリーシャより――」


「ミレディ? それ以上余計なことを言うのはやめましょうか?」


「りょ、了解……」


 無表情という点は変わってないが、心なしかミレディの声は震えていた。常日頃冷静なミレディにしては珍しい反応だ。


 実は最近、リーシャはミレディの胸を目にする機会があったのだが、ミレディの胸は確かに成長していた。まだささやかな膨らみだったがミレディは成長期なので、これからもっと色々な部分が大きくなるはずだ。


「わ、私だってまだ大丈夫なはず……」


 リーシャは今はまだ平らな胸を見てから、手を当てて言い聞かせるように呟いた。


「――ご歓談中のところ悪いが、二人共今日は疲れたじゃろう。そろそろ寝たらどうじゃ?」


 リーシャが自分のあまり成長しない残念な胸に悩んでいたところ、バルドラがそんな提案をしてきた。


「待ちなさいよ、バルドラ。今日の夜の見張り番は私からよ? 私が見張りをしておくから、あんたの方こそミレディと一緒に寝なさいよ」


 夜の見張り番は、リーシャとバルドラの二人が交代で受け持っている。


 ちなみに、ミレディが見張り番に含まれていないのは彼女が幼く体力もないことと、日中は常時索敵魔法を展開していて三人の中ではもっとも疲労が溜まっていることが理由として挙げられる。


「遠慮するな。お前さん、ここ最近は気が立ってばかりであまり眠れてないじゃろ? いい機会じゃし、今夜は儂が一人で見張りをするから、お前さんはぐっすり眠ってしまえ」


「……バルドラ、気付いてたのね」


 バルドラのの指摘は正解だった。レオン探しの旅を始めて一ヶ月、リーシャはまともに睡眠を取れてはいなかった。レオンが見つからないことが焦燥感となって、彼女の睡眠を阻害していたのだ。


 先程盗賊の襲撃にイライラしてたのも、実はレオンが見つからないことだけでなく寝不足も原因の一端だったりする。


「お前たちとは何年一緒にいると思っておる? あまり儂を見くびってくれるな。ほれ、分かったならさっさと寝てしまえ。明日も朝は早いぞ」


「……そうね、厚意はありがたく受け取っておくわ。ありがとう、バルドラ」


 仲間の気遣いにリーシャの瞳に熱いものが宿ったが、何とか堪えて代わりに感謝の言葉を告げた。

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