残された問題

 ――俺がブラッディベアを倒してから、一ヶ月ほどの時が流れた。


 すでにブラッディベアの討伐は確認されたため、冒険者たちは以前のように依頼を受けている。


 カインもケガは大したことがなかったため、今は冒険者として復帰している。ブラッディベアに負けたのが余程悔しかったのか、以前にも増してやる気を見せてるとか。


 時折俺の方を睨んでくるのが少し気になるが、特に何かするわけでもないのでこちらも気付かないフリをしている。


 ……まあ、カインが俺を睨む理由については何となく見当はついているが。


 街はブラッディベア出現以前と変わらない日々を取り戻したかのように見えるが、実はいくつかのことが変化している。


 その内の一つがアンナさんだ。なぜかアンナさんは俺がカインを連れ帰って以降、俺の家によく来るようになった。


 しかも時間帯によっては食事まで作ってくれる。本人曰く恩返しとのことだが、ここまでしてもらうのは何だか悪い気がする。


 カインに睨まれてるのは、この辺りが原因だろうな。何も言ってこないのは、多分アンナさんに釘を刺されでもしたのだろう。


 もう一つの問題は、ブラッディベアだ。何とか大きな被害が出る前に倒されたブラッディベアだが、問題はそれだけで終わりじゃなかった。


 ブラッディベアという脅威がなくなり、再び依頼を受けることができるようになったので、冒険者たちは大喜びだった。


 しかしギルドの方は、冒険者ほど楽観的ではなかった。ギルドはブラッディベアを倒した何者か――つまりは俺の存在を危険視していた。


 当然のことではあるな。ブラッディベアを仕留めることができる者など、国中を探し回ってもそうはいない。それがいきなり街の近くに現れれば、警戒もするだろう。


 とはいえ、ギルドの方は何者かが存在することは分かっても、それが俺であることまでは掴めていない。


 しかしブラッディベアの死体をそのままにしたのは失敗だったな。あの時はカインを急いでアンナさんの元まで送り届けることしか考えてなかったから、うっかりしていた。


 せめて死体を隠すなり回収するなりしておけば、ブラッディベアはどこかに去ったのだと誤解させることもできたのに。


 まあ、しばらくはギルドもブラッディベアを討伐した何者か探しで大忙しだろうが、見つからなければそれもいずれは止むだろう。それまでの辛抱だ。


 俺は今までと変わらず、薬草採取をするだけだしな。






 ――それは、ブリュンデ王国王城内の一室での出来事だった。


 一目で分かるほどの美しい造りの部屋。しかし決して派手な家具は置かれておらず、入室するものに不快感を与えない質素な部屋。


 持ち主の感性がそのまま反映されたかのような部屋に、眩い銀髪の少女と初老の男の二人だけがいた。


 部屋の主である少女は、室内であるにも関わらずドレス姿だ。白を基調として水色を散りばめたドレスは、少女の美貌も相まってとても美しいものになっている。


 男なら誰もが息を呑むような姿だが、初老の男は顔色一つ変えることなく口を開く。


「……姫様、報告書の方が上がりました。どうぞこちらを」


「ご苦労様です。報告書を置いて下がってください」


「はっ、畏まりました」


 初老の男は少女の指示通り、少女の眼前の机に数枚の報告書を置いてから恭しく頭を下げ、部屋を後にした。


 初老の男が去った後、少女はテーブルの上の報告書を手に取り、ゆっくりと目を通していく。


「やはり……」


 報告書の内容は、王都から遠く離れた街でのもの。ブラッディベアの出現からその顛末までがこと細かく記されていた。


 本来その街周辺では存在しないはずのブラッディベア。それが現れたことで、街の冒険者ギルドは急いで他の街の支部に応援を要請したらしい。


 自分たちだけでは対処できないと判断してのことだろう。少女はそれを正しい判断だと思う。


 そうして数日かけてブラッディベアを倒せるだけの戦力を揃えたギルドは、ブラッディベア討伐に乗り出した。


 しかし、実際にギルドの集めた冒険者たちが戦うことはなかった。なぜなら、彼らが見つけたブラッディベアは、すでに死体となっていたからだ。


 結果として集められた冒険者たちは無駄になってしまったわけだが、問題はそこではない。ブラッディベアを倒せるほどの実力者がいたことの方が問題なのだ。


 しかもブラッディベアの直接の死因は、首を切断されたこと。切り口からして一撃らしい。これほどのことができるものは、国中を探してもそうはいない。


 万年人材不足のギルドは、当然ながらブラッディベアを討伐したものを探している。……結果は芳しくないようだが。


 少女は読み終えた報告書を机に戻す。


「なるほど、これは間違いありませんね。やはりあの方はこの街に……」


 元々この報告書は、冒険者ギルドのものだ。それを少女が手にできたのは、本当にただの偶然だった。


 魔王討伐から今日までの二年間。少女はずっとを探し続けていた。しかし思わしい結果は得られず、ただただ無情に過ぎていくだけの日々。


 もうダメかもしれない。そんな諦観にも似た気持ちが脳裏をよぎるようになったある日。いつものように調査の報告書に目を通していると、調査と全く関係のない報告書が混ざっていたのだ。


 恐らく従者の誰かが間違えたのだろうと思いながら、気紛れでそれを読んでみた。


 内容はとても簡素なもので、辺境の街にAランクの魔物が現れたが、それを何者かが討伐したというだけのもの。


 本当に調査とは全く関係のないものだ。そう思いながらも、少女は何となく違和感を感じ、より詳細な報告書の提出を命じた。


 その結果が今回の報告書。未だに曖昧な部分が多いが、それでも少女は一つの確信を得ていた。


 少女が笑みを浮かべる。その笑みは、この二年間の苦労が報われたからこそのものだ。


「ふふふ。待っていてください、勇者様。あなたのレティシアが、今参りますから!」


 少女――ブリュンデ王国第二王女、レティシア=ブリュンデは、この場にいない一人の少年に向けてそう言うのだった。

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