三人での食事

 ゴブリン退治を終えた後、俺とムサシはそれぞれ別の目的でギルドに戻っていた。俺は薬草採取の依頼の完了報告。ムサシは冒険者登録のためだ。


 依頼完了の報告のついでに、一応普段は見かけない場所にゴブリンが現れたことも受付の職員に伝えておいた。


 ちなみにムサシが倒したゴブリンについては、報酬は出なかった。その理由は単純で、事前にゴブリン退治の依頼を受けていなかったからだ。受付で手続きをして正式に依頼を受注しなければ報酬を受け取れないのは、ギルドの決まりだから仕方ない。


 やるべきことは終えたので帰ろうとすると、ギルドの出入りの扉の前にムサシが立っていた。どうやら、俺が来るのを待ち構えていたらしい。


「見てくれアルバ殿。某もこれで冒険者だぞ!」


「はいはい、良かったな」


 子供のようにハシャぎながらライセンスを見せつけてくるムサシに、雑に対応する。


「それで? お前はこの後どうするつもりなんだ?」


「とりあえず某は、これから早速依頼を受けようと思う。さっきも言ったように金がなくてな。このままでは某は飢えて死んでしまう」


 そう言ったタイミングで、『ぎゅるる』という音が聞こえてきた。発生源はムサシの腹だ。腹の虫が鳴るということは、かなり空腹である証拠だ。


 空腹というのは恐ろしいもので、重度になると集中力が切れたりもする。ムサシほどの実力者なら無用な心配かもしれないが、それでも万が一ということもあるのが冒険者稼業というもの。


 依頼を受けるなら、可能な限り万全の状態でいるべきだ。


 幸い俺はこの後は家に帰って、昼メシを作るだけ。特別な用事があるということもない。ここで別れて何かあったら寝覚めが悪いし、これも何かの縁だ。少しぐらいお節介を焼いてもいいだろう。


「なあムサシ。依頼を受ける前に少し時間をもらえるか?」


「某は構わないが、いったい何の用だ? ……もしやアルバ殿、某の挑戦を受ける気になってくれたのか?」


「いや全然」


「そうか、違うのか……」


 これ以上ないくらい露骨に肩を落とすムサシ。こういう反応をされると、こっちが悪いことをしてるように感じるからやめてほしい。


「時間があるか訊いたのは、昼メシを食わせてやろうと思ったからだ。大したものは出せないけど、それでも良かったらウチで昼メシ食っていかないか?」


「い、いいのかアルバ殿? ……某、かなり食べる方だぞ?」


 少し戸惑った様子で、ムサシはそんなことを訊ねてきた。


 初対面の相手にも平気で勝負を挑もうとするくせに、変なところを気にする奴だな。


「別にいいよ。誘ってるのは俺なんだ。遠慮なんかしなくていい」


「おお、そうか。ならば遠慮なくご相伴に預かるとしようか。感謝するぞアルバ殿」






「ただいま、レティ」


「おかえりなさい、アルバさ――あら?」


 俺を出迎えてくれたレティが、俺の後ろを付いてきたムサシを見て目を丸くした。


「アルバ様、こちらの方は?」


「ああ、こいつは――」


「お初にお目にかかる、お美しい方。某の名はムサシ=ササキ。ここより遥か東の国から強き者を求め、この地に来た武士である。以後お見知りおきを」


 俺の言葉を継ぐ形で、ムサシは愛想のいい笑みを作り自己紹介をした。


「私はレティシア=ブリュンデと言います。気軽にレティと呼んでいただけると幸いです」


「では遠慮なく、今後はレティ殿と呼ばせてもらおう」


 レティがこの国の第二王女だと知らないのか、ムサシはあっさりとレティの言うことに従った。


「ところで一つ質問なのだが、レティ殿はもしやアルバ殿の細君か?」


「誤解だ。別に俺とレティそういう関係じゃない」


 というか、どこをどう見ればそんな結論に至る? 俺みたいな冴えない奴じゃレティと釣り合ってないのに。


 横でなぜかレティが不満そうな顔をしていたが、あえて見なかったことにしておく。


「それにしても、アルバ様が誰かを連れて家に戻ってくるなんて珍しいですね」


「……そういえばそうだったか」


 レティが住むようになってから……いや、それより前から俺は誰かを自分の家に誘ったことはなかった。別に他人を家に入れるのが嫌というわけじゃない。ただ何となく招く機会がなかっただけだ。


 しかしそうなると、俺が自主的に家に招いたのはムサシが初めてということか。……何か少しだけ緊張してきた。


「どこでお知り合いになられたんですか?」


「ギルドで色々あってな。家に連れてきたのは、昼メシをごちそうしてやろうと思ったからなんだけど、別にいいよな?」


「はい、もちろんです」


 念のため確認してみたが、特に問題もなくレティは快諾してくれた。


「それじゃあ、今から昼食の準備を始めるから二人はお茶でもしながら待っててくれ」


 それだけ言い残して、俺は台所に移動した。


 ――それからしばらくして、料理を完成させた俺はレティとムサシの二人と一緒に席に着いていた。


「うむ、美味い! 某はこれほど美味いものを食べたことがないぞ」


 ムサシの口から感嘆の言葉が漏れた。


 本日の昼食は山菜を使ったスープパスタだ。薬草採取の際、ついでに採った山菜をふんだんに使った自慢の一品だ。


 ムサシは食文化の違う異国の人間だったので口に合うか心配だったが、この反応を見て杞憂であることが分かった。


「特にこの麺――パスタと言ったか? 某の国にも麺料理はあったが、ここまで麺がモチモチとした触感のものは初めてだ」


「気に入ってもらえたなら何よりだ。たくさん作ったから、おかわりもあるぞ」


「おお、本当か! ならば遠慮なくおかわりをもらうとしよう」


 ムサシが空になった食器をこちらに突き出してきた。こうして喜んで食べてもらえると、作った身としても嬉しい限りだ。


 余程腹が減っていたのだろう。その後ムサシはとんでもない勢いでパスタを口に運んでいった。そして、


「いやあ、食べた食べた。美味しかったぞ、アルバ殿」


 自身の大きく膨らんだ腹に手を当てて、ムサシは破顔した。


 たくさん食べるだろうと思って結構な量を作っていたが、その大半がムサシの腹の中に消えていった。まあ見ていて気持ちのいい食いっぷりだったから、文句なんかは全然ないが。


「大したものじゃなかったけど、満足してくれたなら何よりだ。こっちも作った甲斐がある」


「ああ、本当に美味かったぞアルバ殿。異国の料理が、ここまで美味いものだとは思わなかった」


「はあ……大げさな奴だな」


 ムサシの過剰な反応に、思わず呆れて溜息が漏れてしまう。


「それだけ美味だったということだ。……しかし、この恩にはどう報いるべきか。アルバ殿、何かしてほしいことはないか? 大したことはできないが、某にお礼をさせてはくれ」


「お礼? 別にそんなの気にしなくていいよ。俺は見返りがほしくて、お前に昼メシをご馳走したわけじゃない」


 俺がしたのは昼メシをごちそうしたことだけ。その程度でお礼と言われても、こっちも困ってしまう。


 だがムサシの方は俺と考えが違うらしい。


「そういうわけにはいかない。ここまでしてもらって何の恩も返さないなど、武士として恥だ」


 武士というものが何なのかはよく知らないが、きっと相当義理堅い奴らなんだろう。ムサシを見ているとそう思わずにはいられない。人として好感は持てるが、今ばかりはちょっと面倒だ。


「そう言われてもなあ……」


「――いいではありませんか、アルバ様」


 どうしたものかと頭を悩ませていると、食後のお茶を楽しんでいたレティが、不意に会話に入ってきた。


「アルバ様、他人の善意はあまり無下にするものではありませんよ? 慎み深いのはアルバ様の美点の一つではありますが、それもすぎれば嫌味になります」


「むう……」


 レティの言い分は最もだ。あまり遠慮しすぎるのも相手に悪い。


 けど、今は特に何かしてほしいことがあるわけじゃないんだよなあ……。はてさてどうしたものか。


 しばらく頭を悩ませていると、唐突に脳裏を今朝の薬草採取の最中にムサシとしていた会話の内容がよぎった。


「そうだ……なあ、ムサシ」


「ん、何だアルバ殿? 某にしてほしいことが決まったのか? 多少無茶な要求でも叶えてみせるぞ」


「いや、昼メシ食わせた程度で無茶な要求するつもりはねえよ。それより、お礼がしたいなら今朝薬草採取の時にしてくれた、お前の故郷の話の続きを聞かせてくれよ」


「……そんなことでいいのか?」


 先程までノリノリだったムサシが、拍子抜けしたような顔になる。


「お前の話は聞いてて、かなり面白かったからな」


 これは嘘ではない。ムサシの語る故郷の話は、魔王を倒す旅で大陸の様々な場所を行き来した俺にとっても新鮮なもので聞いてるだけで楽しかった。


 ムサシは意外と語りが上手いのもあって、聞いてるだけで異国の情景が鮮明に脳裏に浮かぶほどだ。


「故郷の話か。アルバ殿が言うのなら話すのは吝かではないが、果たしてこの程度で恩を返したことになるのか……」


 昼メシの対価として十分だと思ったが、ムサシはそうではないらしい。これは、もう一押し必要か?


「レティもムサシの故郷の話、聞いてみたいだろ?」


「はい、もちろんです!」


 普段のレティらしからぬ、少し興奮気味の声が返ってきた。レティは瞳をキラキラと輝かせて、興味津々だ。


 話を合わせてくれると思って訊ねたが、これは予想外の食いつきだ。


「私、昔からあまり外に出れたことがなかったので、是非とも聞いてみたいです! ムサシ様、聞かせていただけませんか?」


「むう……分かった。二人がそこまで言うのなら某も故郷の話で手を打とう」


 レティの懇願もあって、ムサシは何とか折れてくれた。


 ――それから一時間ほど故郷の話を俺たちにしたところで、ムサシは家を出て依頼を受けるためにギルドに向かうのだった。

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