ムサシの実力

「…………」 


 ギルドを出た俺は、いつも通りの足取りで薬草の群生地である山の麓へ来ていた。


 ここは魔物が出ることも滅多になく、すぐ近くに美しく澄んだ湖がある。この場所は空気も美味しいので、俺はかなり気に入っている。


 この場所を独り占めはもったいないし、そのうちレティを連れてくるのもいいかもしれない。きっと喜ぶはずだ。


「はあ……」


 ……さて、そろそろ現実逃避はやめにするか。


 俺は溜息を吐きながら、渋々と後ろを振り返ると、


「……それで、いつまで付いてくるつもりなんだ?」


 ギルドを出てからここまで、なぜか俺のあとを付いてきていたムサシに訊ねた。


 するとムサシは、ギルドにいた時同様の笑みを浮かべて答える。


「そうだなあ……アルバ殿が某の挑戦を受けてくれるまでだろうか?」


 つまりずっと付いてくるというわけか……。


「どうして俺に拘る? 強い奴なんて、俺以外にもたくさんいるだろ?」


「ふむ。確かにアルバ殿の言う通り、あそこにも目ぼしい者は何人かいた。しかし、全員アルバ殿ほどではあるまい。某の勘がそう囁いている」


「またそれか。さっきギルドでもそんなこと言ってたな」


 勘なんて言っているが、結局のところ当てずっぽうでしかない。それなのに、よくここまで信じられるな。


「いやいや。勘というのは、意外とバカにはできないものだ。アルバ殿ほどの実力者なら、この意味が分かるのではないか?」


「それは……まあな」


 勘は所詮根拠のないものであると分かっていながらも、俺はムサシの言葉を否定はできなかった。


 なぜなら、俺にかつて剣術を教えてくれた人も、似たようなことを言っていたからだ。確か、「勘は時に意外なところで役立つもの」だったか?


 実際その通りで、勘は時に俺だけでなく仲間の命を救ってくれたりもした。頼りすぎるのは良くないが、だからといって一笑に付していいものでもない。


「確かに勘ってのはバカにできるものじゃないな。けれど、だからといってお前の勘が当たってるなんて保証はどこにもないからな?」


「それはそうだ。ならば、某の勘が当たっているのか確認するためにも一手どうだ?」


「誰がやるかバカ」


 ムサシの勘が正しいか証明するためだけにやり合うなんて、いくら何でもアホらしすぎる。


「そう言わずに。某も腕にはそれなりの自信がある。きっと楽しい戦いになるぞ?」


 戦いを楽しいと口にする辺り、こいつはかなりの戦闘狂バトルジャンキーだ。俺にも昔、知り合いにそういう奴がいた。こういう手合いは下手に避けるより、ハッキリと断った方がいい。


「ムサシ。悪いけど、俺はお前との勝負を受けるつもりはない。だから諦めてくれ」


「むう、そうか……そこまで言うのなら仕方ない。某も無理矢理は好むところではない」


「分かってくれたか?」


「ああ。アルバ殿がそこまで頑ななら仕方ない。某も受けてくれるまで気長に待つとしよう」


 ……あれ? こいつ俺の話をちゃんと聞いてなかったのか?


 ムサシは何が楽しいのか、ニヤニヤと笑みを絶やすことなく続ける。


「人の心とは移ろいやすいものだ。今は無理でも、時が経てば気が変わるかもしれない。アルバ殿ほどの方が相手なら、某はいくらでも待てるぞ」


「……俺は絶対にしないからな」


 言っても聞かないタイプの奴を相手にするのは不毛だ。こんな奴の相手をするよりも、早く薬草採取を終わらせてしまおう。


 ムサシに背を向け、黙々と薬草採取を始める。二年以上、毎日のようにこなしてきた作業だ。慣れた手付きでどんどん薬草を回収する。


 ムサシもあまりしつこく言うつもりはないのか、それ以上は食い下がることもなかった。しかし、


「……なあ、そんなにジーっと見るのやめてくれないか? 気が散って薬草採取に集中できない」


「ああ、これは失敬。あまりにも退屈だったものでな。邪魔するつもりはないので、アルバ殿は某のことは路傍の石とでも思ってくれればいい」


 いやジロジロ無遠慮に俺のことを見ておきながら、無茶を言わないでほしい。路傍の石扱いしてほしければ、せめてもう少し気配を消すなりしてくれ。じゃないと気になって仕方がない。


「……そんなに暇なら、ギルドで冒険者登録でもしてきたらどうだ? 魔物の討伐依頼なんかもあるから、少なくともここよりは退屈はしないぞ。それに金も稼げるしな」


「ほほう、それはいいことを聞いた。実は某、この国に来てまだ日が浅くこの国の貨幣を所持していなくてな」


「それでよくこの街まで来れたな……」


 ムサシは海を渡ってきたと言っていた。この街から一番海に近い場所となると、南の港町だ。この街との距離は馬で数日とかなり遠い。


 金がなければ水や食料も買えず、馬車に乗せてもらうこともできない。いったいどうやってこの街に来たのやら。


「まあ貨幣はなかったが、故郷の物品をいくつか持ってきていてな。この街に来るまでの間は、それらを代価に食料を分けてもらったり馬に乗せてもらったりしたのだ」


「割とたくましい奴だな、お前」


 流石は、強い奴を求めて海の向こうからやってきただけのことはある。


「はっはっは。アルバ殿、そんなに褒めても大したものは出せないぞ? せいぜい、某と剣を交える権利ぐらいのものだ」


「いらないから安心しろ」


 さらりと俺と戦おうとするムサシに、すげなく返した。


 それからしばらくの間は、他愛ない雑談をしながら薬草採取に勤しんだ。


 話の内容は様々だったが、その中でもムサシの故郷の話は特に面白く、魔王討伐のために旅を続けてきた俺にとっても未知の塊で聞いてるだけでかなり楽しめた。


 しかしそんな穏やかな時は、あっさりと終わりを迎えた。


「――アルバ殿」


「ああ、分かっている」


 互いに声をかけ合い、次の瞬間には同じ方向に振り向く。


 俺とムサシは、木々の向こうから明確な殺気を感じていた。殺気を隠そうともしないことから、大した相手ではないはずだが油断はできない。


 向こうも俺たちに気付かれたことを理解したらしい。木々の陰から緑の体色の小柄な魔物――ゴブリンが現れた。


「ほほう、小鬼か。まさかこのような異国の地でもお目にかかれようとは」


「何だ、知ってるのか?」


「某の故郷でもよく見かけてな。作物や家畜、果ては人まで攫うものだから村の者によく退治を頼まれたものだ。いやあ、懐かしい」


 小鬼というのは、多分ムサシの故郷におけるゴブリンの名前の一種だろう。


「思い出に浸るのはいいけど、油断はするなよ。ゴブリンは最弱とはいえ、魔物であることに変わりはないんだからな」


 ゴブリンは、一匹当たりの力は大したことはない。一般人でも一対一なら簡単に倒せるくらい弱い。そのため、ゴブリンは最弱の魔物というのは一般常識となっている。


 ゴブリンが最弱というのは間違いじゃない。だがゴブリンの真の恐ろしさは、力ではなくその数にこそある。奴らは基本的に数匹の集団で行動し、単体でいることはほとんどない。


 目の前のゴブリンがいい例で、五匹もいる。手には木を削って作ったと思しき武器があるが、ゴブリン製なのか作りが荒いのは素人目でも分かる。


 冒険者になったばかりの新人が調子に乗ってゴブリンの集団に挑み、返り討ちにあったという話も珍しくはない。だから決して油断はしてはいけない。


「無論だ。某はウサギを狩るのにも全力を尽くす男。小鬼相手でもそれは変わらない」


 どうやら、俺の心配は杞憂だったらしい。


 だが、ムサシに油断がないとはいえ五匹同時に相手をするのは辛いはずだ。ここは俺も手を貸すべきか?


 今ままでは魔物と戦うのは極力避けていたが、流石に人の命に関わる状況まで力を出し惜しむつもりはない。それにムサシは異国の人間だから、多少力を振るったところで勇者とは思わないはずだ。


「アルバ殿。せっかくのなのでここは某が全て受け持とう」


「……いいのか?」


「ああ、構わない。ここ最近は刀を振る機会もなく鈍っていたので、勘を取り戻すには丁度いい。それに某の戦いを見れば、アルバ殿も某の挑戦を受けてくれるかもしれないからな」


 言いつつ、ムサシは腰に差してあるを抜き構えた。


 ムサシの抜いた武器は、見たことのない形をしていた。剣身はよく見るまっすぐではなく少し反っていて、綺麗な紋様がある。


 これが異国の剣か。初めて見る武器だが、ムサシはこれをどう扱うのだろう。


『ギギィ……!』


 ムサシが構えたと同時にゴブリン五匹もムサシに触発されたように、我先にとこちらへ駆け出した。


 数の上では有利なのだからそこを利用しない手はないだろうに……と呆れたが、ゴブリン程度がそこまで頭が回るはずもなかったと思い直した。


 五匹のゴブリンの内一匹とムサシの距離が一メートルを切ったところで、ゴブリンより先にムサシが武器を振るった。


 ムサシが最初に狙ったのは、足だった。


 鋭い一撃だ。ゴブリンは回避もできず両足をあっさりと切断された。


 ゴブリンは足という支えを失い、グラリと身体が前方に倒れる。このままいけば、ゴブリンの身体は地に伏すだろう。


 しかしゴブリンが地に転がるよりも早く、ムサシはニ撃目を放った。今度の狙いは首だ。


 足を斬った時同様、あっさりとゴブリンの首と胴が泣き別れ。断末魔の叫びすらなく、血飛沫が地面を赤く染める。


 ムサシは何でもないことのように首を斬ったが、あそこまで簡単にこなせたのは、首の骨の隙間を狙った正確無比な一撃だったからこそだ。


 動いてる敵の首の骨の隙を狙うなんて芸当、相当な手練でもなければ不可能だ。ぶっちゃけ俺にはできない。


 残りの四匹もムサシは同じ要領で片付けていった。ゴブリン一匹を殺すのにかかった時間は、わずか三秒ほどだ。


「ふむ。異国とはいえ、所詮小鬼は小鬼。大したことはなかったな」


 ムサシはつまらなそうに呟きながら、剣を収めた。


 ムサシの剣技は無駄のない、いっそ美しさ感じる流麗なものだった。


 そして同時に、酷く合理的でもあった。


 一撃目に足を斬ることで確実に動きを止め、ニ撃目が確実に息の根を止める。確実性を優先しつつも、淀みない動きのおかげで大した時間もかからない。


 海を渡ってまで強い奴と戦いに来ただけのことはある。一連の動きだけで、ムサシがかなりの実力者であることが分かった。


 ……こいつの挑戦だけは絶対に受けないようにしよう。下手するとこっちが斬り殺される。


「……それにしても、こんなところでゴブリンなんて珍しいな」


 視線をムサシからゴブリンの死体に移す。


 この辺りは普段ゴブリンが出てくることはない。時折見かけることはあるが、大抵一、二匹だけで集団で現れたのは今回が初めてだ。


「何だアルバ殿、この辺りは普段小鬼は現れないのか?」


「滅多に現れないな」


「ふむ……小鬼は繫殖能力が凄まじい。定期的に殺さなければ相当の被害となるが、この街はそれを怠ってはいないか?」


「いや、それはないな」


 ゴブリンは生息地が多く、人が住めるような環境ならまず間違いなくいると言ってもいい。そのためどの街のギルドもゴブリン退治の依頼は薬草採取と同じく、常時ギルドのボードに貼られている。


 ただゴブリン退治は薬草採取同様、報酬が安いためあまり人気がない。受けるのは新人冒険者くらいのものだ。


 しかしそれに反比例して、ゴブリン退治の報告はかなり多い。


 というのも、別の依頼を受けてる最中にゴブリンの方から襲いかかってきたのを倒してしまうことが多いからだ。


 ゴブリンは同族以外なら、格上の魔物相手でも襲いかかるほど獰猛な性格をしているから、おかしなことではない。


「普段は現れない場所にゴブリンが現れる。これはもしや……王でも生まれたか?」


「……流石にそれは考えすぎじゃないか?」


「そうだな。いくら何でも今のは突飛すぎたな」


 俺の指摘を受け、ムサシはすんなりと自身の考えを否定した。

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