突然の来訪者そのニ
アンナさんが走り去った後、俺は家内に戻ってレティとの話を再開した。
本当はアンナさんを追って誤解を解きたかったが、あんな状態のアンナさんでは冷静に俺の言葉を聞いてくれるとは思えなかったので断念した。
レティはどうやって俺がこの街にいるのかを語ってくれた。
どうやら俺が先月倒したブラッディベアが原因だったらしい。首を一撃で切り飛ばせるのような人間は、俺くらいしか心当たりがなかったとのこと。
ブラッディベアの死体を処分し忘れたツケが、ここまで高く付くとはな。いや、この場合は俺の居場所を突き止めたレティの手腕を褒めるべきか。
「なるほどな。ここまで来れた理由は大体分かった。それで……何が目的は何だ? まさか何の目的もなく、王族の人間がこんな辺境に来るわけないもんな?」
訊ねてはみたものの、レティがここまで来た目的については何となく想像がついている。
恐らくは、魔王すら倒した俺の力を管理下に置きたいとかそんなところだろう。大きな争いない今、俺の力は下手をすると新たな争いの火種になる可能性もあるしな。
もしくは俺が持っている聖剣。失恋のショックで持ったまま国を出てしまったが、これは元々国のもの。
俺はあくまで勇者として国から借りていただけ。戦争が終わった今、国に返す義務がある。その返却を求めてここまで来た可能性だってある。
この二つのどちらか、もしくは両方。レティがここまで来た目的は、この辺りが妥当か。
「国王陛下辺りから何か言われてきたんだろ? 正直に話せよ」
「いえ、お父様からは特に何も言われてませんよ? ここに来たのは、私個人の目的からです」
「個人の目的……?」
レティの言葉を信じるなら、彼女は国王の命令ではなくあくまで個人の目的で来たということになる。
こんな辺境までわざわざ自ら赴くような目的……いったい何なんだ?
「ふふふ、そう身構えなくても大丈夫ですよ。別に変な目的なんて持っていません。ただ――あなたの側にいたいだけです」
「……はあ?」
俺の側にいたい? 何言ってるんだ、このお姫様は?
「私はあなたの側にいたくてここまで来ました。ここに置いてくださいませんか?」
「いやいや、ちょっと待て! あんた、正気なのか!?」
「失礼ですね。私は至って正常です」
いや絶対正常じゃないだろ。もし正常なら、わざわざこんなところまで来て冗談は言わないはずだ。
「そこまで疑うのでしたら、証拠を見せてあげましょう」
そう言ってレティはどこからともなく二通の手紙を取り出し、こちらに手渡してきた。
「そちらはお父様からの手紙です」
「マジかよ……」
レティの父親――つまりはこの国の国王からの直々の手紙。こんなものまで用意しているということは、本当に冗談ではないようだ。
二通の手紙はそれぞれ違う便箋が使われていた。両方とも質のいい紙が使われていることから、かなりの高級品であることが分かる。
しかも片方の便箋には王族の紋章が刻まれている。恐らくはこちらの手紙の方が重要度は高いのだろう。紋章の入った方から読むか。
封を切り中の手紙の内容を確認してみる。王族の紋章が入っていただけあって、手紙は長ったらしい前置きがあったが、要約すると『そちらで娘の世話を頼む』といった内容だった。
「……この手紙、本物なのか?」
「はい、もちろん本物ですよ。わざわざ偽物を作る理由もありませんし。あとそれは王命なので、逆らったら大変なことになりますから、気を付けてくださいね?」
「ぐ……」
どうやら俺の考えは読まれていたらしい。
こうなると、もう片方の手紙もロクな内容じゃない気がするぞ。読まずに捨てたいところだが、まさか国王からの手紙を本当に捨てるわけにもいかない。
渋々とではあるが、残った手紙も開封する。こちらは先程の手紙と違って、内容はとてもシンプルで『ぶっ殺す』だった。純粋な殺意を感じる。
「なあ、この手紙の内容は何だ? 純粋な殺意しか感じないんだけど」
「あらお父様ったら……」
手紙の内容を見せると、レティは口元に手を当てて軽く目を見張った。
「一応確認しておくけど、ここには国王の同意を得て来たんだよな?」
「はい、もちろんです。最初はいくらお願いしても許可をくれないお父様でしたが『言うことを聞いてくれないと嫌いになりますよ?』って言ったら、喜んで同意してくれました」
人はそれを脅迫と呼ぶ。
この手紙にここまで殺意が込められていた理由も想像がつく。国王は娘を目に入れても痛くないほど可愛がっていた。
そんな娘から脅迫紛いのことを言われれば、俺に八つ当たりをしてもおかしくはない。
「酷いことするな。国王陛下、泣いてたんじゃないか?」
「よく分かりましたね。お父様は泣きながら私を見送ってくれました。余程私がアルバ様の元に行くのが嬉しかったんてすね」
「泣いてた理由は、多分お前が言ったのとは違う理由だと思うぞ……」
何か国王が不憫に思えてきたぞ。
「……話は大体分かった。けど本当にいいのか? ここはお前が暮らしていた王城とは違う。こんな辺境の街じゃあ、王族のレティが満足するような生活はできないぞ」
「構いません。先程も私、言いましたよね? あなたの側にいたいだけだと。あなたの側にいられるなら、私は何もいりません……だから、ここに置いてくれませんか?」
縋るような瞳で懇願してくるレティ。
ここまで言われて断れるほど、俺は人でなしになったつもりはない。
「……分かったよ、もうお前の好きにしろ。後悔しても知らないからな?」
「はい、ありがとうございます!」
勇者時代から何度も思っていたが、本当によく分からない奴だな。わざわざ俺の側にいて何が楽しいのやら。
……ただまあ、俺の側にいるためだけにここまでするところは、少し尊敬してもいいかもしれないな。
「ああそういえば、私の生活費は宿に泊まっている従者たちが持っているのでアルバ様が気にする必要はありませんよ? お父様が王城の宝物庫のものを換金してくださったので、多分当面の生活は問題ないと思いますが……」
あの親バカ国王、いくら娘のためだからってそこまでするか……。
俺が沈痛な面持ちになっていると、レティが不安げな声を上げる。
「ど、どうしましたか、アルバ様? ……もしかして、宝物庫のものを換金しただけでは足りませんか? 私、これまで王族として過ごしていたので普通の暮らしというものが、どれほどお金が必要なのか分からないのですが……」
「いや、その心配はないから安心しろ」
宝物庫のものなんて、どれも一つ換金するだけでも一生遊んで暮らせるようなものばかりだ。そんなのを娘のために金に換えるなんて、普通はあり得ない。
この件、国の大臣たちは知ってるのか? ……十中八九知らないだろうな。知ってたら全力で阻止してるはずだし。
……この件は俺がこれ以上考えても意味がない気がするな。それよりもこれからのことを考えた方が、余程建設的だ。
今考えるべきは……レティのことだな。彼女がこれからこの家で暮らす以上、色々と必要なものが出てくる。
今真っ先に必要なのは彼女の寝床だ。ウチにはベッドは一つしかない。とはいえ、外はもう真っ暗になっている。今からベッドを買いに行ったところで、店は開いてないだろう。
「おいレティ。悪いけどウチにはベッドが一つしかない。だから今日は俺が普段使ってるベッドで寝ろ。俺は床で寝るから」
「い、いいんですか!?」
レティは驚愕に目を見張った。
俺は何かおかしなことを言ったのだろうか?
「……? 当たり前だ。お姫様を床になんか寝かせられるわけないだろ」
「そういう意味ではないのですが……アルバ様がそう仰るのでしたら遠慮なく。ベッドはどこにありますか?」
「奥の部屋だよ」
ベッドのある部屋を教えると、レティは席を立ち奥の部屋へと駆けて行くのだった。
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