突然の来訪者その一

 ――それは、いつも通り薬草採取を終えた帰りのことだった。


 ギルドで採取した薬草を渡して報酬を受け取った俺は、帰路についていた。


 先月のブラッディベアに関しては未だにギルドによる調査が行われているが、冒険者たちの依頼を受ける日々はすでに元通りとなっていた。


 ブラッディベアが現れたことで一部の冒険者はこの街を出ていたが、それも徐々に戻ってきつつある。


 もう一ヶ月もすれば、以前と何ら変わらない日々が戻ってくるだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、街の外へと繋がる北門の方が妙に騒がしいことに気が付いた。


 この街は辺境なだけあって、王都なんかと違い変化に乏しい。そのため何かあると、今目の前に広がる光景のように人だかりができたりする。


 しかしそれにしたって少し妙だな。こういう光景はこの街に来て何度か見たことがあるが、今日は一段と騒がしい。


 行商人なんかが来た程度なら、ここまで騒いだりはしないだろうし……いったい何があったんだ? 気になるし、少し覗いてみるか。


 人混みをかき分けて最前列まで行く。するとそこには、


「嘘……だろ?」


 豪華な装飾の施された馬車によく似た造りの竜車と呼ばれる、亜竜に引かせるの乗り物。


 当然ながら、こんな辺境の街にあっていい乗り物じゃない。竜車には王族の紋様も刻まれているので、街の人が騒ぐのも仕方のないことだろう。


「けどどうして……」


 竜車は王族が何かしら有事の際にしか使用されない乗り物だ。かつての魔物たちとの戦争でも、数回しか利用されなかった。


 それがここにあるということは、この街で何か重大な事件が起こったのだろうか? 仮にそうだとして、この街だけで解決できるような問題か?


 様々な疑問が脳裏をよぎる中、竜車のドアが開かれた。


 果たして誰が乗ってるのやら。こういう時に出張るのは第一王子が第三王子辺りが妥当か。第二王子はバ――脳筋だし、王女たちは親バカな国王が王都から離れるのを許さないだろう。


 竜車の中の人物を予想していた俺だが、その予想は見事に外れることとなる。


「な……!」


 何と竜車から降りてきたのは、腰まで届くような眩い銀髪と人形のように精緻な造りの顔立ちが特徴的な第二王女――レティシア=ブリュンデ様だったのだから。


 先程まで騒がしかった街の住民たちの声が、ピタリと止んだ。全員、視線はドレスに身を包んだレティシア様に釘付けだ。


 恐らく全員、レティシア様の美しい容姿に見惚れてしまったのだろう。俺も初めて会った時には同じように見惚れてしまったから、気持ちは分かる。


 しかし今の俺には見惚れているような余裕はない。それよりも今すべきは、どうしてレティシア様がここにいるのか、ということだ。


 レティシア様の目的を考えながら、ジっと彼女を見つめていると、


「あら……?」


「…………!?」


 不意に、目が合ったような気がした。一瞬のことなので確証が持てない。


 気のせいかもしれないが、そうでなかった場合は非常にマズい。彼女とは何度も顔を合わせたことがあるので、俺が勇者であることを知っている。


 もし俺の正体を吹聴でもされれば、少々……いやかなり面倒なことになってしまう。場合によってはこの街を出ることも考えなければいけない。


 ここはこちらから接触して……いやダメだ。そんなことをすればこっちの存在に気付かれる。向こうが気付いてるのか分からない現状でするべきではない。


 となると俺にできるのは、レティシア様がこの街を去るまで彼女の目に付かないよう気を付けることだけ。


 しばらくは窮屈な生活になるが背に腹は代えられない。


 俺はレティシア様の視界に入らないようこっそりとその場を後にした。






「お久しぶりですね、勇者様」


 俺がレティシア様のいたあの場から立ち去って数時間後。すでに日は沈み月が昇っている時間に、思わぬ来客があった。


 色々と言いたいことはあったが相手が相手だけに、立ち話というのは憚られるのでとりあえず家の中に入ってもらった。


 そして席まで案内して二人で向かい合う形で座る。


「……どうして俺のいる場所が分かったんですか、レティシア様?」


「あら、レティシア様なんて他人行儀な呼び方はやめてください。あと敬語も不要です」


「いえ、そういうわけには……」


「ここには、それを咎めるような人はいないのですから構いません。それと私のことはレティと呼んでください。親しい人はそう呼びます」


 それは暗に、敬語を使わず今後はレティと呼べと言ってるということか。


 ここで断るのは簡単だが、勇者時代、彼女とはそれなりの付き合いがあったため、性格に関してもそれなりに理解してる。


 レティシア様は意外と頑固で、一度決めたら中々考えを曲げない人だ。多分言う通りにしないと、話が進まないだろう。それは流石に困る。


 となると、ここは俺が折れるしかない。


「はあ……分かりま――分かったよ、レティ。……これでいいか?」


「はい、完璧です。ふふふ、勇者様が敬語を使わずに話してくれるなんて、何だかとても新鮮ですね」


「そりゃ良かったな……それで? どうして俺のいる場所が分かったんだ?」


 色々と聞きたいことはあるが、とりあえず話を最初に戻す。


「それは勇者様の家の場所という意味ですか? それとも、この街にいることの方ですか?」


「両方だ」


「両方となると、少々長い話になりますね。構いませんか?」


 俺は「構わない」と答えてから、話の先を促す。


「なら先にこの家を見つけられた理由から話しましょう。と言っても、そこまで大した話ではありません。勇者様の外見を元に、この街の人に聞き込みをしただけです。この街にいることは、先程目が合った時に気付いていたので」


 あの距離でまさかとは思っていたが、やっぱり気付いていたのか。


 と、そこで出入り口のドアの方からコンコンと控え目にノックする音が聞こえてきた。


 この時間帯に人……恐らくアンナさんだろうな。彼女は最近、家に来ては料理を作ってくれている。多分先月のブラッディベアの件のお礼のつもりなんだろう。


 最初は断っていたが、アンナさんは頑として譲らなかったのでもう好きにさせることにした。アンナさんの料理は美味いから、俺も助かってるしな。


「こんな時間にどなたでしょう? 私が出ましょうか?」


「いや、いい。お前は出るな。絶対に面倒なことになるから」


 先程あれだけの騒ぎの原因になったレティがここにいるのがバレたら、間違いなく面倒なことになる。


 アンナさんには悪いが、今日はお帰り願おう。


 席を立ちドアの方まで向かい、そのまま開ける。ドアの向こうにいたのは、予想した通りアンナさんだった。右手には、手さげを持っている。


「こんばんわ、アルバ君。今日も夕食を作りに来たんだけど、入ってもいいかしら?」


「あー……悪い、アンナさん。今日はちょっと昔の知り合いが来てるから、帰ってもらってもいいか?」


「昔の知り合い? それってアルバ君の後ろにいる女の子のこと? ……随分と可愛い子ね」


「ああ、そうそう。こいつのこと――ってちょっと待て」


 いつの間にやら俺の背後にいたレティの首根っこを掴んで、奥まで強引に引っ張る。


 アンナさんの訝しむような視線を感じたが、今はこっちが優先だ。


「なあ、俺は出るなって言ったよな? お前、話聞いてなかったのか?」


「ちゃんと聞いてましたよ。ですが聞いた上で無視させていただきました。何か問題ありますか?」


 しれっとした表情で語るレティ。人の気も知らないでいい気なものだ。


 男ならぶん殴ってるところだが、女――それも王女相手にそんな暴挙には出れない。


「私もあちらのアンナさんという方とお話しがしてみたいです。……ダメですか?」


「……好きにしろ。ただし、ここでは俺のことはアルバと呼べ。間違っても、昔の名前や勇者の話なんて口にするなよ?」


「分かりました」


 一度見られてしまった以上、隠しても意味がない。ここはもう開き直るしかないな。


 二人でアンナさんの元まで戻る。


「いきなり離れて悪いなアンナさん」


「気にしなくてもいいわよ、アルバ君。それで、そっちの子は……」


 チラリとアンナさんの視線が俺からレティに移る。


 するとレティは男なら誰もが目を奪われてしまうほどの魅惑的な笑みを作りながら、自己紹介を始めた。


「初めましてアンナさん。私はレティシアと言います。こちらのアルバ様の妻です」


「おい……!」


 こいつ、何てことを言いやがる! 冗談にしたってシャレにならないぞ!


「へ、へえ、そうなの……アルバ君結婚してたのね。そうよね、アルバ君はウチの弟と違ってカッコいいし、こんなに可愛いお嫁さんがいてもおかしくないわよね……ごめんなさい!」


「ア、アンナさん!? 誤解だ! ちょっ、待ってくれよアンナさああああん!」


 アンナさんは制止の声に耳を貸すことなく、急ぎ足で走り去ってしまった。


「あらあら。ちょっとした冗談でしたのに、まさかあそこまで動揺するなんて。アンナさんはとても可愛らしい方なんですね、アルバ様」


「お前は悪魔か……」


 あれだけのことをしでかしてクスクスと笑っているレティに、俺は恨み言を口にした。

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