かつての仲間たちその一
ブリュンデ王国王都。最も活気のある街の中央には、この国で最も規模の大きい冒険者ギルドが置かれている。
王都が国の中心であることと王都周辺は強力な魔物が出現することから、王都の冒険者ギルドは辺境とは違いとても賑わっている。
「しっかし、最近の魔物は手応えがないのう……」
ギルド内に併設された酒場にて、一人の毛深いドワーフが酒を呷りながら不服を漏らした。
彼の言うことは事実だった。二年前までは活発に活動していた魔物たちだが、ここ最近はそれが見られなくなっていた。
原因は分かり切っている。魔王が倒されたことだ。魔王が死んだことで、配下である魔物たちは徐々にではあるが弱体化している。
「不謹慎よ、バルドラ」
そんなドワーフに苦言を呈するのは、同じテーブルに着く一人の少女。彼女の名前はリーシャ。燃えるような赤い髪と、強気な性格を思わせる鋭い瞳が特徴の獣人の少女だ。
「魔物たちが弱くなったということは、それだけ魔物たちが倒しやすくなったということ。私たち冒険者にとっては、いいことでしょ?」
「それはそうだがのう……ミレディ、お前はどう思う?」
先程から無言で果実水を飲み続けていたもう一人の同席者に問いを投げた。
「ん、退屈」
言葉短く答えたのは小柄な少女、ミレディ。三人の中で最も若いが、魔法の腕前は世界で五本の指に入るほどの実力者だ。
まだ幼い子供ではあるが、艶のあるライトブルーの髪と感情の乏しいながらも整った顔立ちは、将来性を感じさせる。
この三人は現在冒険者としてパーティーを組んでいるが、実は元勇者パーティーのメンバーだ。
彼女らはかつて魔物との戦いの最前線にいた歴戦の強者。そんな彼女らからすれば、今の平和な世界はとても退屈なものだろう。
リーシャも口ではああ言ったものの、本音は二人と一緒だ。
「ほれ、ミレディもこう言っておる。確かに平和になったのはいいことじゃが、ここまで平和じゃと腕が鈍ってしまう。こんな時、レオンでもいればのう……あいつなら、いい鍛錬の相手じゃったろうに」
「あの男の話はやめて……」
むっとした表情になるリーシャ。彼女にとって、レオンに関する話題は二年前から禁句となっていた。
しかしバルドラは気にすることもなく、話を続ける。
「何じゃリーシャ、まだ二年前のことを怒っておるのか? 確かに儂らの前から勝手にいなくなったことは腹立たしいが、そろそろ許してやってもええんじゃないか?」
「……別に二年前のことはもう怒ってないわ」
「なら何が気に入らん? もしや、置いて行かれたことに怒ってるのか?」
「そ、そんなわけないでしょう! 誰があんな奴……!」
嘘である。実はこの女、レオンに置いて行かれたことをこれでもかというほど根に持っている。
「あんな一度振られたくらいで諦めた男、どうでもいいわよ!」
「そう言ってやるな。あんな大勢の前で告白して玉砕したのだから、落ち込むのは仕方のないことじゃろ。まあ、まさか国を去るほど傷付いたとは思わなかったがな……」
「ふん! たかだか一度振られたくらいで諦めたってことは、その程度の気持ちだったってことよ! いなくなって清々したわ!」
「よく言うわい。本当は両想いだったくせに、大勢の前で告白されたのが恥ずかしくて断ったのは、どこの誰じゃったか? しかも次の日にもう一度返事をしようとレオンの元を訪れたら、当の本人は国を出た後。お前さん……バカじゃろ?」
「うぐ……ッ」
バルドラの指摘に、リーシャは言葉を詰まらせた。バルドラの言うことは全て図星だった。
レオンを振った次の日、リーシャは改めて告白の返事をしようとレオンの元へ向かった。
しかしレオンはどこにもおらず、『探さないでください』と書かれた手紙だけが残されていた。
勇者の突然の失踪に国は騒然したが、勇者の捜索をすることはなかった。一部の者たちから勇者を連れ戻すべきだという声もあったが、戦後の復興作業などの優先すべき問題が大量に残っていたため、断念された。
「今あいつがどこにいるのか、お前さんは気にならんのか?」
「それは……」
気にならないと言えば嘘になる。本音を語るなら、リーシャは今すぐにでもレオンを探しに行きたかった。
しかし一度告白を断った手前、仮に再会したとしてもどんな顔で会えばいいのか分からない。もし拒絶されでもしたら、立ち直れる自信はない。
この二年という月日が、リーシャをとてもとても臆病にした。かつて、どんな相手だろうと恐れることなく挑んだリーシャからは考えられない変化だ。
ミレディがトントンとリーシャの腰の辺りを小突いた。
「リーシャ。レオンのこと、もう好きじゃないの? もし好きじゃないなら、ミレディがもらっていい?」
「……ミレディ、自分が何を言ってるのか分かってるの?」
ミレディは外見通りの幼い子供だ。本来なら守られる立場だが、なまじ高い魔法適正があったため戦場に駆り出されていた。
そのため、ミレディは本来学ぶべき常識というものが欠如している。
なので、自分の発言の意味を理解してない可能性もある。リーシャの問いは、その確認の意味もあった。
「ん、分かってる。ミレディはレオンのこと、愛してる。レオンの子供だってほしい」
「な……ッ!」
妹のように思っていたミレディの爆弾発言に、リーシャはギョっと目を見開いた。
その心境は、知らぬ間に成長した娘に驚く母親そのものだ。
「今まではレオンとリーシャが両想いなの知ってたから、愛人狙いで我慢してた。でもリーシャがレオンのことを好きじゃないなら、頑張って正妻の座を狙う」
やる気満々のミレディ。ここまで長々と喋る彼女も珍しい。
リーシャは、こんなにもやる気のミレディを見たことがない。ミレディの言ったことが、子供の一時の気の迷いなどといった類のものでないことが嫌でも分かってしまった。
「わはははは! よくぞ言った、ミレディ! お主にそこまでの覚悟があるのなら、儂も手伝ってやろうぞ!」
「ちょっ、バルドラ!? あんた何言ってるのよ!」
「何じゃ、何か儂の発言に問題があるか?」
「大ありよ! どうしてあんたがミレディを応援してるのよ! 止める立場でしょうが、あんたは!」
まくし立てるように叱るリーシャだが、当のバルドラは首を傾げるばかりだ。
「何が問題なんじゃ? レオンは腕は立つし容姿もそれなりにいい。今は儂らが預かっとるが魔王討伐の報奨金もある。少し奥手なところはあるが、これ以上ない優良物件じゃろう」
「そ、それはそうだけど……」
バルドラの言うことは最もだ。リーシャもレオンのことはよく分かっている。伊達に何年もパーティーを組んではいない。
レオンの魅力は誰よりも知っていると自負している。
「はあ……もういい加減、素直に認めたらどうなんじゃ? リーシャ、お前は今でもレオンのことが好きなんじゃろ? あまり意固地になっても、いいことはないぞ?」
「ん、ツンデレもすぎれば毒」
バルドラの諭すような優しい言葉と、ミレディのよく意味の分からない言葉。二人がリーシャの身を案じての発言だということが、嫌でも分かる。
ここまで言われて素直になれないほど、リーシャも頑固ではない。
「そうよ! 私は今でもレオンのことが好きよ! でも今更それを言ったところでどうなるっていうのよ!? レオンがどこにいるのかも分からないんだから、意味ないじゃない!」
言葉は堰を切ったように溢れてきた。次いで、ポロポロと涙が零れ始める。二年間溜め込んだ後悔の涙だ。
二人はそんな珍しい光景に軽く目を見張ったものの、不満を言うこともなくリーシャを宥めにかかった。
しばらくしてリーシャが泣き止んだところで、バルドラがまるで軽い噂話でもするようなノリで口を開く。
「ところで二人共、知っておるか? つい先日、この国の第二王女が王都を出たそうじゃ」
「……レティシア様が? どうして?」
「さてのう? 理由に関してはよく分かっておらんが、噂では想い人を探しに行くとか何とか……」
「想い人? ……それってまさか!」
リーシャはバルドラの言いたいことの意味を理解した。
「まあ十中八九そうじゃろう。あの姫さんは、レオンの奴にベタ惚れじゃったからのう。自ら探しに出たとしてもおかしくはあるまい」
「でも仮にそうだったとして、どうして今になって国を出たのかしら?」
リーシャもレティシアの人となりはそれなりにではあるが、知っているつもりだ。
バルドラの言う通り、レティシアは心底レオンに惚れていた。当のレオンは全くと言っていいほど気付いてはいなかったが。
レオンがリーシャたちの前からいなくなった時も、とても取り乱していたことを覚えている。
そんな彼女が、レオンを探しに行くこと自体はおかしいとは思わない。いずれはそうなることをリーシャは予想できていたからだ。
問題は、なぜこのタイミングなのかという点だ。
「まさか……レオンの居場所が分かった?」
「まあ恐らくそうじゃろうな。あの姫さんなら、この二年の間であやつの居場所を探り当てていてもおかしくはあるまい」
リーシャの導き出した結論に、バルドラも同意する。
「まだ姫さんが王都を出てそう日は経っておらん。今ならまだ追いつけるかもしれん。追いつければ、レオンの元に行くこともできるじゃろう」
「そうね……」
恐らくレティシアが使ったのは、王族専用の馬車だろう。あれは快適ではあるが目立つ。あとを追うのは難しくはない。
「それでリーシャ、お前さんはどうするつもりじゃ?」
「どうするって……何が?」
「儂らに付いてくるのか訊いとるんじゃよ。ミレディは当然付いてくるじゃろ?」
「ん、もちろん」
レオンの子供を生みたいとまで言ったミレディなのだから、この返答は予想できていた。
「お前さんだってレオンに会いたいんじゃろ? さっき色々ぶちまけたんじゃ。今更取り繕うこともあるまいて」
「……そうね。今更取り繕う必要なんてないわよね」
バルドラの言う通りだ。もう二人には本音を語ってしまった。今更隠すことなんて何もない。
それにこれはあくまでリーシャの勘ではあるが、ここで行かなければ後悔すると思う。もしかしたら、もう二度とレオンに会えないかもしれない。
リーシャの勘というのは、ここぞというタイミングで当たる。かつてこの勘で何度仲間の窮地を救ったことか。
その勘が今、リーシャに行けと言っている。ならばリーシャの答え一つだ。
「――私も行くわ、バルドラ、ミレディ」
「よしきた! ならば早速準備をしなければな! 長旅になるぞ!」
「ん、長旅は久々。今から楽しみ」
これから始める旅を想像してか、楽しげな様子で席を立つ二人。
そんな二人には目もくれず、リーシャは一人内に秘めた想いを燃やしていた。
「待ってなさいよ、レオン! 絶対に見つけてみせるんだから!」
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