お姫様との一日
――ブリュンデ王国第二王女、レティシア=ブリュンデが我が家を訪問してから一夜明けた本日。
日課の木剣の素振りを終えて家に戻ると、レティが笑顔で俺を迎えてくれた。
ちなみに、今のレティの服装は昨日のようなドレスではなくネグリジェだ。無論、平民が着ているようなものとは比べものにならないほどの高級品だ。
このネグリジェは昨日レティと話し合いを終えた後、彼女の従者が持ってきた生活用品の内の一つだ。当然ながら、ネグリジェ以外のものも平民には一生縁がないくらい高いものばかりだ。
「おはようございます、アルバ様。朝、早いんですね?」
「まあな。この時間に起きて素振りするのは、もう日課みたいなものだ」
「流石はアルバ様! 平和になろうと自己の研鑽を怠らないその姿勢……レティは感服致しました!」
「いや別にそんな大層な理由じゃないんだけど……」
ただ勇者時代からの習慣が抜けないだけ。それをただ何となくで続けているだけだ。
なので、そんなキラキラと輝く目で見られると非常に心が痛い。
「そ、それより、今から朝食だけど何か希望はあるか? 王族が気に入る味になるかは自信がないけど、可能な限り美味いものを出すぞ?」
「え、アルバ様、料理できるんですか?」
「人並みにはできるつもりだ」
正確にはできるというより、できるようにならざるを得なかったというべきだが。
かつて勇者時代の俺の仲間は、全員が勇者である俺と肩を並べて戦えるほどの強者だった。彼らは人類最強と言っても過言ではないだろう。
しかし同時に彼らは『常識』という普通は誰もが持っているものが欠けていた。リーシャは比較的まともではあったが、それでもやはり非常識だった。
そんな彼らが料理なんてまともなことをできるはずもなく、旅の最中、野宿をする際は俺が料理を作っていた。
「まあ一般的な家庭料理なら一通り作れるから、何か希望があるなら言ってくれ」
「一般的な家庭料理ですか……私はあまりそういったものには詳しくないので、何かあっさりしたものをお願いします」
「了解」
俺はエプロンを付けて台所に立つ。
思えば、こうして自分以外の誰かのために料理を作るのは久しぶりだな。しかも相手は一国の姫。果たして、彼女を満足させられるような料理が作れるのか……。
「美味しいです!」
俺の作った朝食に、レティは感嘆の声を漏らした。
レティのあっさりしたものという要望に応えるために、今日の朝食はきのこのリゾットとサラダにした。
大したものとは思えないが、それでもレティは満足げな様子で食べている。
「そんなに美味いか? 王城にいた頃の方が、もっと美味い食事が出てたろ?」
「確かに、王城の料理人たちが作った料理はどれも素晴らしい出来のものばかりでした。ですが、アルバ様が私のために作ってくださったこの料理も負けてはいません。とっても美味しいですよ?」
「そ、そうか。そりゃどうも」
こうして誰かに褒められるのは久しぶりで、何となく照れ臭い。
そんな俺を見てレティはクスクスと上品に笑いながら、食事の手を止めた。
「ところでアルバ様。アルバ様は普段、この後はどのように過ごしていらっしゃるのですか?」
「普段はこの後、ギルドで薬草採取の依頼を受けて山に登ってる。大体昼すぎには依頼は終わるから、その後は夕飯の時間まで自由に過ごすな」
「薬草採取? アルバ様、魔物退治の依頼は受けないのですか? アルバ様ほどのお方なら、そんなに難しくはありませんよね?」
「それはそうなんだけど……まあ俺にも色々とあってな。聞かないでくれると助かる」
……まさか未だにリーシャのことを引きずっているとは思うまい。
「分かりました。アルバ様がそこまで仰られるのでしたら、私も深くは聞きません。それでアルバ様、薬草採取の後は自由に過ごすということでしたが、本日はそのお時間を私に譲っていただけますか?」
「別にいいけど……何をするつもりなんだ?」
「少し行きたいところがあるんです。そんなに時間を取らせるつもりはないので、安心してください」
「行きたいところ? それってこの街の中か?」
「はい、そうです」
この街は王都から遠く離れた辺境の地。わざわざ王女様が行きたいようなところなんてあったか? この辺はレティにお気に召すものなんて、なかったはずだ。
まあ、本人が行きたいと言ってる以上止めるつもりはない。それにどうせ一緒にどこか行くなら、ついでにレティの生活用品も買うか。
「分かった。ならできるだけ早く帰ってくるから待ってろ」
「はい、分かりました。アルバ様の帰りを首を長くしてお待ちしていますね」
「レティ、お前が用があるのって本当にここなのか?」
「はい、そうです。私ここの主に用があります」
ギルドで薬草採取の依頼を終えた俺は、約束通りレティの行きたい場所へと向かった。
そして現在、俺の眼前にはこの街で最も大きな造りの建物がある。これはこの街の領主であるアルブール男爵の屋敷だ。
「実はこの街の領主の方にまだ挨拶をしていなくて……」
「お前、それは……」
平民ならばともかく、貴族や王族ともなれば街を訪れたら際、そこの領主に挨拶をするのは常識だ。それを怠るなんて、普通はあり得ない。
「し、仕方ないじゃありませんか! この二年間ずっと探していた人をやっと見つけたんですよ? 領主への挨拶なんて後回しにしたくなるじゃないですか!」
「キレるなよ……」
「そ、それに今日窺うことはちゃんと昨日の内に従者を送って伝えておいたので、問題はないはずです!」
いや問題ないはずないだろ。場合によっては侮られたと受け取って怒ってもおかしくはない。
まあ相手が王族のレティともなれば、この街の男爵もあまり強くは出れないだろうけど。
「というか、俺は必要か?」
「必要です」
レティが先導する形で屋敷の門をまで向かう。
門の両端で直立していた門兵たちが、レティの前に立ち塞がる。
「この屋敷に何用か?」
「この屋敷の主のアルブール男爵との面談のために来ました。そちらに話は通っているはずですが?」
「……失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「レティシア=ブリュンデです」
レティの告げた名前に門兵たちはギョっと目を見開き、その場に跪いた。
「こ、これは大変失礼致しました! どうぞお通りください!」
「はい、ありがとうございます」
感謝の言葉と共ににっこりと微笑んで、門兵たちの横を通りすぎる。
俺もレティに続く形で門兵の横を通り過ぎたが、その際に殺意剥き出しの瞳で睨まれた。
……流石は『傾国の美姫』と呼ばれるほどのお姫様、と言っておくべきだろうか?
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