教会へそのニ

「ただいま……レティ、いるか?」


 午前中の薬草採取を終えて帰宅すると、まずレティの存在の有無を確認する。


 レティからの返事はない。午前中は外に出ると言っていたので、もしかしたらまだ帰ってきていないのかもしれない。


「ん……?」


 不意に俺の鼻が甘い香りを嗅ぎ取った。匂いの発生源は、台所のある部屋だ。


 いったい何なのかと思い、匂いの発生源へ向かう。するとそこには、


「あら、アルバ様? いつの間にお帰りになっていたんですか?」


 腰まで届く艶のある銀髪を束ねて後ろにまとめ、可愛らしいエプロンを着たレティが立っていた。


「ついさっきだよ。そういうレティは、何をしてるんだ? 見たところ何か料理をしてるように見えるけど……」


「私はクッキーを焼いていました。丁度今焼き上がったところなので、お一ついかがですか?」


 レティはテーブルの上を指差す。そこには、安物の平皿とその上に山のように積み上げられたクッキーがあった。


「ず、随分とたくさん作ったな……」


「はい。午前中材料を買うためにいくつかのお店を回ったんですけど、お店の方がたくさんオマケしてくださったんです。だから、つい作りすぎてしまって……」


 なるほど。午前中、買い物に出たのはクッキーの材料を買うためだったのか。


 ……それにしても、どれだけオマケしてもらえばこんなに大量のクッキーができるんだ? 作りすぎにもほどがある。


「この街の方はとても親切な方ばかりでいいところですね、アルバ様」


「そう、だな……」


 明らかに親切の域を越えているが、あえて何も言わないでおく。


 多分オマケしてもらえたのは、レティの絶世の美女と呼ぶに相応しい美貌が理由だろう。


 きっとレティが寄ったお店のおっさん従業員は、みんな鼻の下を伸ばしていたに違いない。容易に想像できる。


「さあどうぞ、アルバ様。できたてで美味しいですよ?」


「それじゃあ……遠慮なく」


 クッキーの山が崩れないよう慎重に一枚取り出し、そのまま口に運ぶ。


「結構甘いな……もしかしてこれ、砂糖とか使ってるのか?」


「いいえ、使ってませんよ? 最初は使おう思っていたんですけど、この街には砂糖の取り扱いをしているお店はありませんでしたから」


 砂糖は、甘いお菓子を作る上で必要不可欠な調味料だ。王都で売られているお菓子なんかには、まず間違いなく使われている。


 しかし、王都のようにたくさんの人々が行き交うことのないこんな田舎街じゃ、砂糖は滅多に手に入ることのない希少品だ。


 この街で砂糖を手に入れる方法があるとすれば、年に数度この街を訪れる行商人から買うしかない。


「そのクッキーはドライフルーツを使っているので、アルバ様の感じた甘さは多分それだと思います」


「これがドライフルーツの甘み……」


 以前俺が教会に差し入れしたお菓子も砂糖はほとんど入っておらず、この辺りの地域で冬の保存食として重宝されるドライフルーツで甘みを出していた。


 しかしレティの作ったクッキーは、それとは比べものにならないほど美味い。店を出せるレベルだ。


「どうかされましたか、アルバ様? もしかして、お口に合いませんでしたか?」


「いや、そんなことはないぞ。ちゃんと美味いから安心しろ」


「そうですか……それは良かったです。家族以外の人に作ったのは初めてでしたので、ちゃんと美味しく作れたか少しだけ不安だったんです」


 ホっと胸を撫で下ろすレティ。


「というかレティ、お菓子作れたんだな。王族の人間って、料理はしないのかと思ってたからちょっと意外だったわ」


 王族や貴族は、家事の類は使用人を雇って済ませるのが普通だ。そういう意味で、レティはかなり珍しい方だ。


「あら、それは偏見というものですよ、アルバ様。王族の人間だって、全員が料理ができないというわけではありません。私やお母様みたいにできる人もいます」


「王妃様も料理するのか?」


「はい、しますよ。私にお菓子作りを教えてくださったのはお母様ですし、時間があれば城の厨房でよくお菓子なんかを作っています。城の料理長にも負けないくらい美味しいですよ?」


「それはかなり凄いな……」


 城の料理長って、確かブリュンデ王国でも三本の指に入るほどの達人と聞いたことがある。それに負けないということは、王妃様の腕前はかなりのものだ。


 そんな王妃様から教わったのなら、レティの手作りクッキーが美味いのも納得だ。


「とはいえ、私がお母様から教わったのはお菓子作りだけで、アルバ様のように料理はできません。お恥ずかしい限りです……」


「こんなに美味いお菓子が作れるだけでも十分凄いよ。料理は俺が作れるから気にするな」


 もう一枚クッキーを手に取り、口にする。うん、やっぱり美味い。甘いものが苦手な俺でも、全然食べられる。


「けどやっぱり量がな……」


「申し訳ありません。久しぶりのお菓子作りが楽しくてつい加減を忘れてしまって……」


「ああいや、別に責めてるわけじゃないんだ。ただ俺たち二人だけじゃ量が量だから全部食べ切れないし、どうするか……そうだ」


 頭を悩ませていると、不意に一つ妙案が浮かんだ。


「……なあレティ、これ知り合いに分けてやってもいいか」


「私は構いませんが、この量を渡されて相手の方は迷惑に思いませんか?」


「その点は問題ないから大丈夫だ。渡す相手は一人じゃないし、は食べ盛りだからな」

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