ゴブリンロード

「邪魔だ……!」


『ギィ……!』


 洞窟内を避ける最中、曲がり角から現れたゴブリンの首を刎ねる。助けを呼ぶ前に首を飛ばしたので、仲間のゴブリンが来ることはないはずだ。


 俺はゴブリンの死体を放置して足を止めることなく、走り続ける。


 洞窟内に入って、かれこれ数分が経過している。洞窟内は予想していたよりも複雑な造りとなっているため、現在は当てもなくゴブリンロードを探し回っている状態だ。


 それにゴブリンも表にいたのが全てではなかったようで、洞窟内に入ってすでに何回か遭遇している。俺はその全てを一撃で倒していた。


 幸いなのは、洞窟内だとゴブリンは集団行動はしていない点だ。侵入者の警戒もしていないようだから、ムサシの言ってた通り襲われることを想定してないようだ。


 もし集団だったなら、俺が一匹片付けている間に他のゴブリンが仲間を呼んでいたことだろう。


 敵地に侵入した場合は、隠密行動がセオリーとなっている。本当なら先程のゴブリンの死体も隠さなければ、侵入したのがバレる可能性があった。


 あまり派手に動き回ると侵入に気付かれることは分かっているが、今は一刻も早くゴブリンロードを見つけて倒してしまいたい。


 なるべく急がなければ、ムサシの身が心配だ。あいつがゴブリンの大軍を相手に、どこまで保つか分からない以上、できる限り早くことを済ませなければいけない。


 焦燥感に駆られたながら、更に加速する。けれど俺はこの洞窟の内部構造を知らなかったため、何度も行き止まりに出てしまい時間を無駄にしてしまう。


 ――そして、何度行き止まりで引き返したのか分からなくなり始めた頃。


「やっと見つけた……」


 そこは先程までの狭い通路と違い、開けた場所だった。


 視線の先には、ゴブリンの特徴である緑の体色を持つ巨体がいた。間違いない、あの巨体はゴブリンロードだ。


 俺の気配に気付いたのか、背を向けていたゴブリンロードがこちらに振り向く。


『……何者ダ?』


「……本当に喋るのか」


 ゴブリンロードは他のゴブリンと違い、意思疎通できる程度の知恵はある。昔読んだ資料に書いてあった通りだ。


 知識として分かってはいたが、喋る魔物というのはかなり珍しいので少し驚きだ。勇者時代も喋る魔物は、片手で足りる程度の回数しか会ったことがなかった。


『モウ一度問ウ。何者ダ?』


「俺の名前はアルバ。……まあ、簡単に言えばお前の敵だ。ゴブリンロード!」


 次の瞬間、俺は地を蹴り駆け出した。容赦のない全速力だ。


 当然ながら、ゴブリンロードは俺の動きを目で追うことすらできてない。


 速度に身を任せて、勢いを維持したままゴブリンロードの右足を剣で斬り落とす。


 遅れて、巨体に相応しい夥しい量の血が傷口から溢れ出す。


『グ……ッ!』


 ゴブリンロードが苦悶の声を漏らし、片膝を地面についた。


 ……終わったな。あの巨体では、もう片足じゃ立つことすらままならない。まだ腕は動くだろうが、移動するための足があれじゃもうダメだ。


 それにこの部屋は俺にとってはそれなりの広さだが、ゴブリンロードの巨体では少し手狭に感じるだろう。つまり何が言いたいのかというと、ゴブリンロードには逃げ場がないということだ。


 少し良心が痛むが、ムサシのこともある。あとは煮るなり焼くなり好きにさせてもらうとしよう。


『……コレデ終ワリトデモ思ッタノカ?』


 ゴブリンロードが、その醜い相貌を更に醜悪に歪めた。


 次の瞬間、斬り落としたゴブリンロードの足の傷口が、ゴボゴボと音を立てて赤く泡立った。


「おいおい、冗談だろ……?」


 突然のゴブリンロードの異変に、思わず引きつった笑みが浮かぶ。


 目の前のゴブリンロードに起こっている現象には、見覚えがある。これは……、


『残念ダッタナ。俺ハマダヤレルゾ』


 泡立っていた傷口から、瞬く間に新たな足が生えてきた。これは間違いなく再生能力だ。


 再生能力は魔法による回復とは違い、魔物が持つ特性の一つだ。魔力だけを消費する魔法と違い、再生能力は体力と魔力を大きく消耗するが、その二つが続く限りは再生を続ける。


 かつて魔王のような一部の力ある魔物は持っていたが、まさかゴブリンロードが持っているとは驚きだ。これも短期間で成長した特殊個体だからこそなのだろうか?


 しかし参ったな。ゴブリンロードに再生能力があるとなると、この戦いは持久戦になってしまう。さっさと片付けてムサシの加勢に行きたい俺としては、面倒なことこの上ない。


『次ハコチラノ番ダ……!』


 ゴブリンロードはその巨体に似合わぬ俊敏さで、飛びかかってくる。


 俺は迫りくる拳を横に飛び退くことで最小限の動きで回避し、ゴブリンロードの伸び切った腕を斬り飛ばす。


『グ……!』


 痛みに声を上げて後退るゴブリンロードだが、先程と同じように傷口から新しい手が生えてきたためあまり効果がないのが分かる。


 まあこれは予想していたことだからいい。それよりも問題なのは、


「クソ……」


 視線を手に持つ剣に落とし、苛立ちを言葉にする。


 最悪だ。剣は血に濡れて剣身が真っ赤に染まっている。しかも血と一緒にゴブリンロードの汚い脂肪までくっついたせいで、斬れ味は最底辺まで落ちているだろう。


 これは多少血を拭った程度じゃ、どうしようもない。この剣はもう使いものにならない。こんなことなら、替えの剣でも用意しとくんだった。


 しかしどうしたものか。武器が使えないんじゃあ、まともに戦えない。一応素手でも戦えないことはないが……俺はステゴロ主義ではないから遠慮したい。


「……そうだ、を使えばいいんだ」


 不意に、この状況を打開できる妙案が浮かんだ。多分これ以外にはないと思える、そんな案だ。


 この案に唯一問題があるとすれば、それは誰かに見られることだが、幸いこの場にいるのは俺とゴブリンロードだけ。


 つまり目の前のこいつさえ片付ければ、あれを使っても誰にもバレることはない。この場は、おあつらえ向きな状況だ。


 これからすることを決め、俺はゴブリンロードの脂肪に塗れた剣を鞘にしまう。


「――来い」


 そして剣をしまったことで空いた手を頭上にかざし、呼ぶ。


 俺の呼びかけに呼応するように頭上の空間の一部が歪み、そこから一振りの剣が俺の手元に落ちてきた。


 黄金色に輝く美しい剣だ。しかし初めて見た者なら、実戦向きの武器ではないと思うことだろう。美術品として扱われている方が自然だ。


 俺も初めて目にした時は、同じ感想を抱いたものだ。


 確かに一見すると武器にしては派手ではあるが、これは勇者の証である聖なる剣――聖剣だ。


 こうして手に取るのは実に二年ぶりだが、相変わらず信じられないほど手に馴染む。


『厶……ッ』


 黄金色の輝きを目にしたゴブリンロードが、顔をしかめた。


 きっと聖剣の力を肌で感じ取ったんだろう。聖剣には魔を払うための力が備わっているから、魔物にとっては天敵と言ってもいい存在だ。


『……何ダ、ソレハ?』


 ゴブリンロードが問う。その声音には、明らかな怯えの色があった。


 聖剣の放つ光は弱い魔物なら当たるだけで消滅するが、流石はゴブリンロードと言ったところか。嫌悪感を覚えてはいるが、身体が消滅するようなことはない。


「わざわざ教えてやる義理はないな。それより、こっちは急いでるんだ。悪いけど、さっさと決着をつけさせてもらうぞ」


『舐メルナ……!』


 ゴブリンロードが吠えると同時に、こちらに突貫してくる。


 直線的で読みやすく、避けることは簡単な攻撃だ。


 しかし俺はあえて避けることなく、正面から受けて立つことにした。


 体格差を鑑みても質量は向こうの方があるから、このままぶつかり合えば競り負けるのは俺の方だ。


 それを分かった上で俺は逃げることなく、聖剣と突貫しながらゴブリンロードの繰り出した拳がぶつかり合う。


『――グアアアアアアアア!』


 一瞬の交差の後に、ゴブリンロードが悲痛な叫びを上げた。ゴブリンロードの思わず耳を塞ぎたくなるほどの叫びが、ビリビリと洞窟内に響き渡る。


 敵である俺の前だというのに隙だらけの姿での傷口に無事だった左手を当て、うずくまっている。


 尋常ではない苦しみ方だ。先程までとは違い、なくなった腕が再生する気配もない。


 これが聖剣の力だ。常時に放たれている光だけでも弱い魔物を消滅させる力があるのだ。直接触れれば、ゴブリンロードと言えど無事では済まない。


『貴様ァ……!』


 痛みに苦痛の表情を顕にしながら、怒りの込められた瞳で睨め付けてくる。


「どうした、来ないのか? ならこっちから行くぞ!」


 今度は俺の方から斬りかかる。狙いは確実に息の根を止められる頭だ。


 地面を蹴り、一瞬でゴブリンロードに肉薄する。


 しかしゴブリンロードは俺の狙いを瞬時に察したらしい。咄嗟に無事だった左腕を盾にして、即死を免れた。


 ただ、その代償は決して安くはなかった。残っていた左腕が消し飛んでしまう。


『グウウウ……』


 ゴブリンロードが唸る。ゴブリンロードの表情は、この上ない恐怖に彩られていた。


 二度も腕を消されたのだ。しかも再生しないとなれば、当然の反応だろう。


 両腕を失ったゴブリンロードには、もうまともに戦う手段が残されていない。


 まだ逃げるための足はあるが、俺……というよりは聖剣に対する恐怖からか、全身を震わせて立つことすらできない状態だ。


 抵抗すらままならない相手に手を下すのは、例え相手が魔物であろうと胸が痛むがこれは命懸けの殺し合いだ。


 ――せめて苦しまないように。


 そう願いながら、俺は容赦のない一撃を振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る