VSムサシそのニ
ムサシの縮地は、とても恐ろしい技だった。
ムサシの言う通り、タネが分かったところでやすやすと対処できるような技ではなかった。
斜めの動きで視界から外れているなら、消えた直後斜めに視線を落とせば問題ないと思っていたが、それはどうやら甘い考えだったらしい。
ムサシの動きは洗練されたもので、目で追おうとしても視線を斜めに動かす前にムサシは俺の前まで来ている。多分ムサシが言っていた歩法とやらのおかげだろう。
おかげでこっちは防戦一方だ。
だが何度も縮地による強襲を受けている内に、一つだけ分かったことがある。それは、
「何……!?」
「やっぱりか……」
縮地でまるで魔法のように眼前に現れたムサシに、俺の方から攻撃を仕掛けた。
ムサシが縮地を使い始めてから、初めて俺から攻めた。
これには流石にムサシも動揺を隠し切れなかったようだ。大きく目を見開き、慌ててその場を離れる。
「……どうして某の現れる場所が分かった?」
わざわざ答える義理はなかったが、先程俺に縮地を教えてくれたこともある。答えてやろう。
「別に難しいことは何もしていない。ただ、お前が縮地で現れる場所を予想しただけだ」
「予想しただけ……ははは、簡単に言ってくれる」
縮地からの攻撃。一瞬とはいえ相手の視界から消えるというのは、大きなアドバンテージだ。ムサシほどの実力なら、一瞬あれば色々な攻め方ができたはずだ。
にも関わらず、ムサシは正面からしか攻めてこない。背後に回ることもない。
このことから導き出せる結論は、一つだけだ。
「なあムサシ。もしかして、縮地はまっすぐにしか移動できないんじゃないか?」
「……正解だ。よく分かったな、アルバ殿。実は縮地で使う歩法は、重心を前にやることが肝となっていてな。正面の移動しかできないのだ」
ムサシが俺の答えを素直に肯定した。
多分、元々同じ相手に多用するような技ではないのだろう。きっと初見殺しの類だ。
それをこう何度も使われれば、バカでも対策の一つや二つくらいは考える。
「よく見破ったな。流石はアルバ殿だ」
「別に褒められるほどのことじゃない。あれだけ同じ技を見せられれば、誰だって分かる」
「そう謙遜することもあるまい。不利な状況で冷静に分析するのは、そんなに簡単なことではない」
こんな状況でも俺に対する過大評価をやめようとしないのは、ムサシらしいと言えばムサシらしい。
「それで、どうするつもりだ? まだ続けるつもりか?」
縮地はもう俺には通用しない上に、普通にやり合っても身体能力で勝る俺の方に軍配が上がる。
とてもではないが、ムサシに逆転の目はない。もしもう打つ手がないのなら、これ以上やって無駄だ。
ムサシだって引き際くらいは弁えているだろう。
「まさか! これからが楽しいのではないか!」
楽しげに言うムサシの瞳から、戦意が消えていないことが嫌というほど分かる。むしろ、戦いを始める前よりも昂ぶってないか?
「とはいえ、このままでは某に勝ち目はない。……某も奥の手を出すとしよう」
そう言って、ムサシは刀を腰の鞘に収めた。そして、ムサシは腰の鞘に収めた刀の柄を握り、体勢を低くして構える。
同時に、ムサシを取り巻く空気が劇的に変化した。
「…………ッ」
見ただけで分かる。あれはヤバい。
具体的にどうヤバいのかは説明できないが、まず間違いなく先程までのムサシとは別格だ。
「どうしたアルバ殿? 来ないのか?」
ムサシが見え透いた挑発をしてくるが、迂闊に乗るような真似はしない。
なぜなら、俺の勇者時代に培われた勘が、今のムサシに対して危険信号を発しているからだ。
とはいえ、何もしないわけにもいかない。
ムサシがどう動くのか、確認の意味も込めて足元に転がる石を拾い、投げる。
七割程度の力での投擲だ。ムサシならどうとでも対処できる。
しかし投げられた石が、ムサシの射程圏内に入ったところで突然消えた。
まるでムサシの縮地のようだが、あれはあくまで消えたように見えただけ。投擲した石のように、本当に消えたわけじゃない。
いったい何をしたんだ? 一瞬のことで何も分からなかった。
「――そういえば、アルバ殿には某の恩恵を教えたことはなかったな」
何が起こったのか理解できず戸惑う俺に、ムサシは縮地を教えた時と同じように口を開く。
「某の恩恵は、『抜刀術A』というものだ」
「バットウジュツ?」
聞き覚えのない言葉に、首を傾げる。
「ああ、アルバ殿に抜刀術の話はしたことがなかったか。抜刀術は鞘から刀を抜き、一撃必殺の一振りを放つ技だ」
「……つまり今石が消えたのは、お前の恩恵の『抜刀術』を使ったからってことか」
「その通りだ」
聞いた限りだと、抜刀術とやらは最初の一撃に重きを置いた技のようだ。
不用意に近づくのはあまりにも危険すぎる。ムサシの抜刀術を見極めるためにも、もう少しだけ向こうの動きを確認しよう。
再度足元の石を拾い上げ、ムサシめがけて投げる。
石はムサシの方へ吸い込まれるようにまっすぐ飛ぶが、やはりムサシに届く前に消え去った。
しかし、今度は見えた。見えたはしたが……早すぎる。あまりの早さで、かろうじて目で追えた程度だ。
俺の目が確かなら、ムサシは石が射程圏内に入り込んだと同時に、目にも止まらぬ速度の抜刀術で石を何百回も斬りつけた。
結果、石は目視不可能なサイズまで斬り刻まれた。最初に投げた石は消えたように見えたが、実際のところは目に見えないほどの大きさまで細切れにされただけだったらしい。
「化け物かよ……」
恩恵の力もあるとはいえ、明らかに人の出せる速度じゃない。
……こいつ、本当に人間なのか? 実は新しい魔王とかじゃないよな?
「どうしたアルバ殿? 来ないのなら、こちらから行かせてもらうぞ!」
吠えながら、ムサシが刀を横凪に一閃する。
とてつもない早さの抜刀術だが、この距離では刀を振るったところで距離的に届かないから意味はない。
ムサシの意図が分からなかったが、あいつが無駄なことをするとは思えない。
嫌な予感がしたので、慌てて横に飛び退く。
直後、俺が立っていた地面を何かが斬り裂いた。
「どんどん行くぞ!」
更に数回の抜刀。そして抜刀に合わせる形で飛んでくる見えない攻撃。
抜刀のタイミングに合わせてこれを避けると、俺のいた場所にできる斬り裂かれた地面。
最初は得体の知れない攻撃に肝を冷やしたが、少し観察すればその正体はあっさりと分かった。
信じられないことだが、ムサシは抜刀によって斬撃を飛ばしているのだ。
普通はできることじゃない。超高速の抜刀術だからこそ、なせる技なんだろう。
言うなれば、これは飛ぶ斬撃といったところか。幸いなことに、軌道は読みやすく簡単に回避できる。
だが回避してるだけじゃ、決着は永遠に着かない。
勝ちを狙うなら、ムサシの抜刀術を破らなければいけないが、正直なところかなり難しい。
確かに注視すれば抜刀の動きは目で追えはするが、それもかろうじてだ。動きながらとなると、かなり厳しい。
しかも仮に両立ができたところで、目で見てから動いて回避できるほど、ムサシの抜刀術は甘くない。まず間違いなく間に合わない。
となると、俺の取れる選択肢は限られてくるわけで……。
「やるしかないか……はあ」
自分の取った選択に、溜息が自然と漏れる。
世の中は平和になったってのに、どうして俺だけこんな危ない橋を渡らなくちゃいけないんだか。何か無性に泣きたくなってきた。
手にしていた剣を鞘にしまう。
戦いの最中に武器をしまうなど、普通に考えてあり得ないことだ。正気の沙汰じゃないと言われてもおかしくない。
実際、抜刀の構えをしているムサシは怪訝な顔をしている。
だが俺はそれに構うことなく、ムサシの方へ駆け出す。
道中ムサシが斬撃を飛ばしてきたが、それらは軽々と避けながら前へ前へと進む。
あと一歩でムサシの射程圏内に入るといったところで、背中にゾクリと悪寒が走った。
勇者時代に何度も感じた死の迫る感覚が、俺に襲いかかったのだ。
二年ぶりだというのに相変わらず不快極まりない感覚だが、それでも俺は歩みを止めない。
そして俺がムサシの射程圏内に収まったところで、ムサシは動き出した。
俺の命を狩り取ろうと、これから刃が迫ってくるだろうが、俺はそこであえて目を閉じた。
別に俺は、目を閉じても周りが見えるといったようなことはない。だがそれでも固く閉ざした瞳を開きはしない。
――ムサシが刀を握った手を振り抜いた。
左腰から右肩の辺りにかけて、刀が軌跡を描く。
ついで、斬られた俺の腹から夥しい量の血が溢れる――ようなことはない。
「……お見事、と言っておくべきか? アルバ殿?」
ムサシは構えを解いて、苦笑を浮かべてた。
「某の抜刀術をどのようにして破るのかと思っていたが、まさかこのような方法とはな。アルバ殿は本当に人間か?」
「お前に言われたくない。それに、こっちは一歩間違えば死ぬところだったんだぞ?」
チラリと、ムサシが手に持つ刀を見る。
ムサシの刀は、刀身が半ばからへし折れていた。刀身の上半分は、ムサシの足元に転がっている。
ムサシの武器をこんな風にしたのは、俺だ。
――二回の石の投擲で、俺ではムサシの刀が不可避であることは分かっていた。だから、回避することは諦めた。
代わりに、全神経をムサシの抜刀に備えることに費やした。剣をしまい、目を閉じたのもその一環だ。
視覚を封じることで、他の感覚をより鋭くするのが目的だった。
そして射程圏内に入り、ムサシの刀が俺の皮膚に到達したところで、勇者としての身体能力を全力で駆使して、ムサシの刀が俺の胴体を両断する前に力任せに叩き折った。
説明してみると簡単そうに聞こえるが、実際のところは少し対処を間違うだけでこっちが殺されかねない荒技だ。
刹那の時間ではあったが、俺にとっては永遠にも等しい一時だった。
勇者である俺の身体能力ならいけるとは思っていたが、できることなら二度としたくはない。
「それでどうする? まだ続けるか?」
ムサシにはまだ抜いていない刀がある。それを使えば、まだ戦いは続けられる。
しかしムサシは首を横に振った。
「いいや、奥の手を破られた以上は某の負けだ。やはり某の見込んでいた通り、アルバ殿は強かったな」
折れた刀をしまい、両手を上げて降参の意を示すムサシ。
負けを認めたのに、彼の顔は負けた人間のものとは思えないほど晴れやかだった。
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