異国からの来訪者

 レティと暮らし始めてから、約一ヶ月がすぎた。この一ヶ月は特に大きな問題が起こることもなく、とても穏やかにすごしていた。


 ここ最近は特筆すべき出来事はなかったが、小さな変化ならあった。主にレティに関することだ。


 街に来た当初は王族という身分もあって周囲から避けられていたレティだが、今ではそれが嘘だったのではないかと錯覚するほど街の人たちと打ち解けている。レティの誰でも分け隔てなく接する性格のおかげだろう。


 そのせいか、最近は俺まで知らない人から声をかけられることもある。まあ話の内容はレティ関連のことだけだが。


 最近ではレティのファンクラブまで作られたらしい。もちろん本人はファンクラブの存在など知らないが。


 ブリュンデ王国における王族は、とても人気の存在だ。どれぐらい人気なのかというと、王都では国王夫妻はもちろんのこと王子や王女一人一人にファンクラブまで結成されるほどのものだ。


 ファンクラブの会員は老若男女身分を問わず、様々な者がなっている。


 しかも形だけの適当な集団ではなく、会員たちで厳しい規律も設けているとのことだ。噂では会費まで徴収してるらしい。彼らの本気度がよく分かる。


 ちなみに、レティを含めた王女様たちのファンクラブの会長は、全て国王が務めているらしい。実に親バカなあの方らしいことだ。ここまでくると、いっそ清々しさすら感じてしまう。


 まあそんな感じで多少面倒なことはあるものの、レティは俺以上にこの街に馴染んでいた。


 この一ヶ月の間に起こったことを思い返しながら、俺は冒険者ギルドに向かって歩いていた。理由はもちろん、日課の薬草採取のためだ。


 いつも通り軽い足取りでギルド内に足を踏み入れる。冒険者たちの視線が俺に集まったが、それも一瞬のこと。すぐに興味を失い、全員視線を俺から外した。


 これまでなら、薬草採取しかしない俺をバカにする言葉の一つでもかけられていたものだが、今はそれがない。レティが来てまだ一週間ぐらいだった頃にも同じようなことがあったが、今回のはあの時とはまた違った理由だ。


 今の状況の理由は、実はレティにあったりする。


 少し前のことだが、レティがギルドを見てみたいと言い出したことがある。ギルドを見るぐらいなら構わないだろうと思い、俺はレティを伴ってギルドに行った。


 ただ問題だったのは、その時のギルドにはこの街の冒険者ほぼ全員が揃っていて、皆レティに見惚れ彼女の美しい容姿の虜になってしまったことだ。ガラが悪く強面な冒険者たちのだらしなく緩んだ顔は、見ていて中々気持ち悪いものだった。


 この日を境に、他の冒険者たちに絡まれることはなくなった。俺を害すれば、レティに嫌われるとでも考えているんだろう。俺に媚を売ろうとする連中まで現れる始末だ。


 あまりにも手のひら返しな態度は気味が悪かったが、これで今後面倒なのに理不尽に絡まれることはないって考えると割と悪くはないかもしれない。


 ギルド内を進みながら軽く見回してみると、かなりの数の冒険者が集まっていることが分かった。しかも全員魔物を目の前にしたわけでもないのに、目が血走っている。


 ギルドは毎日朝になると受付カウンター横のボードに、ギルド職員が新しい依頼書を貼って更新する。恐らく彼らは、これから出てくるであろう新しい依頼書を今か今かと待ち望んでいるんだろう。


 冒険者は時に命を失うこともある危険な仕事だ。当然、彼らはそのリスクを分かった上で冒険者という仕事を選んだ。


 とはいえ、命あっての物種。冒険者になるリスクは承知の上であると言っても、危険な目に遭うのは避けたいと思うのが普通だ。


 だから彼らは少しでも危険が少なく、それでいて割のいい依頼書を我がものにしようとこうして朝早くからギルドに集まっている。そのため依頼の取り合いでケンカが起こることも珍しくない。


 余談となるが、一定期間受けられることのない依頼は緊急性のものなら他所の冒険者ギルドから応援を呼び、そうじゃないのなら誰かが受けるまで放置されるそうだ。


 新しい依頼書は、丁度今ぐらいの時間に貼りだされる。普段の俺なら依頼書の取り合いで受付が混む前に依頼を受けるが、今朝は少し出るのが遅れてしまった。


 なので巻き込まれる前にさっさと薬草採取の依頼を受けようと、早足で受付に向かう。


「――頼もう!」


 威勢のいい声と共に、突然大きな音を立てて扉が開かれた。


 扉の向こうから現れたのは、この辺りでは見かけない黒髪と変わった服装の男だった。もしかしたら異国出身なのかもしれない。


 年齢は大体二十歳ぐらい。少年というよりは、青年という言葉の方がしっくりくる感じだ。


 俺も含めてギルド内の人間全ての視線が男に集まるが、当人は大して気にした様子もなく名乗りを上げる。


それがしの名はムサシ=ササキ! 強き者を求め、ここより遥か東の小さな島国から海を渡ってやってきた武士である!」


 外見で大体予想ついていたが、やはり異国の人間だったか。しかし遥か東の国とは、また随分と遠くから来たものだ。


 武士という言葉は初耳だが、恐らく騎士なんかの類だろう。腰に差してる変わった柄の剣が、その証だ。


「誰か某と戦いたいという強者はいないか? 某はいつでも準備はできているぞ?」


 ムサシと名乗った男はキョロキョロとギルド内を見回すが、誰一人応じる者はいない。


 それも当然のことだ。ここにいるのは冒険者。魔物と戦うことを生業とする者たちだ。そんな彼らが、わざわざ金にもならない人間相手の勝負を受けるわけがない。万が一ケガをすれば、仕事に支障をきたす可能性だってある。


「むう……誰もいないのか?」


 誰も応じないことに不服な様子の男。わざわざ遠い国からやってきたというのに、ちょっと可哀想だ。


 まあだからといって、あの男の望み通りに挑戦してやるつもりはないが。


「そこの御仁。どうだ? 某と一手死合わないか?」


 誰も挑まないことに業を煮やしたのか、近くにいた冒険者に声をかけ始めた。


 しかし結果は俺の予想した通りで、声をかけられた冒険者は男の申し出をあっさりと断った。


 男はガクリと肩を落としたが、すぐさま気を取り直してまた別な冒険者に話しかける。強者を求めて異国から渡ってきてだけあって、簡単には諦めない。


 根性は認めてもいいが、現実とは常に思い通りにならないもので誰一人として男に応じることはない。


 しばらくその光景を眺めていたが、俺まで標的にされても面倒だ。さっさと薬草採取の依頼を受けてこの場を去ろう。


 そこまで考えて動き出そうとしたタイミングで、男は狙いを俺に定めた。ニコニコと人のいい笑みを携えて、こちらに近づいてくる。


「そちらの御仁はどうかな? 某と一死合――ほほう、これはこれは」


 先程までの笑みは消え去り、代わりに鋭い瞳で値踏みするように俺の全身隅々まで視線を巡らせる。


「な、何だよ? 俺は男にジロジロ見られて喜ぶ趣味はないぞ?」


「はっはっは、ご安心召されよ。某にもそのようなおかしな趣味はない」


 と言いつつも、男の視線は俺の身体に釘付けだ。正直、気味が悪い。


「……いやはや、まさかこんなに早くこれほどの力を持つ者に出会えるとは、某はなかなかの幸運のようだ。……失礼、お名前を聞いてもよろしいか?」


「……アルバだ」


「そうか、アルバ殿というのか。すでに聞いているとは思うが、某も改めて名乗らせてもらうとしよう。某の名はムサシ=ササキ、異国の武士である。気軽にムサシとでも呼んでくれ」


「あ、ああ……」


 先程同様の名乗り。どうして改めて名前を名乗るんだ?


「アルバ殿、某の見立て通りならお主はこの中で一番強いのではないか? もしそうなら、是非とも一手死合っていただきたい」


 ついさっきまで軽い調子で冒険者に声をかけていた時と違い、男――ムサシは深々と頭を下げて頼み込んできた。


 ギルド内に一瞬、静寂が生まれた。しかし次の瞬間には、そこかしこで特大の笑い声が発生した。


「おいおい兄ちゃん、今何て言った? アルバの奴が一番強い? いったい何の冗談だよ、なあみんな?」


 近くにいた冒険者の一人が、ニヤニヤとしながら同意を求めるように他の冒険者に訊ねた。


 当然の如く全員意見は同じで、ムサシの言葉を戯言と受け取られてしまった。


 まあこの結果は分かり切っていたことだ。第一、何を根拠に俺が一番強いなんて言い出したんだ?


「むう、そうなのか? しかし某の武士としての本能が、アルバ殿は相当の手練だと訴えているのだがな……」


「武士ってのがどういうものかはよく分からないけど、俺は万年Eランクの落ちこぼれ冒険者だ。残念ながらお前の言うような強者じゃない」


 それだけ言ってムサシに背を向け、今度こそ受付に向かった。


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