2-14 俺たちの関係は更なる混沌へ

「好きな人います?」


 完璧にやらかした。佳那芽さんすらも「え、告白じゃないんかい」と言いたげな顔だった。これは軽く死ねる。


「……巽君?」


「待ってください。言いたいことはわかるんです。わかってるんです。でも重要じゃない? 恋してる相手が恋してるかってこと」


「や、まあそうだけど……」


 不満そうに言っている割に、佳那芽さんはどこか安心したような表情をしているように見えなくもない。それを見て、無理なのかなって思ってしまう。肝心な所で一番やっちゃいけないことをやらかし、多くを失ったが、得たこともあるはず。


「好きな人はいますか」


 今度は濁すような言い方でなく、しっかりと目を見て問う。


「…………いないよ」


 佳那芽さんは長めの沈黙を経て、そう答えた。脈なしだな。今の段階じゃ。そう、今の話。もしかしたら変わるかもしれない。

 俺は自己評価に、案外しつこいを追加しておくことにした。


「俺は佳那芽さんが好きです」


 不意を突かれた佳那芽さんは少しだけ、頬を赤く染める。あたふたしてるの可愛いな。


「えっと、ごめんなさい?」


「何故に疑問形。あとちょいと待ってほしい。断られて今心折れそうだから。ふう……よし」


 このタイミングしかないからな天篠巽。逃がすな。じゃあ友達のままねってさせるな。恋の駆け引きの場に引きずり込め。


「チャンスが欲しい。佳那芽さんを惚れさせるチャンスを」


「……へっ!?」


 きっと予想外だったんだろう。佳那芽さんはかなり混乱しているようだ。よし畳みかけろ。俺が恥ずかしさと己がきもさで死んでしまわぬうちに。

 いつの日か、あいつが言った言葉。使わせてもらう。


「勝負をしよう」


「しょ、勝負」


「佳那芽さんは俺に惚れたら負け。佳那芽さんが勝ったら何でも言うことを聞く。期間は、二年生の間。どうだろうか」


 どうだろうかじゃねえだろお願いしますだろ。ああくそてんぱってる佳那芽さんにつられて俺も混乱してきたぞ。後死にそう。


「だから、その、俺にあなたを攻略する時間をください」


 この言い方は彼女にとって結構わかりやすいものだったようで、混乱している様子が徐々になくなっていく。これって乗ってくれなかったら終了だよな。その可能性にびくびくと震えながらも返事を待った。


「……いいよ」


「いいの?」


「うん」


「……無理はしなくてもいいんだよ?」


「いいや、してないよ」


「そう? 本当に?」


「あんだけずかずか言ってきてたのにいきなりしおらしくしないでよ!」


「ごもっともでございます!」


 俺はありがとうと申し訳ないという意味を込めて頭を下げる。佳那芽さんにとってメリットのない頼みだ。断られてもおかしくなかった。なのにこう了承してくれた。天使か。いや天使だわ。


「まあその、楽しみにしとくね」


「ああうん、頑張ります」


 ひとまず、良かった。後は好きの気持ちを素直に伝えつつ、何かしら好感度を上げるイベントをこなすだけだろう。ギャルゲーかよ。

 小さく、ため息が漏れた。それと同時にひゅうっという音が耳に入る。その音につられるように空を見上げた瞬間、星空のキャンパスにカラフルな華が咲き誇る。


「綺麗だね」


 佳那芽さんは花火を見ながらそう感想を述べる。それに対して、俺は返事を少し考えて。


「……君の方が綺麗だよって言う場面だったりする?」


「彼氏彼女じゃないから普通にきもくない? 彼氏彼女でも場合によってはきもいけど」


「ぷー、ぶっ刺してくるねぇ。まあ同意なんですけどね」


「でしょ? それはそうと本心? それ」


「いやまあそりゃ佳那芽さんの方が綺麗だなと思ってるよ」


 言ってて恥ずかしさが襲ってき、軽く顔を逸らしてしまう。それに佳那芽さんが目ざとく反応する。


「照れてるの? 可愛いじゃん」


「やめて、可愛いは誉め言葉にならないから。ほんと、嬉しくなんかないんだからね!」


「いや超照れてるじゃん」


 腹を抱えて笑う佳那芽さん。これ逆に攻略されてるのでは。もう好感度マックスだから必要ないけどなあ。


「でもま、嬉しいよ。そう言われて悪い気はしないね」


「さようですか」


「……期待してるね」


 小さく呟かれた彼女の言葉に、花火が空気を読まずに被せてくる。聞こえたけれど、俺は何て言えばいいのか少し迷った。そして迷った末、俺は——


「……任せて」


 花火に被せるつもりはなかった。何なら花火が落ち着いた一瞬を狙ったつもりだったが、俺の声は綺麗にかき消されてしまった。

 ぬーん、せっかくカッコつけたのに。

 軽くしょぼんとしつつも綺麗な光景を目に焼き付ける。夜空に咲く華とそれに照らされる美しい君の姿を。

 花火は煌めきを増した数分後に沈黙し、以降見上げる空に咲くことはなかった。拍手が鳴り響いたのを聞いて終わったんだな、と実感する。もうすぐ夏が終わるんだな、とも。


「たーつみー!」


 俺を呼ぶ声がして、振り向くと玲司たちがこちらに向かって歩いてきていた。その中に雅さんもいる。てっきり帰るだろうと思ってたが。


「……へたれ」


 雅さんは俺の視線に気づい瞬間、そう毒づいた。うん泣きそう。


「今日は楽しかったな!」


 部長のその一言で一斉にみんなが部長の方を見た。締めの挨拶をするようだ。


「夏休みも残りわずかになったな。二学期は一学期以上に忙しいだろうから、体を休ませておけよ。それと、生活リズムが崩れている奴は戻しておくように。それじゃあ解散しようか」


「その前に、いいですか」


 手を挙げて、そういったのは意外にも正臣だった。なんのこっちゃと思っていると、正臣の視線が俺の方に向いた。


「ん? なに? 俺に用があんの?」


「はい。あの、合宿の時に相談した件で、天篠先輩やみなさんに言っておきたくて」


 ……俺はともかくみんな? まあ何かしらあるんだろ、知らんけど。


「ああ、あれね」


「それで今、決めたことを言いますね」


「ああうん。どうぞ」


 どうせ魅羅が滅茶苦茶いい案でも出したんだろうなあとか思いつつ正臣の言葉を待っていると、突如正臣は玲司の方を向いて、玲司に近づいて行く。えっ? 何故に玲司の方に?


「玲司」


「……どうしたの、正臣」


「天篠先輩を諦めてほしい」


「というと?」


 わけわからんことになっているが正臣は俺の味方なのかもしれない。玲司に諦めろって言ってるしな。うんうん。


「玲司じゃ天篠先輩に釣り合わない。でも俺なら天篠先輩に寄り添えると思う」


 んんんんん ?????

 あっれぇ? 何か方向性おかしくなぁい? ねえおかしいよね。大丈夫? これ最悪な方に曲がらないよね? 信じてるよ?


「天篠先輩は俺が貰う。だから玲司は潔く諦めて」


「なぁぁぁぁに言ってんの正臣ィ!?」


「うっそ三角関係!?」


「男だらけの三角関係とか誰得……いやいますね! 俺の好きな人とその友人さんは得しちゃうかな!?」


 実際佳那芽さんの瞳はキラッキラしている。おおう、もう世紀末かなぁ。雅さんはあんまりのご様子だがそれでも俺からしたら世紀末ですはい。ていうかそう言って玲司がはいわかりましたっていう訳がない。てういか逆に……


「面白いこと言うね、正臣」


 玲司はにっこりと笑みを浮かべているものの、メラメラと燃え上がるオーラみたいなのを感じる。だーめだ。更にやる気出ちゃってるよこれ。


「絶対に負けないよ、正臣」


「悪いけど玲司は負けるよ」


 メラメラと勝手に盛り上がる二人。もう無理。逃げよ。


「佳那芽さん帰りませんか。いますぐ一緒に帰りませんか。一緒に帰ろう? お願いします一緒に帰ってください! 今すぐに!」


「わかった、わかったから。土下座しなくていいから!」


「土下座は普通にきもいっしょ」


「みーちゃんとどめ刺しに行っちゃダメだよっ!」


 佳那芽さんが仕方ないなあと言いながら俺の手を引っ張ってくれる。


「今回は一緒に帰ってあげるけど、次からはちゃんとBLしてからにしてよ?」


「嫌だよ!? 流石に佳那芽さんの頼みでも嫌です!」


 佳那芽さんの歩く速度に合わせて歩いて駅に向かう。めちゃくちゃな状況になってしまったが、一歩前に進むことができた。ならまあ、後は心の持ちようだから俺がちゃんとしていれば何とかなるかな! そう思いたい今日この頃です。


 ***


 喧騒の中。ただ一人楽しそうに笑う影が一つ。


「面白くなるわよ、たっつん。ちゃんと、乗り越えなさいよ」


 ……でも、少しやり過ぎたかしら……?






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