2-3 いざ海合宿へ!

「今日も猛暑日になりますので、しっかりと暑さ対策をして、こまめに水分を取りましょう」


 テレビのアナウンサーの声を聞きながら、手早く家事を済ませていく。

 暑さ対策……帽子被ってけばいいかな?水分はコンビニで買っていけばいいか。

 あれやこれやと考えながら家事をしていると、残すは洗濯物を干すのみとなっていた。

 なので洗濯が終わるまでの間に俺は荷物の確認をするため部屋に戻る。俺が二階に上がると、咲哉が部屋から出てきた。


「あ、おはようお兄ちゃん」


「おはよう咲哉。荷物は用意できたか?」


「ばっちしだよ。お兄ちゃんも忘れものしちゃダメだよ」


「それが無いように今からまた確認するよ」


 そう言って咲哉の横を通り過ぎ、部屋に入る。部屋の端に置かれたボストンバッグを開けて最終確認を行う。念には念を入れて中身を全部出して詰め直しながらだ。

 事前に連絡された持ち物が全てあり、入れたことを確認し終え、リビングスペースに戻る。九時には集合場所である学校の校門前に行かなければならないので、八時半には家を出る。あと三十分程度。


「お兄ちゃん、何で洗濯機回してるの?」


「ん、母さんと父さん帰ってくるって言ってるから洗濯物の取り込み押し付けるんだよ。二人には言ってあるから大丈夫」


「そっか、ならおっけ。終わってるから出すよ?」


「ありがと」


「あとさ、お兄ちゃん」


「ん?」


「前髪戻さなくていいの?」


「前髪?」


 俺は手鏡で自分の前髪を見る。前髪をゴムで結び、まとめた髪を上に持っていってヘアピンで留め、おでこフルオープン。ああこれね、家事する時に前髪が邪魔にならないからいいんだよね~。

 ……やらかした。試しにヘアピンとゴムを取ってみると前髪が逆立って大変なことになっている。


「オーマイゴッドだわこれ」


「ぶふっ、もうそれでいいんじゃないかな」


「いや笑っちゃってますやん? もういい。いっその事おでこフルオープンで行ってやんよ」


 俺は前髪を結び直して元の通りにする。開き直りもまあ大事だ。水で直すという手もあるが、面倒くさいという気持ちが勝ってしまいました。


「まあそれなりに似合ってるからいいと思うよ」


「ならよし。さて、さっさと洗濯物干して行くか」


「早めに出ても損はないだろうしね。手伝うよ」


 さくやは鼻歌を歌いながら洗濯物を俺と一緒に干す。俺も俺でずっとわくわくしている。

 俺も咲哉も若干浮かれているかもしれない。でも仕方ない。待ちに待った海合宿当日なのだから。


 ***


 早めに出たこと家を出て五分で後悔する。暑い。途轍もなく暑いのだ。今日に限って空は曇一つなく、おまけに風もない。少しくらい曇ってくれてもいいのに。半袖半ズボンだから余計に直射日光が辛い。下を向く度黒いT-シャツに白い字で書かれた『お家大好き』の文字で涼しいとこに行きたいという欲求が強くなっていく。今更だけどくそダサくね? これ。まあ咲哉もジャージだしいっか。


「暑いね、お兄ちゃん」


「んね。もうぶっ倒れそう。これついても結構待つなぁ」


 腕時計で時間を確認した俺は項垂れる。流石に気合入れ過ぎた。


「お兄ちゃんあんまり外出てなかったから、その弊害かな」


「かもな。まあその代わり宿題終わったからいいかな」


「そこは切実に羨ましいよー」


「……まあ順調なのはまじで宿題だけだがな」


 俺は盛大にため息を吐いて、途中にあるコンビニに足を向けた。店内は寒いくらい冷房が効いている。火照った体が冷やされている実感があるが、また外に出た時の反動もでかそうだ。


「上手く行ってないの? 玲司さんと」


「なぜそこで玲司の名前出すかなあ。俺が好きなのはな」


「わかってるよ。黒い髪のショートボブの人でしょ? 朱野さん」


「ああうん。あれ? 咲哉に言ってた?」


「見たらわかった。お兄ちゃんの好きな人はこの人なんだなって」


「そんなもんなの?」


「そんなもんですよ、いつも見てきたんだから」


「咲哉、お前……なんかストーカーみたいだな」


「わー、言い方が酷過ぎる」


 俺が咲哉の言葉に感動したような表情を見せたからか、咲哉の返しに覇気が感じられない。


「んまあ、とりあえず飲みもん買って涼んだら行くか」


「そう長居はできないけどね、お店の迷惑になるかもだし」


「んだな。じゃあ飲みもん選びで悩むか」


「ふふっ、そうだね」


 そうして俺と咲哉はコンビニに十分ほど涼んで再度学校に向かった。予想通り、涼んだ分余計に暑く感じるという反動が襲うが、ぐっと耐えて歩く。こんなものに、負けてらんねぇ!


 ***


 学校にたどり着いた俺と咲哉は、校門から敷地内に少しばかり行った所にある木の日陰で待機していた。直射日光が当たるよりかはましだ。


「あ、玲司さんたちきたよお兄ちゃん」


「ん? ああほんとだ」


 玲司と魅羅、正臣の三人がこちらに歩いてくるのが見える。玲司に関して言えばこっちに向かって走ってきてるけど。

 俺は抱きつかんばかりの玲司をひらりと避けて魅羅と正臣によっ、と挨拶する。


「おはようたっつん。玲司の扱いが酷くなっていくわね」


「俺は天篠先輩の対応、正解だと思いますけど」


「二人は酷いなあ。まあそんなとこもいいけどね!」


「あーはいはい、ちなみにこの合宿玲司は放置気味で行くから」


「え!? どうして!?」


 玲司は顔色を変えて俺に縋り付いてくる。放置気味っつっても二日間だけじゃん。完全放置するとも言ってないし。


「やーまあせっかくの機会だから正臣と仲良くなりたいなって思っててさ」


「……とか言いつつ腐女子に玲司と天篠先輩のカップリングを見せないためとか考えてませんか? 天篠先輩」


「それもある。だけどそれはおまけ特典みたいなもんだ、本当に仲良くなりたいって思うよ」


「……なら、いいですけど」


「浮気だあ」


「え……浮気?」


 いつの間にか近くまできていた佳那芽さんがぽつりと呟く。その後ろでは瀬良さんがニヤニヤしてる。あーもうタイミングゥ!


「私巽君がそんな人だと思ってなかった」


「誤解! 浮気どうこう以前に付き合ってる人がいないもんって、言っててくそ悲しいんだが!?」


「何で認めないの? できてるって」


「何でも何も付き合ってないから! できてないから!」


「隠さなくていいじゃん……」


 しくしくと佳那芽さんは泣くふりをする。ええ、流石にそれずるくないですか?


「泣き真似しても流されないからね?」


「……ちっ……」


「やめて、マジの舌打ちはこっちが泣きそうになる」


「そーだよ、佳那芽。あんまり言っちゃかわいそうだよ」


 まだ不満がある様子の佳那芽さんを、瀬良さんが落ち着かせてくれる。おお、ちゃんとブレーキできるか心配だったけど、ナイスブレーキ今後にも期待が持てそうだ。


「……そんなに言っちゃうと堂々といちゃいちゃしずらい環境生み出しちゃうでしょ」


「なるほど、わかった」


「あ、なるほどそういう止め方ね」


 佳那芽さんを止めるにはBLを与えなきゃなんねえのか。与え方間違うと余計悪化するんじゃ……。あ、だから佳那芽さん、ストッパーに瀬良さんを選んだのか? 他の人は悪化させちゃうから。

 瀬良さんに頼る他ないのね、これ脅しのネタとかにされたらどうしよう。


『従わないなら佳那芽のことわざと暴走させるよ?』


 脅しが斬新過ぎる。従わないと! って感覚が全くやってこないし。


「それで、浮気だっけ」


「いや瀬良さん? なぜ掘り返すし」


「えっ、浮気!?」


 ええ、また? そう思いつつ声がした方を見ると、光と少し蔑んだ目をしている沙和ちゃんがいた。俺はすぐさま光のもとに走っていって、肩をがしっと掴む。


「誤解だ光。沙和ちゃん。俺付き合ってる人いないし、俺が好きなのは佳那芽さん一人だから。だから信じてくれ! 浮気なんてしてないから」


 佳那芽さんたちに聞こえないくらいの声で二人に言うと、光はそんなことだろうと思いましたと言って笑い、沙和ちゃんは蔑みの目を憐みの目に変えていた。待ってそれは悲しくなるからやめて。


「……頑張ってくださいね? 天篠先輩」


「泣かせにくるね、沙和ちゃん。ありがと」


 ああもう、目から涙が……憐みの目と頑張ってくださいのコンボはきついのでやめようね。


「お! 全員集まっているようだな!」


「あ、部長。おはようございます」


「む、天篠は何で泣いているんだ?」


「いえ、お構いなく。それよりも全員ですか? 魅羅、ルーシーさんは?」


 魅羅に尋ねると、残念そうな顔をして口を開いた。


「ルーシーは残念ながらこれないわ。バスケ部の合宿の方に行ったから。毎年七月中にやってた合宿が色々あってずらした結果被ったの。こっちにくるってすごい駄々こねてたわ」


「なんて運のないこと」


「まあアタシは少し助かったわ。いたずらで夜這い仕掛けられそうだし」


「あはは羨ましいなほんと」


「たっつん、初めの方はいいものよ」


「んあああ! 羨ましい!」


 惚気以外の何物でもない話を聞かされた俺は膝と手を地面につけうなだれる。


「巽君は宮原君がいるよ!」


「いるよ! じゃないよ、普通に蹴り飛ばすわ」


「そんな……」


「そろそろ話してもいいだろうか?」


 部長が声を張ると、一瞬にして場が静かになる。その様子を見た部長は満足げに頷いた。


「これより海合宿を始める。車がきたから乗り込むぞ!」


『おー!』


 若干のばらつきがあったものの、大体同じタイミングで言って校門の外までみんなで歩いて行く。そこには二台の車と二人の人物がいた。

 一人は洲野尾先生なのはわかったが、もう一人の男性が誰かがわからない。柔らかい笑みを浮かべているので悪い印象は全くないが。


「みんなに紹介しよう。彼は洲野尾鏡嘉きょうかさんだ」


「皆さんどうも、美穂子の夫の鏡嘉です」


 高めの声だが、しっかりとした力強さも孕んでいる声だと思った。なんというか、爽やかイケメンって感じだ。


「夫ですか」


「おいなんだ天篠。意外そうな顔だな?」


「ああえっと……」


「仕方ないよ、美穂子って外じゃツンツンしてるもん」


 なるほど、家ではデレデレなんですね! 元祖ツンデレって感じですね!


「うるさいなあ。それよりも車ん中の荷物ちゃんと整理したか?」


「後二列空くくらいには」


 そう言って鏡嘉さんは黒の車を指さした。助席には段ボールがひと箱あり、使えそうにない。


「とりあえず鏡嘉の車には男子、私の車には女子なんだが……助席が使えないとなると七人は狭いな。男子一人こっちでもいいか?」


「あ、それなら天篠きなよ」


「いやダメっしょ」


「いやきょどれよ、そこきょどれよ」


 ……あっぶねぇぇぇぇ! もしかしたら瀬良さんがなんて考えてたらマジで言ってきた! 予測してなかったら絶対きょどってた! 瀬良さん絶対きょどる俺見て楽しむつもりだったな、残念でした!


「まあまあ、光をそっちによこしますから」


「ちょ! 天篠先輩!?」


 ごめん光。沙和ちゃんが光にきてほしそうな目をしてたからつい。ちらともう一度沙和ちゃんを見ると、興奮気味な様子で親指を立てていた。ご満足していただけたようでよかった。


「俺も仁科で賛成だ! 俺や魅羅、玲司は体がでかい方だからな。天篠は何かやらかすかもしれん」


「ちょっと部長?」


「正臣は帰る方がましって言いそうだしな!」


「異議ありです。俺の部分異議しかないです」


「確かに適任は僕だけ……」


「納得しちゃったよ! もういいよ、それで!」


 俺は諦めて鏡嘉さんの車に行き、よろしくお願いします! と言って乗り込んだ。なんというか、締まりがないなと思う俺であった。

 まあ何がともあれ、海合宿がスタートした。そういえば前髪のこと誰も何も言わないけど、そんなに似合ってる?

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