2-2 こんなWデートは嫌だ!
七月二十九日を迎えた。今日は瀬良さんと佳那芽さんの買い物に玲司とついて行く日だ。待ち合わせは少し離れた、学校近くのショッピングモールよりも規模の大きいショッピングモールの最寄り駅に十時集合。
俺の最寄り駅からは十五分くらいで着くが、早めに行って待っていよう。俺はタンスから紺青の七分丈のズボンと青と白のボーダーのT-シャツ、靴下を引っ張り出して着替え、財布と携帯をショルダーバッグに入れて白黒のスニーカーを履いて家を出る。
ショッピングモールの最寄り駅に着いたのは九時四十分くらい。後は女子二人を待つのみ。駅の改札口は一箇所しかないし、近くのベンチにでも座ってよう。
俺は自販機で飲み物を買って、都度改札口の方を見ながらスマホをいじり待つ。
そして約束の五分前、瀬良さんと佳那芽さんがやってくるのが見えた。ひらひら手を振ると駆け寄ってくる。オーバーオールに白のノースリーブを合わせてる佳那芽さん可愛い過ぎか。あ、髪ハーフアップにしてる。超似合ってるなあ。
瀬良さんはへそが見える黒のトップスに白いシャツを合わせ、裾を結んでいる。下はサイドが編み上げのショートパンツで全体的に露出が多い。変わらず目のやり場に困る人だな。
「やあ、早いねぇ。天篠」
「おはよ、巽君」
「ああ、おはよう二人共」
「宮原君はまだなんだ。巽君より先にきてると思ってた」
「ん? ああ、玲司はいるよ。そこら辺とかに」
俺は視線を感じる植木の茂みを指差すと、ひょこっと飛び出してきた。
「天篠わかるんだ」
「いつしか玲司の視線がわかるようになってて自分でも怖くなりましたよ」
「愛がなせるわざだね」
「関係ないと思うなあ」
俺はそう呟きつつ、玲司に向かって手招きをする。するとベージュのズボンに紺のT-シャツを着た玲司はぴゅーんと駆け寄ってきた。犬かよ。口にするとそれはそれでとか言われそうなので絶対に言わない。
「それで、瀬良さんでしたっけ。初めましてですね」
「そうだねえ、よろしく。いいBLを見せてね」
「見せ物ではないですけどね」
玲司はにこにこと笑って瀬良さんを見る。ちょっと目笑ってないな。この二人のぱっと見では相性悪そう。
「まあいいや、早よ行こ。Wデートに」
「待って瀬良さん。それはどういうペアのWデート?」
「決まってんじゃん。うちと佳那芽と、天篠と宮原」
「なにその得してるの三人だけのWデート」
俺は予想通りの回答に顔を覆った。聞いた俺が馬鹿でした。すいません。
「まあまあ巽君。考え方次第で巽君にも得があるよ」
「どう考えたらそうんな考えに……」
はっ、待てよ? 瀬良さんと佳那芽さん……黒ギャルと優等生のカップリング? なーんだ、神カップリングか。
「おーけー百合ってことだな」
「天篠百合豚じゃん」
「二人だって腐女子だろう」
「否定しないよ。それよりも早く行こ」
瀬良さんは佳那芽さんと腕を組んでショッピングモールに向かう。若干瀬良さんが佳那芽さんを引っ張ってる感がまたいい。
「僕たちもする?」
「しない。行くぞ」
「はーい」
俺は即拒否して二人の後ろをついて行く。あーもー女の子同士でイチャイチャしやがって。いいぞもっとやれ。
***
店内に入り、服屋で物色している二人を俺と玲司は店外から見守っていた。初めはちゃんとついて行ってたんだけど、あまり相手にされないしついて行く必要はあるのかと思い、ないと結論付けたのだ。
「そういえば巽を覗き見してた時から思ってたけどさ」
「覗き見? ああ、待ち合わせの」
「そ。巽髪染めた?」
「あー、色違うのわかるか?」
「ぱっと見はわからないだろうね」
うんまあ、わかりにくいなら佳那芽さんに気づかれないのも当然という訳だ。
「染めてはないよ。元に戻ったが正しい」
「あ、元々その色なんだ?」
「まあな。てか知らないんだ。玲司は俺のこと全部把握してると思ってた」
「僕が巽を知ったのは中二の秋らへんだから。それより前のことはあんまりかな。例外は勿論あるけど」
中二の秋か。俺はこんな金髪イケメンに出会った覚えねえぞ。なんかそこから今までストーカーされてたと思うと怖いな。恐るべし隠密完璧ストーカー。
「戻した方がいいか?」
「戻せって言ったら戻してくれる?」
玲司は俺の頭にそっと触れて微笑む。俺はその手を優しく払った。
「相応の理由があればな。例えば似合ってないとか」
「んーん、僕は今の方が好き」
「ん、そーですか」
俺はちょっとした照れを隠すために佳那芽さんの方を見た。二人共こっちを見てニヤニヤしていた。うわあ、まじか。見られてたか。玲司も見れず佳那芽さんたちの方も見れずの状態になった俺は適当な方を向く。
男が二人、佳那芽さんたちを見てひそひそと何か話しているのを見てしまった。
「……玲司、行くぞ」
「……ああ、わかった」
玲司は俺が気にしたことがわかったようだ。彼氏でもないのにナンパ警戒とかおこがましいにもほどがあるのは百も承知だ。
「いい物は見つかった? 佳那芽さん」
「ん、いいカップリングは見せてもらったよ」
「ソウデスカ。……んーまあ、それならよかったよ……」
男たちは悔しそうな顔をしているように見えた。んー、明らかに玲司のこと見てるなあ~! 俺のこと眼中にないな! なんかくっそもやもやするなあ~!
俺はため息を堪えて代わりに静かにゆっくりと息を吐いた。落ち着け巽、こんなことで憤っても何も得るものはない。ただただ虚しいだけだ。
……悔しいな。負けたような感覚がそう思わせる。ああもう、より一層やる気が出てきたわちくしょう。
「……天篠ってさ」
「ん? どうしました? 瀬良さん」
「……んにゃ、真剣なんだなって」
「え、何が?」
瀬良さんは何だかつまらなさそうな顔をしているように見えたが、すぐに佳那芽さんといちゃいちゃしだしたので気のせいなんだろう。
その後数店舗服屋を回った後、水着売り場にやってきた。はてさて、佳那芽さんはどんな水着を選ぶのだろう。と言っても見れるのは海合宿当日になるが。
「佳那芽、これいいんじゃない?」
「それもう紐みたいじゃん。無理だよ」
「わかってるわかってる。佳那芽は露出少ない方がいいからねー」
「みーちゃんは新しいの買わないの?」
「ん、あれ気に入ってるからね」
入れない。間に入れる気がしない。いきなり横から『それ可愛いじゃん』とか言うの難易度高くないですか? 彼氏でもないのにいきなりどうした? とか言われそう。主に瀬良さんに。
「ねーねー天篠。佳那芽にどんな水着着せたい?」
「いや、なんで俺に振るんですか」
「意見聞くだけだし」
「ええっと、じゃあ……」
俺は店内を一瞥し、良さそうな物を見つけたので指さした。ふりふりの付いた白のオフショルダービキニを。いやだって黒髪美少女には白い水着じゃない? あと、単に清楚な感じを出すのではなく、可愛さも表に出したいのでフリル付きというわけです。
「天篠は王道選ぶね。青色のシンプルなビキニとかも合うくね? あとパレオもあり」
「んあわかる。わかるわ」
「妄想してるところ悪いけど巽きもいよ」
「はっ、いけね。てか妄想言うなし。似合うか似合わないか考えただけだし」
「わー日本語難しいネ」
玲司は手のひらを上に向けて肩をすくめながら片言でしゃべりだした。
「いやお前いきなりハーフ感出すなよ」
「だってハーフですし」
「まあこの綺麗な金髪が染めたようには見えないな。地毛感ある」
「……ありがとう」
玲司の髪を触りながらそんなことを言うと玲司は照れているのか顔を真っ赤にしてそっぽ向いた。あー、また二人が得することしちまった。いや、玲司も喜んでるのかな。
「こほん、とにかく。さっきのはまあ一意見として参考にしてもらえればと思うよ」
「うん、ありがと。参考にするねー」
まあ、それが選ばれるのは佳那芽さんが聞く前からそれが気になっていたとか、そういうのじゃないとないだろうな。基本的に何でも似合いそうなイメージあるし。
「それじゃあ選ぶから天篠たちは別のとこ見てて」
「了解しました。浮き輪見に行こうぜ玲司」
「はーい」
見ていたいのは山々だが、当日楽しみにするのも悪くない選択だと思う。
「そういや、玲司って泳げんの?」
「いや、僕はかなづちだよ。だから巽に教えてほしいなー」
「スパルタでいいならいいよ。あ、イルカ可愛い」
「スパルタは嫌だなあ。あ、僕シャチなら持ってるよ」
「ナイス。それじゃ持ってきてくんね?」
「いいよ。意外と子供っぽいねー、巽って」
「んー、まあ……子供になれなかった反動かねー」
だからって大人だったわけではないけど、と笑いながら続けた。玲司は深く掘り下げることをしなかった。空気を読んだだけか、はたまた知っているのか。そこまで個人情報を握っているとは思いたくないなあ。
「んまだから玲司には感謝しなくちゃいけないことが多いんだよな。学校が楽しかったり、子供っぽくいられるから。ありがとね」
「……ッ、うん! どういたしまして!」
「ま、勝負には負けてやらんがな」
「僕が負かすから大丈夫だよ」
「ははっ、言ってろ」
二人して声を出して笑う。でもすぐに周りに迷惑がかかると気付き、同じタイミングで口を結んだ。
「……出とくか」
「だね」
俺たちは店外で二人を持つことにする。玲司と合宿の夜にする遊びを話し合っていると、紙袋を持った佳那芽さんと瀬良さんが店から出てきた。
「お待たせ。ごめんね、待たせちゃって」
佳那芽さんが少し申し訳なさそうに言う。女の子の買い物は時間がかかるらしいが、かかった時間は三十分程度。もっとかかると思っていた俺は特に気にはしない。
「うんん、大丈夫だよ。可愛い水着いっぱいあったもんね」
「そうなの。三つに絞ってからが全然決まらなかった……」
似合う物が多いのも考えものなのだろう。俺はわからんけど。
「僕、ちょっとお手洗いに行ってくるね」
「おう、行ってら」
「あ、私も行っとこー」
佳那芽さんと玲司がトイレに行ってしまい、俺と瀬良さんだけが残る。
「天篠はトイレいいの?」
「大丈夫ですよ」
「……天篠ってさ」
会話続けるのか。いやまあいいんですけどね?ただ目のやり場に困るから面と向かって話しにくいってだけですし。
「何ですか?」
「佳那芽のこと好きなの?」
「え? ああまあ。好きですよ」
「ふうん、そっかぁ。さっき佳那芽、三つまで絞ってからが〜って言ってたじゃん?」
「そうですね」
やけにニヤニヤしているのは何でだ?途轍もなく嫌な予感がするんですけど。
「その三つ、全部試着してたよー。うちは全部見た」
「くっ、なんて羨ましい」
「そのうちの一つがえっちでさ。つい揉んじゃった」
何処を、なんて聞く必要は無い。何処を揉んでようが羨ましいことには変わりないからだ。
「なんて……なんてことを……どうでした? なんて聞けない!」
「聞かれても答えないけどね」
これは反応を楽しんでやがる……何という悪魔的行為だ! これ以上は耐えられないかもしれない。
なんて考えていたが、瀬良さんはひとしきり笑って、自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「ね、天篠」
「何です?」
「……」
「え? いやほんと何ですか?」
「やー、まずはうちにもタメで話してほしいなって」
難易度の高いことを……でも何を言おうとしてたのか気になるし、お望みのままと行きますか。
「……それで、他には何かあるの?」
「ああ、うん」
何やら言いにくいのか、瀬良さんは目を少しばかり泳がせてから、頬をかく。
「悪いことは言わないからさ、佳那芽のこと、諦めた方がいいよ」
「え、それってどういう――」
「お待たせ、二人とも」
間が悪い。単純にそう思った。でも問うことができたとしても、瀬良さんは答えなかっただろう。そう思えるほど、彼女は雑に視線を切った。
「ん、タイミング悪かったかな?」
「大丈夫だよ佳那芽」
「うん。世間話? をしてただけだから」
「そっか、ならよかった」
いつか、瀬良さんの意図が掴めるだろう。本当に諦めた方がいいのなら、それなりの根拠があるはずだし、今は無視だ。
「巽ー、お待たせ」
「まあ待ってないけどお帰り」
それから特に何もなく、お昼を食べて帰った。海合宿は目前。佳那芽さんとの心の距離、しっかりと縮めていこうと決意した。
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