1-17 嘘だと言ってくれないか……
目が覚めた。朝だ。スマホを見るとゴールデンウイーク明け、今日から学校が始まる。はて、いつの間に。さてはあれは夢だったのか。そりゃそうだ、あんなに可愛い子が男なわけがない。
俺はベッドから降りて顔を洗いに行き、いつものように家事を開始。テキパキとこなしていく。そしていつものように学校に向かう。校門を通ると、体育館の方から歩いてくる魅羅を見つけた。何か、前もあっちからきてたな。あの時は咲哉の件で頭が一杯だったが、今は余裕がある。
「よ、魅羅。おはよう」
「おはようたっつん」
「体育館に用でもあったのか?」
「え? ああ、まあね。ちょっと人と会ってきたのよ」
珍しい、のかな。いやまあ何だかんだで友達多そうだしな。不思議ではないか。
「……何かあった? たっつん」
「……わかる?」
「うーん、確証がないけど何か違和感があるなーって思った程度よ。それで、どうしたの?」
「うんまあ、ちょっとオチが酷い夢を見て、寝覚めが悪かっただけだよ」
やれやれと言った表情で言って見せる。いやもう本当にあれが夢じゃないなら何だって言うんだ。
「まあとにかくそういうことだから、しばらくしてたら落ち着くと思――」
「天篠先輩!」
女の子にしては低めな声。夢の中に出てきた女の子……基、男の娘の声が何故か聞こえる。でもこの世界男の娘なんていない。
希望を持って振り返る。すると、ズボンを履いた光ちゃんがいた。まあいるよね、女の子でズボン履く子。
「おはよう光ちゃん。光ちゃんはズボンなんだね」
「え? 男子はズボンですよね?」
「……」
あれ? まだ俺は夢の中にいる? あれれー、おっかしいぞー?
「あらひかちゃんじゃない」
「あ、魅羅先輩もおはようございます!」
「ええ、おはよう。たっつんと知り合いだったの?」
「この前のゴールデンウイーク後半で、不良から助けてもらったんです!」
生き生きと話す光ちゃん。楽しそうに会話する魅羅。俺の夢は何だかすごいなあ。リアリティが高すぎるんだよなあ。
そんな風に現実逃避していると、それを察した魅羅は俺をジト目で見る。
「……まさかたっつん、ひかちゃんが女の子だって思ってたわね?」
その通りでございます。
「違うの?」
「違うわよ。まあ確かによく間違えられているけれど、男の娘よ」
「はい! ボク、男ですよ!」
……ふーん。これが現実か。……つまり俺は男相手にドキドキしてたってこと? そう考えた瞬間、一気に全身から血の気が引いていく。やばい、眩暈がしてきた。
「大丈夫? たっつん」
「え、どこか悪いんですか? 先輩」
「いや、光のこと女の子だと思ってたから、変に気張ってたのがぶちぎれたような感覚が襲ってきただけ。問題ない」
つい、呼び捨てにしてしまう。が、然程気にしている様子はないので少しばかり安堵した。
「まあ無理もないわ。可愛いものね」
「ちょ、そんなこと言われても嬉しくないですよー」
楽しそうに笑う二人。全く笑えない状況の俺。ショックが大き過ぎる。正直、男にドキドキしていたことはどうでもいい。俺はあの時女の子だと思っていたのだから仕方ない。ていうかそういうことにしないと俺の精神が正常を保てない。
俺が自己暗示をかけていると、突然後ろから抱きつかれる。
「おはよう、巽」
「ああ、おはよう」
「何だか疲れてるね。膝枕しようか?」
「逆に疲れるからいい。はいこれ」
俺は玲司を引き離し、玲司の分の弁当を押し付ける。その様子を光はまじまじと見ていた。
「どうした?」
「それなんだろうなって思って」
「弁当だけど」
「え、天篠先輩はその人と付き合ってるんですか?」
「ないよ。ないない。俺は女の子が恋愛対象だ」
「で、ですよね! よかった、やっぱりいけるんじゃ……」
ん? よかった? やっぱりいける? どういう意味だ? え、わかんないんだが。不確定要素とか嫌過ぎるので俺は考えを巡らせてみる。そして、一番最悪な考えが浮かぶ。
まさか、光も俺を狙っている? 女の子っぽいからってか?
眩暈が酷くなる。何で俺は男からしか好意を抱かれないんだ。何でこんなにも女っ気がないんだ。もうこれ以上は対応しきれる気がしない。とりあえず今は避難しよう。
「俺、保健室行ってくる。先に言っておくが着いて来るなよ?」
「む、わかった。どうして保健室行くか知らないけど、もしものことがあったら連絡して!」
「わかった。それじゃあ」
とぼとぼと歩いて保健室に向かった。そしてこの日、高校生活で初めて授業に参加しなかった。保健室で少しだけ寝ることにしたからだ。
目覚めたのは、一時間目が終わる五分前くらい。眩暈は流石に消えていた。俺が上体を起こすと、保健室の先生が俺が起きたことに気付く。
「大丈夫ですか?」
「はい、治りました」
「そうですか、でもあまり無茶はいけませんよ」
「わかりました」
「はいこれ、担任の先生に渡しておいてください」
そう言って、一枚の紙を渡される。具合が悪かったり、ケガをした際にいつ保健室にきて、どんな症状があって、いつ保健室を出たかが書かれた紙。これがあっても、授業に出なかったことが帳消しになるわけじゃないが、何らかの救済措置が取られるので、それで出された課題をこなせば大きな減点はなくなる。
「ありがとうございます。失礼しました」
出ていく際にぺこりと頭を下げる。数分寝たことで頭がスッキリした。悪い夢から覚めたようだ。やっぱりあれはあり得ない。あんなに可愛い子が男なはずがない。
***
「来ちゃいました」
お昼休み。俺と玲司が弁当を食い終わって駄弁ってたところに光がやってきた。スカートは履いておらず、ズボンだ。もう受け入れた方がいいなこれ。またズボンなんだねとか言うとおかしい人みたいに思われそうだし。
ていうか来ちゃいましたってなんだ、可愛く言うんじゃない。もう男ってわかってるからドキドキなんてしないんだからっ!
「よ、光。どうした?」
「先輩、保健室に行ったじゃないですか、だからその後どうなったか気になってて」
「ああ、なるほどね。俺は大丈夫だよ。完全復活した」
「それは良かったです!」
光はにぱっと笑い、心の底から安堵したようにほっと息を吐いた。別にドキッてしてない。可愛いなとは思ったけどドキッとはしてない。
俺が無理やり自己暗示していると、玲司がすっと寄ってきて、耳打ちする。
「巽、あの子誰? 朝も話してたよね? 彼氏? 浮気?」
「違うわ。一年の光。華さん……仁科さんのいも……弟さん」
「ああ、毎朝巽に挨拶してる子の。つまり恋敵?」
「何で? ねぇ何でそうなるの? 男だぞ?」
「だからこそだよ」
「キレそう。男は恋愛対象じゃないって言ってんの!」
ていうか恋敵として捉えるなら普通華さんの方なんだよなあ。まあ絶対ないけどさ。
「とりあえず、邪推するな」
そう言って、デコピンしておく。何故かと言われたら何となくだ、と答える。
「さて、心配してくれてありがとな。俺は大丈夫だ」
「そうですか、ならもう一ついいですか?」
「ん?」
「天篠先輩が所属してる部活に行ってみたいんです」
俺は頬が引き攣りそうになる。流石にそれはどうなんだろうか。BL蔓延ることがよくある空間に光を入れていいものか。
……待てよ、部外者がいたら少しは大人しくなるのでは? そう考えた瞬間、俺はにっこりと笑顔を浮かべていた。これはいける。
「ああ、くるといいよ。特に何かしてるってわけじゃないけどな」
「じゃあ部長に連絡しておくよ。ええと、仁科光君でいいかな」
「はい! よろしくお願いします、宮原先輩」
……何で玲司が協力的なんだ? 何か、光がいるいない関係なしに絡んできそうな予感がしてやまない。
そんな不安を抱えながら残りの授業を聞き流し、放課後に。大丈夫だ。シミュレーションはしておいた。もし光がアンチBLでも何とかして見せる。
まず、光と教室棟の中間にある階段、そこの四階で合流してから部室に向かう。
「一応確認何だが」
「はい」
「華さんはこないよね」
「はいきませんよ」
「ならいいんだ」
流石にアンチBLかそうじゃないかが不確定の存在が二人もいると対応しきれる自信がない。
「さて、着いたよ」
もう既に慣れた風景。中から話し声が聞こえ、聞く限り全員いるようである。俺は躊躇せずにドアを開ける。
「あ、巽。そして光君、いらっしゃい」
玲司はすごいにこやかに笑って光を招き入れた。正臣は興味なさげに軽く会釈だけしている。
「し、失礼します」
恐る恐る入る光を朱野さんは二度見する。
「……女の子?」
「いや、男」
「じゃあ新たなカップリング候補だね、天篠君」
「女の子って言っとけばよかった」
「噓はだめよたっつん」
ですよね。しかも嘘ついた所ですぐにばれるだろう。それでもやはりその場しのぎでもいいから嘘をついておけばと思う。いや、その場すらしのげないのはわかってるが。
「ところでここ、何部ですか?」
光が問いかけると、部長がここで立ち上がり、暑っ苦しい笑顔を光に向けた。
「ここは、男の友情部だ!」
「男の友情部……面白そうですね、入ってもいいですか?」
「まさかの! まさかの即入部!? 考え直した方が良くない光!?」
「大丈夫ですよ、天篠先輩。先輩がいる時点でほぼ入る気しかなかったんで」
ええ、何それ。俺目的? やめてよね。喰らいつく腐女子がそこにい……あーもう目を輝かせてるよ。妄想が捗って楽しそうですね、朱野さん。
玲司も玲司で謎の対抗心燃やしてるし、同級生のイケメンとイケメンの弟と可愛い男の娘の三人だけに好意抱かれてるの? 本当に、女っ気がないなあ。
ため息が漏れる。それと同時に、部室のドアがガラガッシャーンという大きな音を立てて開いた。
そこにいたのは、女の子、というより女性と表現した方が正しいと思うほど大人びていて、見ただけで分かる。完璧外国人だ。ブロンドの髪は後ろでシンプルに括られており、サファイアのような瞳を持っている。スタイルは完璧だと思われる。身長は、俺より数センチ大きいか?
彼女は問答無用で中に入ってきて、エナメルバックとリュックを机に置く。
「やあミラ、会いにきたよ」
流暢な日本語でそう言って、魅羅にウインクをする謎の美女。声には大人びた様子を感じられず、無邪気な少女のよう。対する魅羅は、驚きを隠せていないようだ。
「ど、どうしたの? ルーシー?」
魅羅がルーシーと呼んだ彼女はこの後、俺の精神に大打撃を与える存在となることは、知る由もない。
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