1-18 天篠巽、色々大ピンチなんだが!

 突如現れた謎の美女。俺と朱野さん、そして光は頭の中にクエスチョンマークを大量に浮かべていた。だが、俺がここに入る前からいたメンバーは彼女を知っているようである。


「ルーシーさん、お久しぶりです」


「やあレイジ、また一段とカッコよくなったね! マサオミは相変わらずレイジの後ろかなー? アキトはさっきぶりー」


 ルーシーさんは間髪入れず喋る。玲司たちはそういう人だとわかっているからか、言い終わったタイミングで返事をした。完全に置いてけぼりである。

 ルーシーさんは玲司たちと何度か会話を交わした後、魅羅を見つめる。魅羅も、見つめ返している。何この雰囲気。


「なあ魅羅。そろそろ俺たちに説明してもいいんじゃない?」


「あっ、そうね、ごめんなさい。ルーシー、彼が天篠巽でその隣が朱野佳那芽さん、さらに隣の可愛い男の子が仁科光ちゃんよ」


「おお、彼が噂のタツミね? レイジが好きになった子って言ってたし、興味あったのよね」


 至近距離で見つめられ、俺は思わず顔を逸らしてしまう。仕方ないだろ、凄い綺麗な人だしいい匂いするし心臓うるせえ!


「あ、ありがとうございます?」


「ふふっ、照れちゃってまあ。初めましてニューフェイスたち。私はルシル・イルミーナ。魅羅の彼女、ガールフレンドよ。気軽にルーシーって呼んでね!」


「……」


 あれ? おかしいな。一瞬宇宙が見えた気がする。呆け顔から動かない。一瞬で表情筋ガッチガチになっちまった。加えて俺の彼女が欲しい欲が強過ぎて幻聴が……

 俺がフリーズしている間、朱野さんがルーシーさんに近づく。


「三上さんの彼女さんなんですか!?」


「カナメだったかな? そうよー。もう四年も付き合ってるんだー。それはそうとカナメは可愛いねぇ」


「そ、そうですか?」


 ……魅羅に、彼女。美人の彼女。まあ確かに魅羅はイケメンだしね。彼女いてもおかしくないよね。それに俺、彼女作ろうと努力しなかったもん。この差は当たり前……そう、当たり前……


「ん? たっつん、どうしたの?」


 魅羅が俺の様子に気付き、肩に手を置く。その刹那、俺は倒れた。


「……え? ちょ、たっつん!?」


「み……ら……」


「な、何? たっつん」


「お前、の……お、んなっ気、わけて、く、れ……ガクッ」


「たっつぅぅぅーん!」


 ***


 暗い。静か。まるで深海にいるような感覚。最悪の感覚だ。この感覚がある時、決まって嫌な過去がフラッシュバックする。

 歪み切った、汚らしいあの笑みの数々が……

 ぱっと意識が覚醒し、俺は勢い良く下を向いている顔を上げた。次の瞬間、ドガァンッ! と大きな音と同時に後頭部に痛烈な痛みが走り、その場にうずくまってしまう。どうやら倒れた後、壁を背にして床に座らされていたようだ。


「い゛ッ……っ……」


「ちょ、大丈夫!? たっつん!」


 ああもう! 嫌な過去と痛みのダブルパンチで涙が止まらない。後頭部を押さえながらうずくまっていると、パタパタとみんなが寄ってきた。


「巽、大丈夫……じゃないよね! 絶対痛いよね! 凄い音だったもん!」


「わ、私保健室から氷袋借りてきます!」


「お願いするわ、朱野さん」


 ……朱野さんがいなくなった。その刹那、男の意地が決壊。さっきより涙が落ちる。くそ、泣いちまうならせめていたたまれない雰囲気にならないように泣かないと! ネタっぽく! ネタっぽく!


「ぷんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


「唐突の絶叫!? じゃなくて号泣!?」


「落ち着いて! 落ち着くのよたっつん!」


「息を吸うんだ天篠! 吸って吸って吸って吸え!」


「部長少し黙ってくれるかしらー!?」


「……何だか面白いね、ミラ」


「面白くないわよ!?」


 ドタバタな状況に陥る。狙い通りネタっぽくなったものの、魅羅への負担が途轍もなく大きくなっているような気がしてならない。そんな風に彼女持ちのことを考えた瞬間、自分に女っ気がないという事実が追い打ちをかけてきて、更に号泣してしまう俺であった。

 数分後。泣き止んだ俺は部室の隅っこで体育座りをして縮こまり、顔を伏せていた。後頭部のたんこぶには朱野さんが氷袋を当ててくれている。俺がこうなったのは、朱野さんが戻ってきても泣き止めなかったことにある。流石に恥ずかし過ぎて顔が見れない。


「た、たっつん? 大丈夫かしら?」


「心も体も大丈夫じゃねえ……ひと欠片のプライドすら残っちゃいねえ……流石にないわ。女の子の前で号泣とか、ないわ。キャラじゃないから」


「仕方ないよ巽、僕はわかってる。頭打ったことと自分に女っ気がないことのダブルパンチだったんだよね!」


「そうだけど何かお前には言われたくない感ある」


 そしてちゃんと好きな人の前で泣いてしまったからを言わなかったのも理解されてる感があって何か気に食わん。


「それはそうと天篠先輩」


「若干どうでもいいので感出てない? まあいいや、どうした?光」


「その、さっき気になる言葉が聞こえた気がして」


「気になる言葉……?」


 俺はその言葉自体が気になって思わず顔を上げる。俺なんか言ったっけ? いや別にやばいことは言ってないよな。


「天篠先輩を宮原先輩が好きになったって」


「……」


 や、やべえぇぇぇぇぇぇえええ!? 突然の美女登場で忘れてたああああ! これまずい? いやまずい! (確信)


「そうだよ。僕は巽のこと好きだよ」


 ちょっと!? それ火に油注いでません? ああどうする? 光がアンチBLの場合、どうしたら切り抜けられる!? そ、そうだ! 友達としてってことにしよう!


「それは友達としてですか?」


 素晴らしいタイミングで光がそう尋ねる。いける! 運は俺に味方した!


「そう! 友だ……」

「いいや、性的にだよ」


 あっ、終わった。玲司が声を少しばかり張り、俺の言葉を遮りって言い切ってしまった。


「……そうですか。天篠先輩は、どうなんですか?」


 光はこちらを見ずに、問う。


「俺? どうって?」


「その、好きなんですか? 宮原先輩のこと」


「友達としてなら好きだが性的には全く好きじゃない。俺はノーマルだから恋愛対象は女の子だよ」


 俺はそう即答した。すると光は今まで合わせてこなかった目を俺に合わせた。


「じゃあ好きな人はいますか?」


「ま、まあいるけど」


「じゃあ、先輩の好きな人って、誰ですか?」


「……え?」


 これ、ここで言うの? これさ、ここでは無理って言ったらこの中に好きな人がいるってことにならないか? 朱野さんで確定しない? 言っても言わなくても朱野さんが好きってことにならない?

 そんな考えに至り、言い淀んでしまった。若干、光の疑惑の目が強くなる。ええい、ままよ!


「ここでは言えん」


「何でですか?」


「女子がいるから。俺の記憶上女子は怖いぞ? 俺が誰々を好きって言うとな? こいつあんたのこと好きなんだぜーって、数週間後には言われてんだぜ? 不登校になろうかと思ったわ」


 言ってて吐きそうになった。後悔した。今すぐにトイレに行って吐きたい。でも根性見せろ天篠巽。まだ耐えられるだろ?

 でも、この後何を言えばいい? 俺が言葉を模索していると、ある人物が入ってくる。


「そうだねー、私は言っちゃうわね、タツミの好きな人聞いちゃったら。だからカナメ、一旦トイレに行きましょ? ツレションよツレション!」


「ちょっとルーシーさん!? お下品ですよ!?」


 吐き気を押さえ込んでツッコミを入れるが、ルーシーさんは耳を傾けることなく朱野さんを無理やり連れ出して行った。俺の頑張り返して……


「……これで言えるんですか? 天篠先輩」


「……ああ、言える。はっきりと言ってやんよ。だけどちょっと待って。まだ大して離れてないだろうから聞こえちゃう」


 そう言うと、魅羅が廊下を確認しに行く。そして二人の背を見ているのか動かない。


「魅羅?」


「……今トイレに入ったわ。言うなら今ね」


「お、おう。了解だ」


 俺は目をつむって息を吸い、ゆっくり吐いた。そしてもう一度光を見る。


「俺は……俺が好きな人は、朱野さん、です。だからさっきは言えなかった」


 はっきりと言う。それを聞いた光はというと、少しばかり残念そうな顔をしていた。俺は何故と問うことができない。触れてはいけないような気がした。


「そうですか」


「まあ、うん。ええっと、今日見聞きしたことは何となく言わないでくれると助かる」


「言いふらすのは褒められることじゃないですし。言えませんね……特に、姉には」


「……? 華さんが何で出てきた?」


「あ、いやこれは……その、姉は……なんて言えばいいんでしょう。アンチBLって言えばいいんですかね」


「ああ……わかった」


 俺はすぐに納得した。でも何故か、俺以外は納得しきれていないような、そんな感覚を覚える。

 俺は疑問に思い、問いかけてみようと口を開いて、すぐに閉じた。もう耐えられん。吐きそう。


「すまん、俺もトイレ」


 そう言い捨てて、廊下に出る。すると丁度戻ってきたタイミングなのか佳那芽さんと軽くぶつかりそうになった。


「ご、ごめん!」


 一言謝ってまた走る。何とか途中で吐くことなく済み、戻る途中の流し場で口をゆすいでからゆっくりとした足取りで戻る。

 部室に帰ってくると、光の姿がない。


「……光は?」


「帰ったわよ」


「そっか」


「大丈夫? 巽」


「ん? ああ、大丈夫だ」


 実際にはあまり大丈夫じゃないが、まあ明日になれば、もしくは家でもっと吐けば治る。昔はそうだった。


「……天篠、嘘をつくんじゃない」


 部長が鋭く言い放つ。でも顔は優しい表情だった。まあ、流石に隠せてなかったか。


「……すいません。大丈夫じゃないです」


「それでいい。帰れそうか?」


「帰るくらいなら余裕です」


「そうか。今日は早めの解散としよう。誰か一応天篠に付き添ってやってくれないか?」


 その一言を聞いたほとんどの人は玲司を見る。まあそこだろう。弱ったところに漬け込んではこないと思うが、きたら残りの気力全部使って倒そう。そう思ったが、無駄になった。


「僕は今日無理なんだ。だから、朱野さん。お願いできないかな?」


「「え?」」


 俺と朱野さんの声が重なる。予想外以外の何者でもなかった。てか、朱野さんすげー困惑してんじゃんか。


「いや、無理なら無理でいいよ、朱野さん。最悪咲哉呼ぶよ。今日部活ないらしくて、早く家に帰ってるはずだから」


「……行く」


 ぽそりと、朱野さんはそれだけ言った。俺は更に混乱して、その混乱が吐き気に変換される。ああもうダメだ、考えるのを放棄した方がいい。


「じゃあ、お願いするよ」


 ***


 会話は、ない。朱野さんは俺の一歩前を歩いていて、定期的に振り返っては立ち止まったりしてくれる。優し過ぎかよ泣きそう。

 しばらくして、家に着く。結局、一度たりとも会話はなかった。


「じゃ、じゃあまた明日、朱野さん」


「……」


「……? 朱野さん?」


「え? ああ、ごめんなさい」


「いや、構わないよ。またね」


 俺は精一杯笑って手を振ってみせる。心配させまいと思い行動した結果だ。

 そうして、見た朱野さんの顔は、頬に赤みがさしていた。


「ば、ばいばい。天篠君」


 朱野さんも小さく振り返して、逃げるように走り去った。その様子が何だか可愛くて俺の顔はみるみる赤くなるっていることだろう。

 熱くて吐き気がするってこれもう風邪でしょ……

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