1-20 変わりたいと思ったから。

 ルーシーさんが中学で出会った時から魅羅はオカマだった。驚愕の事実がルーシーさんの口から明かされる。魅羅を見ても否定する様子はない。え、まじなの?

 そんな俺の視線に魅羅は気付き、苦笑いを浮かべる。


「何か誤解あるみたいだけど、格好だけの話よ。話し方がこうなったのはもうちょっと後なの」


「そ、そうなんだ。てっきり小学生からかと思った」


「流石に早過ぎると思うの、それ」


「まあな」


 それは俺も思ったから驚いたんだよなあ。こうなったらこうなったで何で今のようになったのか気になるが、聞く機会はいつかあるだろう。


「んまあそういうこと。だからね、凄い目立つわけ。イケメンだから女の子は狙う奴ばっかりだったね」


「え、何その羨ましい状況」


「行き過ぎると鬱陶しいものよ」


「だからミラね、そういう感情で近づく人全員無視してたの。私が当時話せたのは何でその格好をしてるかの一点だったから」


「それがきっかけで話すように?」


 尋ねると、にししと笑って大きく頷き、魅羅の腕に自分の腕を絡める。


「そうよ、やけに馬が合うもんだから。一緒にミラおすすめのかわいい雑貨屋さんも行ったね! って話したら何か行きたくなってきた」


「土日のどちらかで行く?」


「んー、午後からならどっちでもいいよ」


「いや、ナチュラルにデートの日程決めないでください」


 いきなりデートの約束しだした二人に居ても立っても居られずにツッコミを入れる。すると二人共恥ずかしそうに笑った。その後すぐ魅羅がルーシーさんに耳打ちをしてニコッと笑いかけた。何か全てが羨ましい。


「こほん、ええっと……どこまで話したっけ、ミラ?」


「友達になったあたりね」


「そうそう、それでね。しばらく一緒にお買い物行くような仲を続けてるとね、ミラが私に惚れちゃって」


 俺は意外に感じた。勝手な憶測でしかなかったが、ルーシーさんの方が猛烈にアタックしたとばかり。


「わかるもんなんですか、そういうの」


「んー、ミラがわかりやすかったってのもあると思うよ。動揺すると女言葉が混じってたし。まあやけに様になってたからずっとそれでしゃべったらいいじゃんって言ったの」


「それが染みついて今の魅羅の完成と」


「そそ。それで今では動揺すると逆に普通の男の子っぽくなるんだ」


 魅羅のことを語るルーシーさんは凄く輝いているように見える。生き生きしていて、楽しそうで、幸せそう。好きなんだって気持ちがよくわかる。


「それで、その後はどうなったんです? どっちから告白を?」


 俺はやや興奮気味に問うとルーシーさんはんー、考え始めた。はて、何故考える必要があるのか。


「あれは、ミラからってことでいいよね?」


「ええ、その通りよ」


「えっとね、私はね、少し怪我をして大会に出られなくなったことがあってね。少し幼稚だった私はぎゃんぎゃん泣いちゃって。その時慰めてくれたのがミラなの。凄く優しくてね、盛大に甘えたらミラのブレーキ壊しちゃった!」


 てへぺろ、とルーシーさんはちろっと舌を出す。理解が追い付かなかった俺は少し頭の中の整理をして……


「……え? 和姦?」


 とうい結論を導き出した。それを聞いた朱野さんや光は目を見開いて魅羅を見る。これには流石の魅羅も焦っているようだ。


「待って、待ってくれたっつん、それは違う。キスしたんだよキス!」


「あ、喋り方男」


「……だまらっしゃいたっつん」


 あ、いつも通りになった。なんか面白いな、魅羅が普通に男っぽいと思える言葉を使うの。


「僕は久しぶりだな。男っぽい魅羅は」


 玲司はくっくと笑いを堪えきれないといった感じで笑う。魅羅はバツが悪そうな顔をして、やめてよね、もう……と呟いた。その様子を、ルーシーさんは静かに見守っていた。瞼に焼き付けるが如く。

 きっと、日々のシーンの一つ一つに対して全力なんだろう。そんな雰囲気を、俺は感じる。

 ふと、ルーシーさんと目が合った。ルーシーさんに続きを急かす目線だと勘違いされたのか否かは知らないが、それでね、と発する。


「なんというかね、甘えてたらミラが顔を寄せてきてね、唇ふにって触られてね、あ、キスせがまれてるんだーって思って目を閉じたの。そしたらちゅうっとね」


「うわ、両想いかつイケメンじゃなきゃできないやつよ」


 魅羅が話したがらない理由がわかった気がする。もし俺が魅羅なら、絶対話したくないもん。思い切ったことしちまった! って俺は思う。


「しっかし、何か大人っぽいなあ」


「告白して、返事貰って付き合うってのが普通って感じしますもんね。魅羅先輩は俺たちからしたら結構特別」


「んねー」


 正臣の言葉に同意を示し、俺は朱野さんをちらと見た。何やら魅羅と話しているようだ。

 ……何かイラッてするなあ。いや別に朱野さんと付き合ってるわけじゃないし、付き合ってたとしても自分の物になるわけじゃないし、魅羅は彼女持ちだし。

 嫉妬してるのか? 独占欲を満たしたいのか? 止めろ、嫌われるだけだ。抑え込め。痛い目見ただろ。


「巽?」


 その声で、我に返る。いつの間にか俺に視線が集中している。これに俺は目をぱちくりとさせるしかない。ええっと、誤魔化さないと。


「ああ、わり。どうやったら魅羅みたいな度胸を獲得できるか考えてたわ」


「引きずるわね、それ」


「墓まで引きずろうか?」


「引きずらずに持って行ってちょうだい」


 流石に勘弁とばかりに困った表情を浮かべる魅羅。それがなんか新鮮で面白く、あははと声に出して笑ってしまう。


「やっぱり他の人の恋愛事情聞くの楽しいわ!」


「いい笑顔の出しどころが違う気がするわ、たっつん」


 そう言った後に、それを朱野さんに向ければいいのに。と小さい声で言われる。悪いがそれができたら苦労しない。


「まあまあ、それよか魅羅」


「なあに?」


「ルーシーさんのどこが好きなの? 全部は無しで!」


「全部なんて言わないわよ。気になるところは少なからずあるもの。そうね、たくさん元気をくれて、たくさん勇気をくれて、たくさん愛をくれて……たくさん心をくれる所」


 心をくれるとは何ぞや? と思ったがすんごいしみじみと語るから聞きづらい。でも、二人だけがわかることでもあるんだろう。ならば、わからなくてよかったのかもしれないな。


「ルーシーさんはどうなんです?」


「んー、私? 私はねぇ、全部。本当の本当に、全部好きだよ。こんないい男、絶対いない。嫌いな所なんて、ない」


「おお、凄い真に迫ってた。愛されてるじゃん魅羅」


「ええ、本当に」


 なんか、すごいなあと思う。お互い、好きで好きで堪らない様子だ。頑張れば、朱野さんとこうなれるかな。まあ死ぬ気で頑張ってやるさ。

 ……どう頑張ればいいか知らんけど。とにかく、知り合えてよかったくらいは思わせたいものだ。もし振られたとしても。

 よし、と気合いを入れる。まずこちらからお出かけにさそって誘ってみるか。反応で今の好感度が測れるかもしれないし。俺は朱野さんに近づき、小さめの声で話しかける。


「朱野さん」


「ん? 何?」


「土日のどっちかでどこか遊びに行きませんか」


「あ、ごめん。友達と遊ぶ約束してて」


 いきなり出鼻くじかれた。前途多難だなあ。いいや、待て。ガチで友達と遊ぶだけかもしれない。


「じゃあ、空いてる日はあるかな?」


「んー、じゃあ再来週の土日ならいいよ。デートコースは決めてる?」


 デ、デート、だと……?いいや待て、何気なく言っただけだろう。気にし過ぎるときもいぞ。


「うんん、まだだけど」


「じゃあ私が行きたいところに行ってもいい?」


「それは勿論。構わないよ」


「やった。実はね、誘おうと思ってたんだ。天篠君から言ってくれて嬉しいよ」


 ……? 何だろう。嫌な予感がするなあ。上手く行き過ぎでは? そう思いつつも、やっぱり朱野さんと出かけられるのは嬉しいものだし、嫌な男と出かけたりはしないでしょう。我慢しても得なんかないし。

 俺は内心超浮かれつつ、それを悟られないよう仏のような顔を作って過ごした。


 ***


「では、今日は解散としよう」


 五時を告げるチャイムが鳴ると部長がそう切り出し、帰り支度を開始する。


「それじゃあお先に、お疲れ様です」


 そう言って真っ先に出ていったのは、意外にも正臣だった。いつもは玲司にぴったりなのにな。


「では俺も失礼するぞ。少し親友が所属する部に行く用があるのでな」


「お疲れ様です、部長」


「アタシたちは二人で帰るわ」


「ああうん、お幸せに。魅羅、ルーシーさん」


 続々とばらけていく。最近この時間が、寂しいと感じる。それだけ、俺が楽しめている証拠なんだろう。


「巽」


「ん? どうした?」


「僕は職員室に用があるから。寂しいと思うけど泣か――」


「あ、うん。お疲れ」


「ちょ、え、冷たっ! 反応冷た!」


「はいはい、また明日な」


「まあ、うん。また明日ね、巽」


 俺と朱野さんは部室を出て、昇降口に向かった。朱野さんは普通に帰るみたいだ。


「ねえ、天篠君」


「ん? 何かな?」


「仁科さんと、仲良いの?」


「……華さんの方?」


 姉の方か弟の方か迷って少し返事が遅れる。何故そんなことを気にするのか。いや、考え過ぎか? ただ話題として出した可能性もある。


「まあ、悪くはないと思うけど。ゴールデンウイークの時にショッピングモールでばったり会って、そこからまあ話すようになったかな?」


「……そっか」


 朱野さんはそれだけ言って俯いてしまった。それから会話はない。あれ? なんかミスった?そんなまずいこと言ったかな。

 色々と可能性を探っていると、朱野さんが校門を出てすぐ立ち止まった。


「……朱野さん?」


「ああ、何でもない……また明日ね、


「えっ?」


 思わず目を見開く。朱野さんは顔をすぐ背け、逃げるように走り出したので、どんな顔をしているか、定かではなかった。

 距離を詰められた? 俺も便乗しておくか? 下の名前で呼び合うだけで大きく関係が変わるとは思えないし、呼ぶのはいいけど呼ばれるのは嫌とか言われたらとか思ったけど、朱野さんは止まらない。時間がない。もう呼んでしまえ。

 変わりたいと思ったから、その一歩として、呼びたい。小さすぎる一歩かもしれないけど、そんなの知らん!


「ま、また明日! 佳那芽さん!」


 呼んだ。すると佳那芽さんは立ち止まってゆっくりと振り向き、小さく手を振ってくれた。照れてる。俺も、佳那芽さんも。

 しばらくして佳那芽さんが見えなくなって、俺はその場しゃがみ込んだ。ああもう、かわいいなぁ!

 語彙力の低下した俺は佳那芽さんの可愛さに頭をやられ、しばらく悶えていた。

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