2-5 早速海へダイブ!
波打ち際で遊ぶ佳那芽さんたちの姿が俺の虚ろな瞳に写っている。水着少女たちは各々自分に似合う水着を選んでいるのだろう。佳那芽さんは純白のオーソドックスな水着。太めの水色のラインがいいアクセントになっており、とても輝かしい姿だ。
瀬良さんは佳那芽さんと反対の黒ホルターネックタイプの水着で、パンツのサイドと胸の上の方から首元の部分が透けており、谷間の部分は大胆にも開かれていてセクシーさを醸し出している。
沙和ちゃんは可愛らしい花柄のフリルの付いたオフショルダービキニ。意外にも露出が多めで、光を意識してるんだなぁと思ったり。
先生は泳ぐ気がないらしく、ゆるキャラが書かれている白いT-シャツに黒の長めのスカートを履き、大きなグラサンと麦わら帽子をかぶっていた。
本来であれば佳那芽さんの水着を見てきもいくらい興奮するんだろう。でも無理だ。俺はもうビーチパラソルの下でレジャーシートに寝転んで楽しそうな風景を見ることしかできそうにない。
何故こんなことになったか。それは個人的に痛すぎる事件が起きたのだ……
***
車を降りると、生温い潮風がクーラーで冷えた体に絡みつく。陽が容赦なく降り注いでおり、半袖半パンは逆にミスだったのではと後悔した。
先ずは荷物を泊まる宿に持っていく。それが終われば早速海で遊ぶのが今日の最初の流れだ。各自自分の荷物を持って宿に向かう。今日からお世話になる宿は、城善ホテルという名前で、見上げなければ全体が捉えられないくらいの立派なホテルだ。……なんかどこかで聞いたことある響きだな。
「よくきたな! 天篠巽!」
声を聞いて、ああそういうことかと納得する。もしかして、城善道院家が運営してたりするのだろうか。
「やあ、城善道院君」
若干自分の笑みが引き攣っているような気がする。個人的にあまり会いたくないからな。今度はなにを仕掛けてくるやら。
そうやって警戒してる間に城善道院君とみんなが挨拶を済ませる。彼の名前、ガチで広く知れ渡ってるのかな。
「……天篠巽」
「ん、はい。なんでしょう」
「今日から三日間、精々楽しむんだな」
ふいっと顔を逸らしながら言い、ホテルの中に入っていく。そのままどこかに行くと思いきや、すぐに立ち止まってこちらを振り返る。
「直々に部屋に案内してやるから早くこい、男ども」
「女性の方々はこちらへ」
ホテルマンの人が佳那芽さんたちを連れて部屋に向かって行った。俺はもう一度ホテルの全容を見てから中に入る。内装は豪勢であるものの、目が痛くなるほどキラキラしているわけではない。一つ一つのインテリヤが他のインテリヤの邪魔をしていないというか。上手い配置だなと思う。
案内された室内は一風変わって和室だった。七人が寝泊まりする部屋にしても広い。ちなみに鏡嘉さんと洲野尾先生は二人で泊まるそうだ。むふふな予感がするのは俺だけですか?
「それじゃあ精々楽しむんだな」
「ありがとう、城善道院君」
「……ふん」
城善道院君は顔を背けてどこかに行ってしまった。体育祭の時ほど勢いはないが、似た雰囲気だ。
魅羅が、「あの時ひっかけたのね」と呟いたのが聞こえたが、何の意味かさっぱりだ。
「……それでは荷物を置いて水着セットだけ持ってロビーに行くとしよう」
部長の掛け声に各々返事し、荷物を漁る。
「そういや光、どうだった?」
何がと言わずとも光はわかったようで少し遠い目をする。
「良かった半分悪かった半分ですかね」
「あー、うん。何があったかは聞かないでおこうかな。でもとりあえず帰りも同じでよろ」
「まじすか。そこをなんとか代わってもらえませんか?」
「いやあ、俺ってやらかしちゃうかもだからー」
「やらかしたら先輩が捕まるだけです」
光の一言で、へらへらと笑っていた俺の顔が一瞬にして引き締まるのを感じた。やばい、凄い鳥肌立ったぞ。
「……た、確かに」
「納得しちゃうのねたっつん。そこは何をやらかすと思ってんだ、じゃないの?」
眉をハの字にして魅羅が笑う。そんな魅羅に俺は少しばかり尊敬の眼差しを向けた。
「確かに、もしかしなくても魅羅は天才なのか……?」
「えぇ……」
「無駄話もいいが、準備も並行してやるんだぞ」
「あ、はい。まあ一番上になるよう入れてたんですぐ出せますけど」
「ならいい、それでは行くとしよう!女子はもう待ってるかもしれんからな」
着いたらすぐにビーチに行くという予定、今考えるとバテないか心配になるが、まあそれなりに楽しむことはできよう。
ロビーにはまだ佳那芽さんたちの姿はないので、他の利用者の邪魔にならない所で待つことにする。
「巽はどんな水着?」
「ん? 普通の黒一色のやつ」
「……ワンショルダー?」
「普通って言ったよね? お前の普通はどうなっとんじゃ」
「巽なら似合うさ」
「似合うと困るんだよなあ」
ワンショルダービキニはレディースならいいものの、メンズは俺は受け付けられない。あれは人様の前で着ていいものなのだろうかと思ってしまう。
「ねえ巽」
「今度は何?」
「朱野さんの水着楽しみ?」
「この合宿で一番楽しみ!」
「わあ、正直だなぁ」
八の字に眉を曲げて少しばかり顔を引きつらせながらも玲司は笑う。
「僕は巽が鼻血出して倒れないか心配だよ」
「そんな、漫画じゃあるまいし、そうそう鼻血なんて出ないよ」
「アタシにはフラグにしか聞こえなかったわ。本当に大丈夫?」
「魅羅まで、大丈夫だって。絶対ないから」
「お兄ちゃんそれフラグを積み重ねているんじゃ」
そこまでフラグフラグと言われるとガチで鼻血出してぶっ倒れるのではないかと思い始めてしまう。でも女同士で海って訳でなく野郎もいるんだ。そこまで露出度の高い水着など着ないだろう。
……着てたら着てたでいいんですけどね? 無いとは思うけど!
「お待たせしましたー!」
佳那芽さんの声に皆が反応する。佳那芽さん以外も後ろからついてきており、これで全員、じゃない。洲野尾先生と鏡嘉さんがまだだ。
「む、先生と鏡嘉さんはどこにいるんだ?」
同じことに気付いた部長が辺りを見回し、何人かそれにつられて辺りを見る。
「あのー、先生たち、後から行くから先に行ってろって言ってましたよ」
「そーそー。きっと今からお楽しみタイムでしょ」
「ふむ、そう言うことなら先に言ってるとしよう!」
部長の一言に皆頷いて徒歩三十秒の海に向かう。潮風大丈夫かなあのホテル。
「巽君巽君」
「どしたの佳那芽さん」
海がうれしいのか、少々興奮気味に俺の名前を呼ぶ佳那芽さん。急に近づかれるとどきりとするのでもっとください。
「車の中ではどうだった? イチャコラした?」
「いいや、残念ながら佳那芽さんが期待してることは何もないよ」
「そっかー、わちゃわちゃしてたからもしやと思ってたのに」
何でそういう考えになるのだろう。やっぱりわかんないなあ。
「そっちは光と沙和ちゃん仲良くしてた?」
「うん。もう付き合えって思うくらいに沙和ちゃんのラブが溢れてた」
「まあ……両想いなはずだからね」
「なにかあるの?」
「うん、まあ。本人には聞かないで上げて」
手を合わせて佳那芽さんにお願いする。瀬良さんに一応聞こえない程度の声で、だ。まあそんなにいちゃこらしてたんなら既にちょっかいをかけてそうだが。
「みんな、色々抱えてるんだね」
そう言った佳那芽さんの視線の先には瀬良さんの姿があった。彼女には訊かなければいけないことがある。佳那芽さんはやめた方がいいと言った真意を。この合宿中に訊くことができればいいが。
「巽君はさ」
佳那芽さんが不意に俺の目の前に出て、俺の姿を正面に捉える。後ろ歩きは危ないのではないかと思ったが、大きな凸凹や段差はない。
「何かな?」
「何か、あったりする?」
「……何で?」
自分の声のトーンがほんの少し低くなったのがわかった。でもほのかに笑みを浮かべられているのは自然に笑顔ができるようになった賜物か。
佳那芽さんは一瞬ひるんだように見えたが、すぐに言葉を紡ぎ始める。
「ああ、えっと。ほら、あの時凄くつらそうにしてたから、その……」
「……? あの時とは?」
「ほら、巽君が私をす――ぅぅぅ……」
全くピンとこなかったので訊くと、やばい、やらかした。みたいな顔をされる。
「……ちょっと待って」
途端頭が真っ白になり、でも一秒でも早く正常に思考したい俺は焦りながらも何とか考えを巡らせる。
ヒント一。俺がとてもつらそうにしていた日。
ヒント二。俺が佳那芽さんのことに対し『す』から始まる言葉を述べている。
それって光が部にきた日では?
あの日、ルーシーさんは本当にトイレに行ったのか? 女子の平均トイレ時間なんてわかんないけど、戻ってくるのが早いなと思うような……。もしも二人して聞き耳を立てていたのなら何故魅羅は……ルーシーさんに言いくるめられた!?
「……聞いてたの? 佳那芽さん」
「……ウミ、タノシミ!」
「いや露骨ゥ! 逸らし方が露骨過ぎる!」
って、ツッコミ入れてる場合じゃ無くね? 聞かれてたってことはつまり……俺の、気持ちがバレて。
「あ、ああぁあ、ぁぁぁあああああ!?」
俺は頭を抱えてうずくまる。もう恥ずかし過ぎて死にそうです。
***
という訳です。やーほんとつらいっすよ。恥ずかしくてたまんない。
「巽? そろそろ元気出そう?」
「たっつんはもう聞いてないわ。魂が空という大海原にダイブしていったわ」
「巽ィー! 帰ってきて巽!」
がっくんがっくんと体を揺すられる。それによって俺の魂が戻ってきたのを感じ、意識が覚醒する。
「はっ、俺はいったい何を」
「何もなかった。いいわね?」
魅羅に念を押され、俺は素直にうなずいておく。まあ何があったかは勿論覚えてます。でもまあ海まできておいて何してんだって話しか。
「気持ち切り替えて遊ぶか」
「お、ならビーチバレーしよ、巽」
玲司が俺の腕をぐいぐいと引っ張ってくる。いや結局海に入らんのかい。まあ楽しそうだしいっか。
満喫しなきゃ損だよな。
「よし、やるからには勝つ」
「僕も負けないよ」
仁義なきビーチボール合戦が始まり、その間俺は恥ずかしさを忘れることができた。あーこれ、冷静になったら恥ずかしさがまた襲ってくる奴だ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます