2-6 セッキンの兆し

 じゅぅぅううっ。

 金網に敷かれた肉が縮まってく。何気にこれを見てる時間って楽しいんだよ。キャベツもしおしおになっちゃってまあ。ああ、心が豊かだ。後々また恥ずかしさがくると思いきや、全くその逆だった。吹っ切れたというか開き直ったというか。


「あ、瀬良さん野菜も食べてよ」


「え、いいよ。肉があれば私はいいよ」


「ダメです。野菜も食べる!」


 俺は問答無用で瀬良さんの皿にキャベツやしいたけをぶち込む。慈悲はない。


「ああああ!? うちの肉の園がああぁぁぁ!」


「観念しなさい。あ、佳那芽さんお肉いる?」


「え、あ、うん。お願いします」


「おっけ、野菜も入れるよ? あ、他に欲しいのは?」


「じゃあトウモロコシをお願いしようかな」


「わかった、焼けたら言うね」


「うん」


 昔は目があえば俺の方が逸らしていたが、今や佳那芽さんが目を逸らしている! まあ恥ずかしさとかじゃなくていたたまれなさだろうと思うけど。あれ、肉焼き係やってるからかな? 煙のせいで涙が……


「たっつん、そろそろ帰ってきたらどうかしら?」


「そもそも何処にも行ってないんだけど。まさか家に帰れと!?」


「戻ってくる気はなさそうね……お気の毒に」


 魅羅は目を逸らす。そしてしっかりと俺に皿を渡してきた。全く、仕方ないな。こうやって作業してるうちは何も気にならないから最高だぜ。


「天篠。代わってやるから食べろ食べろ!」


 部長が俺からトングを取って焼く係を代わってくれる。相変わらず優しいな、部長って。でもその優しさが逆に辛いと言うか。

 俺は食べるしかなかった。食べて食べて食べるしかなかった。くっ、うますぎて涙が止まらねえ!


 ***


 その後、佳那芽さんと大して絡むことなく、ホテルに戻ってしまった。これは非常にまずい。

 俺は冷静になった頭でそう思った。


「巽ー、お風呂行くよー」


 ここから俺はどう動いて行けばいいのだろうか。どういったアプローチが今後有効になる? ていうか有効なアプローチなんかできていたのか?


「巽ー?」


 ていうか聞いていたなら何で今まで普通に接してきたんだろうか。別にどうでもいいのか? あっそ、みたいな!? 一体どうすれば……


「たーつーみー」


 背中に重みがかかり、腕が首に絡みつく。玲司が後ろから抱きついてきたのだとわかるのに少し時間がかかった。


「ど、どうした玲司」


「お風呂、入ろって」


「あ、ああ。そうだな」


 考え込み過ぎていたみたいだ。玲司はどうやらずっと声をかけており、反応がないから抱きついてきたのか。


「すまん考え事してたわ。行くかぁ」


 俺は重い腰を上げて、替えの下着とパジャマをを取り出す。とにかく考えるのはいいとして考え過ぎるのは得策とは言えないな。一旦保留だ。頬を叩いて、切り替える。

 男子一同は大浴場に向かい、脱衣所で俺はぱぱっと服を脱いで中にはいる。


「たっつんは少しの躊躇いもないわね。玲司が興奮するわよ」


「ん? ああ、まあいっかって。襲ってきたらぶっ飛ばすだけだ」


「まあアタシたちもいることだしね」


「ここまで意識されないとは。手強いね、巽」


 自虐的に笑う玲司。なんというか、らしくないというか。


「別に、意識してねえわけじゃないけどな」


 そう言い残して浴場へ。後ろからは『え? ちょ、どういう事!? 巽! 痛ッ!』と聞こえる。きっと俺が発した言葉に驚いて、真意を聞こうとして脱衣中にもかかわらず追ってきてこけたんだろう。南無、と心の中で言ってからシャワーを浴びる。

 十分ほどゆったりとした後、風呂から上がって自販機で紙パックコーヒー牛乳を購入。一人でちびちび飲む。

 部長たちは興味本位でサウナに直行した。誰かがのぼせても部長とか魅羅がいるし何とかなるだろう。俺は暑いのあんまりだから遠慮した。

 適当にダラダラしてると、ふと視線を感じた。その方向を見ると、佳那芽さんと目が合った。

 俺は恐ろしく冷静だった。佳那芽さんが慌てふためいているのを見たからかもしれない。他の人がオロオロしてると逆にってね。


「こんばんは、佳那芽さん」


「う、うん。こんばんは」


 佳那芽さんはパジャマ姿なのだろうか、ラフで可愛らしい格好だ。頬が少し赤く、頭にはタオルを巻いているのでお風呂上りなんだろう。


「飲み物、買いにきたの?」


 その場から動かず自販機を見ていたので、きっとそうだろうと思って問う。


「ああ、うん。コーヒー牛乳買いに」


「そっか」


 俺は立ち上がって百円を投入。コーヒー牛乳を買った。


「はい、佳那芽さん」


 玲司とか、男だったり後は瀬良さんだったら投げて渡すが、佳那芽さん相手はやめておいた。


「あ、ありがとう」


「うん。それじゃ」


 そう言い捨てて逃げるように歩き出す。どうしていいかわからないから、下手に何かを言えなかった。

 特に佳那芽さんから声をかけられることもなかった。当たり前か。かける必要ないもんな。

 部屋に戻って、外を見る。丁度海が見えた。引き込まれそうなほど真っ暗。


「……散歩でも、しようかな」


 俺は一応財布とスマホを持って部屋を出た。すると丁度戻ってきた玲司たちに出会う。


「あらたっつん、どこに行くの?」


「んー、散歩。適当に」


「ふむ、散歩するのはいいが、あまり遠くに行くんじゃないぞ。あと、一応就寝時間を設定してある」


「あと一時間くらいですよね、大丈夫です。三十分くらいで帰ってきます」


 にこりと笑みを浮かべて横を通り過ぎる。


「……天篠先輩」


 みんなが特に何も言わずにいた中、正臣だけが俺を呼びかける。


「……? どした? 正臣」


「えと、ついて行ってもいいですか、散歩」


 正臣の口から出た言葉は、あまりにも意外な言葉で、その意外さから一瞬一人になるためていうことを忘れて頷いてしまった。


 ***


「何か、用でもあるのか?」


 ホテルを出て開口一番に尋ねる。正臣は、しばらく言葉に詰まった後、頷いた。


「その、相談があって……」


「相談って?」


「えっと、その……」


 正臣は大変言いにくそうに下を向く。んー、どうすっかな。


「正臣、とりあえず歩こうぜ。散歩しにきたんだしよ。今なら言えるって思った時に言ってくれればいいよ。ゆっくりで、いいから」


「わかり、ました」


 二人黙って歩き続ける。月明かりが淡く照らす世界を歩く。そんな幻想的な世界を明る過ぎる街灯が邪魔してるが、海に近づくにつれてその邪魔な存在が少なくなる。

 砂浜に出ようとそこへ通ずる階段を降りようとした時だった。


「天篠先輩」


 正臣呼び止められた。覚悟を持った瞳をして。


「質問、いいですか」


「質問? まあ、いいよ」


「……普通の恋をするって、どんな感じですか?」


 ああ、わかった気がした。正臣が相談したいこと。多分、合ってるだろう。


「……正臣は、普通の恋がしたいの?」


 正臣は目を見開いて、動揺する。やっぱりかと思った。


「普通の恋か……すごい楽しいよ。楽しいけど、おんなじくらい辛い、苦しい」


「なのに、何で」


「何でってそりゃ、その人と付き合いたいからでしょうに、知らんけど。少なくとも俺はそうかな」


「何で辛いんですか?」


「だって、ほぼ叶わない恋だし。焦ると失敗するだろうし、ゆっくりし過ぎると誰かに取られるだろうし、気持ちバレてなんか話しづらくなっちゃって。もうどうしたらいいのやら」


 自嘲気味に笑いながら言う。もう俺の話なんてどうでもいいだろう。今度は俺が訊く番だ。


「それで、正臣は何で普通の恋がしたいんだ?」


「……俺は、俺は本当は……玲司なんか好きになりたくなかったんです。普通の人で、いたかったんです!」


 まるで今の自分が異常だと言わんばかりな剣幕で、正臣が叫ぶ。悲痛な叫び。その叫びに対して、俺は否定の言葉を述べることができなかった。


「……そういうのってさ、魅羅の方がいいと思うんだが」


「それは俺も同じ意見です。でも魅羅先輩は、答えてくれませんでした」


「魅羅が?」


 あり得ないと思ってしまった。あの魅羅が相談を引き受けないとかあるんだ。


「はい。昔はちゃんと答えてくれたんですけど、段々と抽象的なことを言うようになって、挙句の果てに今と同じ相談したら、答えられないって」


「相談に乗ってもらって、正臣はどうしたんだ? アドバイスとかを無下にしちゃったりとかは?」


「魅羅先輩が言って通りにやりましたよ」


「毎回?」


「はい」


 魅羅の気持ちがわかるようなわからんような。まあ完璧にわかればそれはそれで怖いし、自分が思ってことを言っておこう。


「正臣は、魅羅に何を求めて相談したの?」


「何って、アドバイスを」


「でも聞く限りじゃ答えを求めてるように思う。魅羅が抽象的なこと言うようになったのって、自分で考えて答えを出してほしかったんじゃないか? 正臣は、言われたことをやるだけで何で魅羅がそう言ったのか考えたことある?」


「それは、ないです」


「そりゃ、愛想も尽きるわ」


 正臣は何故と言わんばかりに首を傾げた。ええっと、どうせつめいすっかな。


「現国とかのテストでさ、誰々の心情を三十字程度で答えろって問題で、その誰々さんの心情が百字くらいで本文に記されているとする。正臣は何回も何回も百字を抜き出して書いてるようなもんなんだよ。正解だけど、正解じゃないって言うか」


 説明してみたものの、しっくりきてない様子だ。ああもう、これ以上は話がそれ過ぎてる!


「じゃあ正臣、こうしよう。お前の相談に、一つの答えを用意する。それを聞いたら、また魅羅に同じ質問して、二つ目の答えをもらえ。そしてどっちがいいか自分で考えて、二択の答えを決めろ」


「でも、答えてくれますかね」


「あいつ盗み聞きしてそうじゃん、大丈夫。だから返事は?」


 悪いと思いながらも、実際盗み聞きしてそうなんだよ。こういう時って。


「は、はい」


 頷いたのを確認した俺は、すぅっと息を吸って、吐いた。俺はゲイの人の気持ちを完璧にわかることなんてできない。だから無神経なことを言うかもしれない。それでも許してくれ、正臣。


「普通の恋がしたいんだよな? ならさ、しようよ。普通の恋」


 正臣は意外なことを言われたって顔をする。が、関係ない。俺は無視して続ける。


「お前、俺より遥かにイケメンなんだから、普通の恋しようと思えばできると思うんだ。何なら正臣のこと、好きな奴すでにいたりしてな! どうせいっぱいいるだろうし、その中から可愛い可愛くないで分けちまえ! そんでもって話して仲良くなってこう。俺も万全の体勢とはいかないがサポートするから。

 お前が普通の恋したいって気があるならちゃんと変われるはずだ! だからしようぜ、普通の恋」


 俺はただただ真剣に、あほらしいことを叫んだ。最後の最後はニッと笑いかけて。正臣は下を向いていて、何を感じたのかとか、わからなかった。


「……後は、魅羅に聞くだけだ。きっと魅羅の方がいいこと言うんだと思う。ちょっとでも俺の案考えてくれたら嬉しいよ」


 最後にそれだけ言って、俺は砂浜に足を踏み入れる。


「ど、何処に行くんですか?」


「……散歩。俺、夜の海を見にきたから。先に戻ってな。五分もせずに戻るから」


 一人にしてくれという雰囲気を出して言うと、正臣は黙って頷いてホテルに戻っていく。

 暗く綺麗な景色を見て、俺の頭は冷えていく。どうしたらいいか迷う正臣を、俺は利用しているかもしれない。自分が進みたい道が真っ暗だから、先に行って道を照らしてほしいだけかもしれない。俺は、怖がっている。ここから佳那芽さんとの関係を進めようとすることを。


 ***


 俺は魅羅先輩に、相談をした。天篠先輩にした相談とはを。何故か笑っていたのに苦しそうだった天篠先輩の顔が引っかかって仕方なかったから。瞼の裏に焼き付いて仕方なかったから。

 それを話すと、魅羅先輩はふっと笑った。


「そういうことなら、協力しましょう、正臣」


 提案されたものは、天篠先輩よりいいと思った。天篠先輩のことを知れて、なおかつ自身の問題も、はっきりとする可能性を秘めているように感じたから。

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