2-7 天篠巽、動きます!

 朝起きると、玲司の顔がすぐ近くにあった。テンションがん落ち。朝は元々テンション低めなのに。ていうか今何時だよ?

 ……六時前て、早起きし過ぎだろ。やらなきゃいけない家事も何もないってのに。でも二度寝する気も起きない。完全に目がさえている。

 二泊三日の海合宿二日目。今日は先生プレゼンツ、海全く関係ない勉強会である。もう先生プレゼンツの時点で嫌な予感はしてたんだよね。


 ***


 特にやることがなかった俺は、トイレに行ったあと広縁で読書に耽っていた。しばらくして、突然目覚まし時計が鳴りだした。時刻は七時。起床設定時刻か。

 初めに起きたのは部長だった。寝起きとは思えない機敏な動きで上体を起こして、目覚まし時計を止めて辺りを見回す。


「おはようございます、部長」


「うむ……おはようだ、天篠。顔を洗ってくる。悪いが他のみんなを起こしてくれないか?」


「わかりました。玲司以外は起こしときますね」


「いや、起こしてやれ? 頼んだぞ」


「うす、了解です」


 部長が洗面所に行ったのを見てから、俺は重い腰を上げた。そうこうしているうちに正臣と咲哉は目が覚めていた。後は光と玲司と魅羅か。

 俺は正臣と咲哉におはようと言って、光のもとに行く。


「光、そろそろ起きろー。海合宿二日目ですよー。今日は海関係ないけど」


「ううん、後十分……」


「ダメ、起きなさい」


「じゃあ二十分で……」


「なぜ伸びたし。起きろっての、息子さんが大きくなるのは男性ホルモンが正常に働いてる証拠だから恥かしがるなー」


「そんなの気にしてませんよ!? ……はッ!正常に働いてない!?」


 光は飛び起きてすぐ自分の息子さんをちらと確認して、驚いてもう一度見た。滅茶苦茶気にしてるじゃんか。


「光は本当は女の子だった?」


「男です! いつもはちゃんと働いて……って何言ってるんだ僕はぁぁぁ!?」


 光は顔を真っ赤にして悶える。ちゃんと働いてるならよかった。


「顔洗いに行ってね、光」


 頭を抱える光を洗面所に促し、寝ている二人を見る。さて次はどっちを起こすか。……魅羅だな。迷う余地などありもしない。


「魅羅ー、そろぼち起きろー」


「……」


「……魅羅ー?」


「……」


 声をかけても体を揺すっても無反応。ちょっとやそっとじゃ起きなさそうだ。どうすっかなーと考えながら脇腹をプスプスと突いていると突然視界の端に黒い影が見えた。

 見れば、魅羅の腕が振り下ろされていた。俺はぎょっとしつつも緊急回避を成功させる。


「ぎょえぇぇぇッ! 危な! 攻撃してきた!?」


 顔を覗くと眉間に皺が寄っている。もしかして、こいつ寝起きが悪いのか? 俺が攻めあぐねいていると、部長が戻ってきた。


「ん? ああ、天篠すまない、魅羅は俺が起こすべきだったな」


 部長が魅羅を起こすべく俺と位置を代わり、呼びかけながら体を揺すった。するとすぐさま腕が鞭のように振りかざされる。部長は難無くガードしてみせ、すぐさまカウンターでおでこにチョップした。


「……いってぇ……」


 ドスの効いた声を発して、起き上がる魅羅。普段からは感じられない威圧感がえげつない。

 魅羅は頭をポリポリと掻いてから、辺りを見回し、はっとした表情をする。


「……アタシ、やらかしたかしら?」


「俺は大丈夫だが、天篠は大丈夫か?」


「ええ、まあ何とか避けれました」


「それは、ごめんなさいたっつん。朝は少し苦手なのよ」


 あれは少しってレベルか? 起きるの相当嫌がって攻撃されたぞ。


「まあ回避できたし、それはいいよ。顔、洗ってきな」


「ええ、そうするわ」


 タオルを持って洗面台に向かって行った。入れ替わりで光が帰ってくる。さてと、後は玲司を起こさなきゃならんのだが……

 何か起こしに行きたくないなあ。どうすればいいだろう。


 ***


 僕はまだかまだかと狸寝入りを決めながら、巽が起こしにくるのを待つ。

 足音が近くなってきた。もうすぐだ、もうすぐ! 油断してるのを利用して一瞬でもいいから添い寝状態を作る!


「おい、起きろー玲司」


 何だか凄く優しく体を揺すられる。優し過ぎてくすぐったいくらい。まだだな、もっとこっちに体重をかけてきた時が好機になる。


「こいつも朝弱いのかよ、全く……」


 そう聞こえた刹那、耳にかかる吐息。思わず声が出そうになるのを必死に耐える。い、意外と積極的! 巽の体が僕の近くにある感覚もある!


「早く起きないと、いたずらするぞ」


「喜んでお受けします!!!」


 僕は巽の体を引き寄せ、僕の横に寝かせる。そしてぶっ飛ばされる覚悟で全身に抱きついた。


「ぎょえぇぇぇ!!? 天篠先輩、僕を身代わりにしましたね!?」


 ……え? 僕はゆっくり目を開ける。目の前には巽じゃない、とても可愛らしい女の子のような顔立ちの男がいた。僕はゆっくりと後ろを見る。

 巽と正臣がツボに入っていた。何ということだ、この僕が、この僕が……


「嵌められたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「どうでもいいんで放してくれませんかぁぁ!?」


「あっはっはっは! ダメだ、腹痛い!」


「……ぷっ、くく……くくく……」


「天篠先輩も早く助けてください! 笑ってる場合じゃないですよ!」


「あなた達、朝から賑やか過ぎないかしら……」


 ***


 てんやわんやあって、軽く騒いだ後、朝ご飯を食べるためにバイキングにやってきた。朝食にぴったりなラインナップが豊富に揃っており、何食おうか迷っていると、佳那芽さんと瀬良さんにばったりと出会う。ここにくる前に佳那芽さんとは一度顔を合わせたが、その時は逃げられた。でも今は瀬良さんがいるからか、そっぽ向くだけにとどまる。


「おはよう、瀬良さん、佳那芽さん」


「おっはよう。よく眠れた?」


「うんまあ。それなりに」


「よかったよかった、佳那芽なんて夜中までうんうん唸ってて……」


「ちょっとみーちゃん!?」


 うんうん唸ってたからって何だって言うのだろう。それと俺に、なんの関係があるというのか。だからはてなを浮かべたような顔をしていればいいのに、俺は視線を逸らしていた。


「まあそれはともかく一緒に朝ご飯食べようよ天篠。佳那芽もいいでしょ?」


「う、うん」


「天篠もさ、たまには女の輪にこいよ、今の所男は男、女は女って感じじゃん?」


「ま、せっかくだし、一緒に食べるよ」


 その返答に、瀬良さんは嬉しそうな顔を見せた。何か企んでいそうで少し怖い。が、ここで訝しんだって何もならないことも事実。


「よし、じゃあさっさとなに食べるか選んで食べよ」


 パンにするか白米にするか、ヨーグルトもありだな。さんざん悩んだ結果、俺はベーコンレタス、トマトの挟んであるサンドイッチにオレンジジュースとなった。自分で作らなくていいって素敵だな。

 佳那芽さんは白米に味噌汁、漬け物。瀬良さんはトーストにコーヒー。


「天篠オレンジジュースて」


 瀬良さんが俺の飲み物を見て軽くツボっていた。


「いいでしょ、うまいんだから」


 俺は大して気にすることなく流し、いただきます、と言って食べ始めた。


「ねえねえ、二人はいつまで微妙な距離なのさ」


 唐突に瀬良さんがぶち込んでき、佳那芽さんがうっと詰まらせて咳き込む。俺は相変わらず、というのも変だろうが、冷静で、特に反応することはなかった。


「まあ、避けてしまっているのは、事実だよ」


「避けてるんじゃなくて避けられてんでしょ」


「じゃあどっちもだよ。避けてるし、避けられてる」


「佳那芽に押し付けれるのに、好きだから擁護してんの」


「ぶっ!? ちょっとみーちゃん!?」


 吹き出したりわちゃわちゃしたり、大変そうだな、佳那芽さん。


「事実がそうであるからそう言ってるだけなんだが……」


 そんで瀬良さんは何故こうも挑発的なのか。思わず気後れしてしまいそうになる。『悪いことは言わないからさ、佳那芽のこと、諦めた方がいいよ』

 Wデートの最後に放たれたこの言葉が、何か関係しているのか。真意が、今すぐ知りたい。その感情を飲み込む。


「……まあ、なに、佳那芽にはさっさといつも通りになってほしいわけ今の佳那芽、周りを飛ぶ蚊みたい」


「みーちゃんそれ邪魔って言ってますか?」


「邪魔じゃない、鬱陶しいかな」


 無慈悲な一刺しが佳那芽さんに刺さった。なんかもうかわいそうだな……


「……瀬良さん、今日二人で話せる?」


「ん、いいよ。夜に、ね」


 妖しく笑った後、無邪気な笑みを見せる。この話題は終わりだと言わんばかりだ。


「さて、いつまでへこんでんの佳那芽、早く食べなきゃ」


「でもみーちゃんが……」


 ぶつぶつとぼやきながら朝食を食べる。丁度その時、ぞろぞろと、部のメンバーが集まってきた。俺は全く気付かなかったが、瀬良さんは気付いていたんだろう。もしかしたら、Wデートの時も、タイミングを計っていたのかもしれない。

 どれもこれも、今日で決着をつけたいところだな。正臣が答えを出せたか知りたいが、決まれば話してくれるだろう。俺も朝食を頬張った。とりあえず足先の問題を乗り越えないと。


 ***


 先生プレゼンツの勉強会がもう少しで始まる。場所は十分な広さがある男子一同が寝泊まりする部屋だ。洲野尾先生は部長に向かって消臭しとけよ、と言ったため、部長が消臭剤を撒いている、のだが。


「……部長」


「む、何だ天篠」


「消臭剤撒き過ぎですよ。逆に臭いです」


 俺の指摘に、部長は滅茶苦茶眉間にしわを寄せ、消臭剤を睨みつける。


「ぐぬ、それは困ったな」


「少し暑いけれど窓開けましょうか、女子がくるまで」


 魅羅が窓を開けた途端、潮風がやや強く吹き込む。後は入口を少し開けて、風が通り抜ける道ができれば、幾分かマシになるだろう。俺は入口を少し開け、そこらにあったストッパーで閉まらないようにする。

 そうしているうちに魅羅と部長、光、咲哉が立てかけてあった長机を二つ並べた。各自の荷物は広縁に置いてあるので邪魔にはならないだろう。

 さてと、俺宿題終わったんだけど、何か課題のプリントとかあるかな。ないならないで復習をするが。


「巽ー」


「ん、どうした玲司」


「夏休みの宿題でわからないところあったら言ってね、僕が教えてあげるよ!」


「お前勉強できるんだっけ? まあどっちにしろ夏休みの宿題終わってるから」


 俺のこの一言は、玲司の顔を驚愕の色に染める。まるでこの世のものじゃないものを見たような、そんな顔。えぇ、そこまで驚くか?


「なん……だと……? 僕の計画が全部おじゃんに!?」


「どんな計画立ててたか知らんがドンマイ」


「そもそも玲司きゅんは勉強できないでしょうに」


 魅羅があきれ顔で玲司を見た後、俺の方を見た。


「それにしてもあんなにあったのに、凄いわね」


「んまあ、俺って後回しにするととことん後回しにするから。じゃあある程度終わらせとくかって。そしたらいつの間にかなくなってた」


「羨ましいことこの上無いわ。じゃあ今日はたっつんはのんびりできるのかしら」


「さあ。プリントとか、普通に渡されそう」


 それはさておき、俺も俺で計画を練っていたりする。とりあえず普通に話ができる程度にギクシャクをなくしたいところだ。

 行けるはず、というか何とかして見せる。固い意思を持って俺はその時を待った。

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