2-8 結局はこうなる運命なのか
計画は、破綻しました。
勉強会が始まって数分で俺はそう思わざるを得ない。俺の計画では好きな所に座れると思ってた。だが実際はくじ引きで決まったのだ。その結果俺と佳那芽さんの距離は一番遠くなった。
勉強でわからない所を訊いたりして距離を詰めようにも詰められない。ていうかそもそも佳那芽さんは勉強ができるから俺が何かを教えることはない。俺も俺で宿題を忘れた扱いになって夏休みの宿題のコピーをもらい、一度解いた問題の解き直し状態。見直しまで済ませた全く同じ問題をやって間違えるほど馬鹿じゃない。
玲司とも距離が離れているのが幸いだなと思いつつ、心の中で大号泣した。
でも時間が経つと勉強に集中でき始める。
「天篠先輩、ここ教えてください」
隣に座る正臣がシャーペンで問題番号を指しながらこちらに見せてくる。一年の範囲はもちろん俺にとっては簡単で、こうだよと教えることができた。
先生が監視役でいるからか、この場で勉強以外のことを喋る人は瀬良さんだけ。あっという間に時刻は昼になっていた。腹減った。
「ふむ、そろそろ昼飯時だな」
時計をちらと見た洲野尾先生がそういうと、瀬良さんが大きな声を上げながら後方に倒れた。
「ひーっ、疲れたあ」
「もーだらしないよ、みーちゃん」
昼ご飯もホテル内のバイキング。朝とはラインナップが全く違うらしい。これ家に帰ったら料理作りたくねーって思っちゃうやつだな。家事何て無縁の生活が、こんなにもらくちんとは。長らく忘れてたぜ。
「飯にしようか。そしたらまたここに集合」
「えー! まだやるんですか?」
「んにゃ、ここらって観光地だし、ペアでとか三人一組で観光とかいいんじゃないかと思ってな」
それを聞いた瀬良さんの目が、一瞬にして輝いた。
「やったー! 佳那芽、お昼早く食べに行こ」
「うん、そうだね」
テンションの上がった瀬良さんに引っ張られるがままに佳那芽さんは瀬良さんについて行った。
ペアもしくは三人一組で観光。それってどうやって決めるんだろう。くじ引き? 自由? もし自由なら俺はきっと佳那芽さんと一緒になれないだろう。ならばくじ引きであることを祈り、そこで佳那芽さんと一緒になれる道を引き当てるしかない。
「洲野尾先生、その観光の班分けって、どうやって決めますか?」
「ん? くじ引きかな」
キタコレ。神が仰っている気がする。佳那芽さんと観光ができる
「ぐふ、ふふふ……ふふふ」
「天篠、お前残って宿題するか?」
「え゛!? 嫌です! 嫌です!!!」
「必死過ぎだろ……行きたいならきもいのしまえ」
「すごい酷い言い方しますね。事実ですけども」
「今のは一番きもいときの玲司を凌駕していたな」
「ええ、遥かに上回るきもさだったわね」
部長と魅羅が続いて酷いことを言う。何それめちゃくちゃ傷付くんだけど。
「まあきもかったのは認めよう。佳那芽さんがこの場にいなくて助かったよ」
「気を付けて頂戴。朱野さんの目の前でそれはダメだからね。さて、アタシたちも行きましょう。腹ごしらえしないことには始まらないわ」
「そうだな、女子に負けてられん!」
ぴゅーんと、走って行く部長。一体何の勝負をしているのやら。
***
昼ご飯を食べ終えた部のメンバー+α一行は、少し休憩を挟んでまた男子が寝泊まりしている部屋に集まった。
俺は精神統一をする。これから行われるくじ引き、俺は佳那芽さんと一緒になって関係を発展させなければならない。俺の気合が今試される時!
「よし、できたぞ」
人数分の折りたたまれた紙が手ごろな箱の中に入れられる。さあ運命の時。ただ一度きりの引きにすべてをかける。
「よーし、じゃあ引いてくれ、番号書いてるから。一応二人一組だ」
洲野尾先生は先ず女子にくじ引きを渡す。それをワイワイとした雰囲気で引いていた。俺も楽しげに引きたい。
「佳那芽何番?」
「二だよ」
「あー、うち三だ、惜しいなあ」
ふむ、佳那芽さんは二番か。そして女子に二番はいない。なぜなら瀬良さんは三番。沙和ちゃんは四本指を立てて光にそれを引けと合図を送っているからだ。
箱が、こちらに回ってきた。部長が受け取り、床に置く。
「さて、誰か我先にってやつはいるか?」
俺が手を挙げる。誰かに引かれる前に引く。引く確率を高めるために様子見なんざしない。
「お、じゃあ天篠がトップバッターだ」
「はい。行きます」
箱の中に手を突っ込み、一番最初に触れた紙を取る。男なら探らず一発で取って見せろ!
「すうぅぅっ、これだあぁぁぁ!」
紙を引き抜きすぐさま開く。書かれていた番号は、『二』。俺は体をこれでもかってくらい反らして、天高くガッツポーズを決める。今の俺にはきっと後光が差していることだろう。
「よし、引き直しだな」
そんな俺に告げられる無慈悲な言葉。俺は高速で洲野尾先生の前に膝をついた。
「なぜですか!?」
「朱野が怖がっているからだ」
佳那芽さんは俺とペアになったのを察したのか、少々、嫌かなり怯えているように見えた。
「……返す言葉もございません」
「どうしてもって言うなら」
「言うなら!?」
「五回連続で朱野とペアになって見せろ」
「理不尽ですよ!?」
理不尽だと思った。洲野尾先生も、これならと思ったはずだ。しかし、大番狂わせはどこで起きるかわからないものだ。
「……お前、嘘だろ……」
俺は今、三連続で佳那芽さんとのペアを引き続けてる。佳那芽さんも、何故か女子とペアにならずにいる。今の俺は仏の顔をしていることだろう。
「くっ、流石に四度はないだろう!」
洲野尾先生はくじを入れ直し、今度は先に俺に渡してきた。なるほど、そうきたかっ!
「先生すんごいこすっからいですね」
「やかましい。朱野を、生徒を守るのが教師だ多分」
「多分て言っちゃってるよこの人」
「いいから引け天篠。そして朱野は最後だ」
この人マジで卑怯過ぎる!? だがこれを乗り越えないと佳那芽さんと観光できない……。ていうか何でこんなことになってるわけ? 俺が佳那芽さんに手を出す甲斐性があると思ってんの? 所詮チキンだぞ? 佳那芽さんの部屋に行ったくせに特に何の成果も得られなかったんだよ?
心の中で自虐しながら一枚引き、開かずに握った。あーもう無理な気がしてきた。流石に佳那芽さんが最後に引くんじゃこの戦いに勝ち目はない。でもそれでいいかもしれない。拒絶とかされたら立ち直れなさそうだし、俺自身、何話すつもりなのか考えてもいない。
上手く行くはずが……
「なん……だと」
洲野尾先生が驚きの声を上げる。佳那芽さんが握っているのは二番の紙。そして同じ数字を持っているものは、他にいない。ただ一人、俺を除いて。
「え、マジか」
正直に言うと俺が一番驚いている。まさか、リーチをかけることができるとは。
これはまずい。これは辞退するか! その方がみんなハッピーだよ! 佳那芽さんも空気が重い観光なんてしたくないだろうし!
「あの、俺……」
「やるじゃないか天篠ォ!」
部長の一言が、俺の声を綺麗にかき消す。あ、これはまずい流れ。俺は部長に負けない声を出すために息を吸って……
「いけるぞ天篠!」
「おッ、げほッ! ごはッ!」
タイミング悪く背中を叩かれ、激しくむせる。そうやって苦しんでいる間に勝手に話が進んでいく。
「くっ、どうすれば天篠にぶつぶつ……」
「いけ天篠! 漢を見せろ!」
くそ、魅羅! 気付いて止めてくれ! 期待の眼差しで魅羅を見て絶望した。魅羅、気付いていて止めようとしていない。正臣も同じ。くそっじゃあ玲司は……ウインクしてないで止めて!
他の奴は止めてほしいことに気付いてくれない。でも、静かになった。今なら簡単に辞退できる。佳那芽さんのことを考えるのならば、今すぐ辞退するべきだ。でも俺は引いた。我欲が勝ってしまった。やっぱり、一緒にいたいんだ。チャンスが、欲しいんだ。
次に引くのは佳那芽さん。佳那芽さんは俺をちらと見てから、恐る恐る引いた
***
「まあ、ですよね。俺にしてはでき過ぎだと思ったんだ」
アイスを貪りながら俺はぼやく。すると隣を歩く玲司がにこにこ笑顔で俺の顔を覗いてくる。
「助かったって、少しは思ってたでしょ」
「まあ、うん。気持ちバレてるの知ってから今まで以上に話せてなくて、何話していいかわかんなくなって。もうつらい」
「ドンマイ巽。佳那芽さんを尾行してないだけいいと思うよ」
「そんなことしたら顔も合わせられなくなるわ。とにかく後で立て直す術を考えねえと」
今はまあ、観光を普通に楽しもう。ずるずる引きずるのも男らしくねえ。
「今日の晩ご飯も超おいしいバイキングだよな?」
「そうだね、今日はオールバイキングデーだよ。その後花火セットで花火するらしい」
「そりゃあいいね。楽しみだ。あ、鯛焼きだ、いい匂いすると思ったらそれか、俺買ってくるけど」
「僕も行く。巽どれにするの?」
「粒あんとカスタード」
「二つも買うんだ。僕はあんこだけでいいや」
俺と玲司は少しばかりできている列に並んで順番を待ち、回ってきたら各々注文して、会計をした。
「さっきから買い食いばかりしてるね、巽」
適当な日陰のあるベンチに座り、鯛焼きを頭からかぶりつく俺に玲司が苦笑いを浮かべながらそう言った。
「んく……確かに、やけ食いばっかしてんな。太りそう」
「僕は巽が太っても好きだよ」
「はいはい。食ったらその分運動すっから大丈夫ですよ。何なら一緒にすっか?」
「何を? エクササイズ? セクサんぐ」
「走るんだよ。エロ漫画の読み過ぎだあほ」
俺は玲司の口を塞ぎつつ、ため息を吐く。本当にこいつは余計なことばかり。
「——ねえ、巽。このままじゃ僕との勝負に負けちゃうよ?」
「今までの感じ、勝てなくても負けることだけはないね。第一お前……」
ここまで言って、ふと引っかかった。別に大したことじゃない。今までの玲司がどうだったかとか考えて、思いついた可能性の一つのようなもの。
「お前さ、勝つつもりある?」
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