2-4 俺は彼女を想い、彼女は推しカプを想う

 鏡嘉さんが運転する車内、運転席の一つ後ろの座席に右から俺、正臣、魅羅。その後ろの座席に右から玲司、咲哉、部長が座っている。

 場の空気は真剣な雰囲気が支配しており、みんなの手に五枚のトランプのカードが握られていた。


「こうしてみんなと真剣勝負をするとはな」


 部長がしみじみと言うと、魅羅がふっと悪役みたいな笑みをこぼす。わあ、なんかはまってるな悪役顔。


「アタシは本気で行くわよ? 良い子は降りることをお勧めするわ」


「まあ楽しもうよ。ポーカーなんて滅多にやらないんだしさ。それに僕、巽に勝った時何してもらおうか考えなきゃいけないし」


「寝言は寝て言えよ玲司。俺は玲司だけは負けねえぞ?」


 ふぅーっと息を吐く音が聞こえた。正臣が棒状の菓子でタバコを吸う真似のようなことをしている。意外にもノリノリなご様子。咲哉はよくわからん表情をしているが、大方なんだこれ、とでも思ってるのだろう。


「さてと、手札公開と行こうか」


 部長が少しかっこつけた声でそう言って、カウントダウンを始める。そしてゼロになったタイミングで一斉にオープン。

 俺は七、正臣はJ、咲哉は五のワンペア。部長は二のスリーカード、魅羅がKが三枚四が二枚のフルハウス。そして……


「玲司ぶたじゃん」


「んあ……巽が唐突に罵倒を……」


「違うから興奮するな体をくねらせるな」


「なんなら狙ったのかもしれないわね、たっつんにぶたと言われたい一心で」


「んーん、勝ちを狙ったよ」


「えぇ、それでぶたって」


 玲司の運の悪さがここで露呈している。まあ玲司最初の手札交換の時五枚捨ててたし、残り二回も四枚とか平気で捨ててたし、予感はまあしてた。

 一方で魅羅はずっと一枚しか捨てていなかったので、最初の手札でツーペアができていたりしたのだろうか。


「てか魅羅悪役顔ハマり過ぎて途中笑いそうになっちゃったわ」


「失礼ね、たっつん。咲哉きゅんの方が悪役っぽいわよ。感情の読み取れない微笑みが」


「そんなつもりはなかったんですけどね」


「咲哉きゅんは天然ポーカーフェイスなのね」


「咲哉は怒ってたり、わくわくしてるとすぐわかるけど、他はよく見ないとわかんないんだよな」


 咲哉はそうかなぁ、と不満そうな声を出し、みんなからは笑みがこぼれた。そう、正臣も含めてみんな。


「……正臣も何気にノリノリだな」


「まあ、俺もそれなりに浮かれてるんで」


 こっぱずかしいのか、そっぽを向く正臣。その頬は少しばかり赤らんでいる。


「それよりも大富豪しよー」


 玲司よ、それはちょっと正臣に対して反応が薄すぎないか? 距離の取り方がわざとらしい。あからさまに玲司は正臣との距離を開けている。まあ学校で見る限りでしかないが……


「まあ、やりますか、大富豪。車ん中だとポーカーよりやりにくいが」


「まあ何とかなるわよ」


 魅羅がカードをシャッフルしながら笑う。とりあえず、楽しんでいこう。


「よーし、玲司を大貧民にしようぜ」


「それいいですね。乗りますよ」


「ちょっと巽? 正臣? 酷くない?」


 そう言われ、俺と正臣は顔を合わせた。そして同じタイミングでニッと笑う。


「酷くないよな」


「酷くないですね」


「えぇ、もう仲いいじゃん」


「ふむ、面白そうだから巽に加勢しよう!」


「僕はいつでもお兄ちゃんの味方なので」


「ちょ、僕は一人かい!?」


 泣きそうな面でやや抑えめに叫ぶ玲司。そんな玲司の肩に魅羅はそっと優しく手を置いた。瞬間、玲司の表情に希望が宿る。


「アタシもたっつんの味方するわ!」


「……くそったれ過ぎるとは、このことか……」


 玲司の表情から希望が消え失せ、無になってしまった。くそったれ過ぎるとは、このことよ。


 ***


 前を走る鏡嘉さんの車の中がわちゃわちゃしているのが見える。巽君と宮原君、イチャコラしてるといいなあ。私は洲野尾先生の車の助席でそんなことを思いながら見ていた。

 後ろでは、みーちゃんと仁科君と沙和ちゃんが座っており、沙和ちゃんは仁科君の腕を胸に抱きながら、みーちゃんに少しばかり敵意を向けていた。

 何故こうなったのか、それは車が出発してすぐのこと。


「いやぁ、災難だね。まあ仲良くしようよ。初めまして二人共。うちは瀬良雅ね」


 みーちゃんが軽く挨拶をして握手を仁科君に求める。その手を仁科君はおずおずと握った。


「ど、どうも。仁科光です」


「み、岬沙和です」


「光ちゃんに沙和ちゃんね。光ちゃんは立派な男の娘だこと」


「……? はい、男ですよ?」


「やー、違う違う。さっきの『こ』は子供の『子』じゃなくて、『娘』って書いて『こ』だよ」


「え……え?」


「みーちゃん、仁科君わかんないから」


 戸惑っているようなので私がみーちゃんに指摘する。するとみーちゃんはそれもそうだ、と言った。


「まあ簡単に言えば女の子みたいな男の子だねってことだよ」


「……それ、よく言われます……」


 そう言ってへこんだ様子を見せる仁科君。それを見た沙和ちゃんが少々不満げにみーちゃんを見る。


「瀬良先輩」


「雅でいいよ? あ、なんならみーちゃんとかでも」


「では雅先輩、あまりひかちゃんに可愛いとか女の子っぽいって言わないでください。ひかちゃんはかっこいいとこいっぱいあるんですから!」


 そう言って、沙和ちゃんは仁科君の腕に自分の腕を絡めて引き寄せた。それを見たみーちゃんは、面白いものを見たような顔をして、ニヤリと笑う。ああ、ちょっかいかける気だな。まあ度が過ぎることはしないでしょ。……きっと。


「ふうん、例えば?」


「た、例えば!?」


「あれ? 言えない?」


 沙和ちゃんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。その表情はみーちゃんの好物だったりする。


「でもまあ確かにかっこいいというか、男っぽいとこあるかもね。多少は体鍛えてて引き締まってるし」


 みーちゃんはぺたぺたと仁科君のお腹や二の腕を触りだす。更に体も仁科君の方に寄せていっている。仁科君の視線は泳いでおり、時折胸元に行っている気がした。


「だ、ダメー!」


 沙和ちゃんは仁科君の顔を胸元に引き寄せて抱きしめる。かなりてんぱっているようで苦しそうに唸る仁科君に気づかない。


「何のつもりなんですかっ! は、破廉恥です!」


「……おい朱野」


 洲野尾先生がため息交じりに私を呼ぶ。


「はい、なんですか? 先生」


「後ろがうるさいから止めてくれ」


「はーい、了解です。みーちゃんー?」


 みーちゃんを呼ぶと、うっと声を漏らしてこちらを見る。


「もうダメ?」


「ダメだねえ。それと沙和ちゃん、腕の力緩めないと仁科君が」


「え? あっ! ご、ごめんひかちゃん!」


「ああ、うん。大丈夫……」


 沙和ちゃんは一旦仁科君から手を離し、今度は控えめに仁科君の腕を胸に抱いた。

 可愛いなぁ、沙和ちゃんは。みーちゃんも同じことを思っているのか、にこにこしている。沙和ちゃんはみーちゃんを牽制するのに夢中で仁科君が顔をここ一番に真っ赤にしているのに気づかない。


「……落ち着いたか? 落ち着いたのならちゃんと座ってろよ。じゃなきゃタバコ吸うぞ」


『あ、どうぞー』


「……お前ら、恐ろしく抵抗ないな?」


「なんか先生って、生徒の前では吸わなさそうですし」


 私が笑いながらそう言うと、後ろの三人も首を縦に振った。


「まあそれもあるけど、うちの両親吸ってますし。別にって感じ」


「……やめとくわ。とにかくちゃんと座ってろよ」


「じゃあうち、先生と鏡嘉さんの出会い聞きたい!」


「さーて、あと何分で着くかなー」


 先生は露骨にスルーし、口笛を吹き始める。みーちゃんはぶーぶーと可愛らしいブーイングをする。

 その後、先生は話をはぐらかし続けた。私も興味があるものの、ここまで話したくなさそうだと別にいいかなと思った。


 ***


「ねえ鏡嘉さん」


 俺は大富豪にて一抜けし、俺だけが終わった状態が続いたので鏡嘉さんに話しかけてみることにした。というか、相談に近いかもしれない。


「ん、どうしましたか? 巽君」


「どっちから告白したんですか?」


「おや、気になります?」


 唐突な質問になっていると思ったが、鏡嘉さんは少しもたじろぐことなく俺に返した。


「……まあ、現在好きな人がいるんで」


「……自分から告白しましたよ。片想いでしたから」


「片想い……」


 思わずこぼれた俺のつぶやきに、鏡嘉さんはふっと笑った。


「巽君も片想いですか?」


「ですね、一年の頃から。まあ関わりを持てたのは二年に上がってからですけど」


「自信がないかい?」


「全くこれっぽっちもないですね」


「清々しいほど弱気だなあ」


 声を大にして笑う鏡嘉さん。そんなに面白いこと言ったかな? こちらと笑い事じゃないんだが。


「……いや、笑い過ぎたね、ごめん」


 鏡嘉さんはバックミラーで俺をちらとみたらしく、申し訳なさそうに謝ってきた。


「でもね、自信は待たなきゃ。自分の一番の魅力をアピールしないと。全部を好きになってもらう必要はないからさ」


 自身の経験からの言葉なのだろうか。だが流石にそれは俺でもわかる。全部好きでいてほしいなんて傲慢だろう。でもなあ。


「一番の魅力になりえるものがない場合はどうしたらいいっすか」


「ない人はいないから探そうね」


「……ですよね」


 なんだろうな、俺の魅力って。玲司なら答えられるだろうか。いや、いきなり他人任せってのもな。


「巽、もう一回やるよ! 大富豪!」


「お、やっと終わったか。誰が大貧民?」


「……」


「察し。玲司か」


「むきーっ! 次こそは勝つ!」


 玲司が妙に気合を入れてカードをシャッフルする。


「……鏡嘉さん、ありがとうございました」


「いいえ、上手く行くといいね」


「はい」


 上手くやるためにも、今回の海合宿では少しでもいいから踏み込んでいこう。


「あと十分か十五分で着くよー」


「ありがとうございます、鏡嘉さん。それではこれをラストマッチとするか!」


 部長の掛け声に皆が頷く。この勝負で、玲司がまた大貧民になったのは、可哀想なので別の話。……ということにしておこう。

 そんな感じで、二泊三日の海合宿は緩くスタートした。













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