1-7 俺はBLと縁を切れない男

 深く、深く落胆する。どうしてこうも世界は俺に試練を与えたがるのだろうか。

 ん? 何があったかって? そんなこと言っておきながら想像がついているのではなかろうか。俺も、視点を変えていれば確信は持てずとも仮設くらい立てれた。まあ、見てみよう。なあに、たった五分前ほどの出来事さ。


 ***


「あのね、天篠君……付き合ってほしいの。恋人って意味で…」


 頬を赤くしながら、朱野さんは俺の目をじっと見つめてそう言った。無論俺はドヤ顔決めてる。

 まさか片想いの相手である朱野さんと付き合えることになるとは! 実は両想い展開は王道だが良い! それにこれは玲司に勝つことになる。ここから俺のラブコメが始まるのだ! 悪いな玲司。お前とはズッ友だ!

 よし、と心の中で気合を入れ、喜んでお付き合いさせていただきますと言おうとした、刹那。ワンテンポ早く朱野さんが口を開いた。


「宮原君と!」

「……喜んでお付き今何て?」


「え?」


「えっ?」


「え?」


「えぇ……」


 二人の間に流れる微妙な空気。まあまあ落ち着け。まだ慌てる段階ではない。きっと幻聴だよ。きっと肉体年齢が年寄りなだけだよ。


「朱野さん、今のもう一回、言葉をあまり長く切らずに言ってくれないかな」


 眉が引きられ、声を震わせながら何とか問うことができた。それに対して朱野さんは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら言い放つ。


「あのね、天篠君、付き合ってほしいの。恋人って意味で宮原君と?」


 ……なーんで、倒置法使うかな。倒置法を用いる理由なんてないでしょ。何? 新手のいじめですか? 上げて下げるとか精神ズタボロにする気満々じゃん。ドSかよ。

 まあ、俺からアクション起こしてないからハッピーエンドになるはずないよな。それに、腐女子という可能性さえ思い浮かんでいれば、俺たち二人を見ていたら俺と目が合ったという仮説が立てられた。

 俺にも非はある。あるんだけど、あるんだけどだ。思わせぶりなのはどうかと思うんだ。


「えっと、それを俺に言おうと思った経緯いきさつを知りたいんだけど、いいかな?」


「それは、天篠君と宮原君最近二人凄い仲良さそうじゃない?」


「まあ、友達だし」


「いいや、正直に言うね。二人は友達を超えてると思うの」


 何を言い出すんだこいつ。何て口が裂けても言えない。とりあえず黙って次の言葉を待った。


「だってね、だってね、二人意味ありげな視線送り合ったり、宮原君はボディタッチ多いし天篠君は総受けしてるし」


「その総受けって止めてくれない?」


「宮原君と一緒にいる天篠君凄く楽しそうだし、宮原君が教室戻るときとかちょっぴり寂しそうな顔しちゃうし!」


 あっだめだこれ聞いてねえな。いつもクールな雰囲気の朱野さんはここにはいない。いるのは頬を赤らめて興奮気味に俺と玲司について語る腐女子。


「極めつけに授業中に逢引きしてたし! もう付き合えよ! ってなって」


「待って聞き捨てならない。あれは違うから。逢引きじゃないから!」


「もう妄想が捗り過ぎて辛い……幸せ……」


「いいから戻ってきてくれません?」


 もう俺はついていけてない。もうわかんねえな。帰っていい?凄く帰りたい。


「……で、とどのつまり何が言いたいの?」


「レイ×タツのカップリングが尊いと思う」


「ははっ、やっぱ腐ってるな」


「ま、待って!」


 もう用はない。踵を返し部室に向かおうとすると、袖をくいっと引っ張られる。


「タツ×レイもあり」


「順番の問題じゃないから」


「ちょ、待って! 返事聞いてないよ!」


「わからないかなあ! 全力で、拒否するぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 俺は怒った。全てを統べる残酷非道、邪知暴虐の神々に。もう俺が新世界の神になるうううううう!


 ***


「というわけで、走って逃げてきました。俺は悪くない。世界が悪い」


「はいはいそうね。それにしてもあの朱野さんが腐ってるとはねえ。意外だわ」


「男子生徒からすれば、天使みたいな人だからね。あ、僕はそう思ってないよ。僕は巽の方がいいよ!」


「なんの主張だよ。とりあえずもうヤダ、新世界の神目指すわ。俺が全てを支配する」


 部室の隅っこで体育座りの体勢で宣言する。とりあえず聖書でも読んでみようかな。


「落ち着きなさいな、たっつん。少しはポジティブに考えなさい」


「この状況を? ポジティブれって? 無理ゲー」


「とりあえず聞いてたっつん」


「……わかった」


 一体どう考えればこの状況をポジティブに考えられるのか、聞こうじゃないか。


「それはね、玲司きゅんと付き合えば今の地獄から抜け出せる」


「確かに魅羅の言う通りだね、巽」


の地獄から抜け出せるだけだろ!? その先に待ってんのBLエンドじゃねえか!」


「冗談よ。朱野さんと話し易くなった可能性がある、よ」


「ほほう、その心は?」


「行動に移してきたんでしょう? なら今後も玲司きゅんと付き合うように言ってくる可能性がある。つまり、たっつんの行動次第では攻略のチャンスってこと」


 なるほど、と俺は思った。確かに今までは話すきっかけなど皆無だった。そう考えれば、チャンスは少なくともゼロではなくなったと言えよう。

 だが結局はゼロではないだけで、限りなくゼロに近い。もう詰んでる気しかしないんだけど? 好きな人変えていい?


「たっつん、まさか好きな人変えようなんて考えてなあい?」


「……少しだけ考えたのは認めるよ。だがな魅羅、俺にだってな? プライドの一つや二つくらいあるんだぜ? ……変える」


「ちょっと? そこは変えないっていう場面よ」


「ですよねー」


 わかってはいたさ。高嶺の花だったことくらいさ。元々ころっと落ちてくる訳がないと思っていないのだから、これくらいで凹むのはださい。


「……巽、無理しないで。僕の所においで」


「やだ」


「どストレートなやだ! 地味に傷つく!」


「まあ、とりあえず魅羅の言う通りだな。チャンスは自分で掴めってことだろ? やってやろうじゃない。朱野さん攻略してみせようじゃん。勝つのは俺だからな!」


 俺はそう高らかに宣言した。俺だってな、本気を出せば基本的に何とかなったりするんだよ。きっと。


「その意気よ、たっつん。頑張って」


「ああ、何なら速攻で惚れさせてやるぜ!」


 ***


「無理だわこんなのおおおお!」


 昼休み、俺は周りに人がいないことをいいことに叫んだ。現在俺は四階と屋上を繋ぐ階段の踊り場に座り込んでいる。手には、四百字詰め原稿用紙がざっと二十枚。内容は、官能小説。主人公は女子高校生。その女子高校生が『』と『』がセックスしている現場を見てしまうと言った内容であった。酷い。何が酷いって、内容最悪なのにやたら文章力があるもんだから、文芸志望の俺のメンタルをブレイクしに来てることだ。朱野さんが作った世界に引き込まれる。そんな感覚を味わった。一つ残念だと思うのは息子の描写とややファンタジーのように感じることくらい。って、何冷静に考えとるんじゃ!

 ……この現状になった原因は、俺の片想いの相手、朱野佳那芽さんだ。それは今朝のこと。


「朱野さん。少し話しがあるんだけど」


 俺が勇気を持って、声をかける。すると朱野さんはよく知るクールな雰囲気で俺を見た。


「ちょうどよかった。私も、見せたいものがあるの。教室ではあれだから、きて」


 そう言われてドキッとしたことは認めよう。しかし、それは一瞬のこと。周りの友達の視線が察し……とか、ご愁傷様……みたいな感じだったのを見て、俺は察した。あなたたちは朱野さんがBL好きって知ってるんだろうな。そしてこれから、BLの話をされるんだろう。

 だからといっておいそれと主導権は渡せない。何とかして握らなければ。そう思ってはいたのだが、腐のエンジンがかかった彼女を誰が止められようか。いや止められない。


「これ、昨日帰ってから急ぎで書いたの。天篠君と宮原君が濃厚な絡みを展開してるの」


「そ、そうですか……それで朱野さ……」


「是非、読んで? そして感想を聞かせて? 小説ではこう書かれてたけど実際はこうだったよとか、期待してるから!」


「実際にしたことないんですけど!?」


 だから目を輝かさせないで! 期待しないで! 俺にそっちのけはないんだってわかって! 何て心の中で懇願したところでわかってくれるわけない。


「ならこれを参考にしていいから!」


「やる予定も皆無なんだが!?」


「天篠君」


「何」


「デレが足りない」


「足りたら困るわ」


「確かに困る。誘い受けな天篠君が想像できてしまう」


「されても困るわ!」


「天篠君」


「何」


「いいホモが待ってる」


「BLの時点でいいもクソもない!」


「読んだら感想お願いね?」


「嫌過ぎるんだが!? ちょっと朱野さん!? 待って、行かないで! 朱野さんの要件しか終わってないよね!?」


 ……なーんてことがあって、結局押し負けて、まんまと主導権握られて、官能小説これを押し付けられたのだ。

 もうほんと、勝てる気全くしない。好みの女の子が朱野さん以外にいたら、ころっと行ってしまいそうだと素直に思った。

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