1-13 これはもうくそったれ過ぎる流れ

 とうとうやってきたお昼。今日は俺と玲司、朱野さんに加え、魅羅と正臣、そして部長まできていた。何で部のメンバー揃っちゃってんの? 凄い注目の的なんだけど。


「……なにこれ」


 魅羅を見ながらそう呟くと、困ったような笑みを浮かべた。大丈夫俺も困ってるから。


「えっとね、アタシはいつも一緒に食べてる子が部のメンバーで食べるからって。だからこっちに来たわ」


「正臣は……玲司がいるから、魅羅もくるらしいから、か?」


「正解です」


 当たってるんかい。まあいい。次は若干聞きにくいが、一応は聞いておきたい。ていうか聞いてくれと言わんばかりの表情だ。


「……部長はどうしてここに?」


「うむ、よく聞いてくれた! 親友からな、下級生と交流することの大切さについて教えられてな。どうしようか迷っていたところ、魅羅に声をかけてもらったのさ! 面白い話も聞けるらしいしな」


 最初はしみじみと語っていたが、最後の面白い話のところでワクワクを隠せぬ様子であったことからそっちが本命だと思われる。


「面白い話なんてないんですけどね……」


 はあ、とため息を吐きながら仕方なく弁当箱を二つ取り出し、一つを玲司に渡す。それを俺と玲司以外がじっと見ていた。え、何?何なの?


「もう付き合ってたっけ」


「何言ってんの朱野さん」


「いやー、やっとデレたのかと」


「んなわけ」


 ジト目で睨みつつ再度ため息を吐いてしまう。今日は何をするにおいても億劫だ。ツッコミを入れることも雑になっているという自覚もある。


「随分と参ってるね、天篠君。朝三上さんと話してたことを考えてるの?」


 急に朱野さんがふざけなく、優しく問いかけてくるものだから、少し驚きつつ首を縦に振った。


「話したら楽になることもあるよ?」


 ずずいと近づいてくる朱野さん。ちょっと近寄り過ぎ、周りの男子からの恨みの目が怖い! 相談に乗ってくれるのは嬉しいが。

 いや、これは……ちがうな。目の奥が若干輝いてやがる。まさか話し聞きたいだけでは!? てもまあ、確かに楽になるかもしれない。……魅羅と正臣、それに部長もいるし、ワンチャン玲司もまともな意見くれるかも。


「話すよ。話すからちょいと離れて」


 ふいっと顔を背けながら言うと、距離の近さに気付いてくれたようで、ぱっと離れてくれた。

 俺はそれを確認してから、弟によるお兄ちゃんのパンツクンカクンカ事件を語るのであった。


 ***


「いいよ。凄くいい」


 朱野さんの反応が案の定過ぎてツッコミを入れる気力がない。それに妄想の世界に入っちゃったからツッコミ入れても無駄。


「よくないんだよなあ。本当に何もよくないんだよなあ」


 だから俺は呟くようにそう言うしかなかった。

 はあ、とため息をついてチラと玲司の反応を見る。玲司は何か真剣に考えているようだ。ロクなこと考えてなさそう。


「……好敵手ライバルか……」


 あっ、うん。案の定である。残念だがお前も弟も恋人にしたいランキング圏外だ。わかってくれ。


「天篠先輩はあれですね。男もて遊ぶ最低野郎になりたいんすか?」


「正臣辛辣! 超辛辣! やめて、俺そんなのを目標になんかしないから!」


 後輩男子にジト目向けられるとか誰得ですか? 何か話したら気が楽になったけど心に傷が付いたわ。プラマイゼロなんだよなあ。

 俺は希望の眼差しを部長に向けてみる。すると部長はニカッと笑った。それを見て、俺の期待値上昇。


「どんまい!」


 そして急降下。というか直角に落ちた。それだけ? まあ、らしいといえば、らしいんだけど……

 思わず目に見えるほど落ち込んでしまう。


「まあまあ、あまり落ち込まないでたっつん。隠してたってことは想いを伝える気がなかったってことよね?」


「まあそうだろうな。ゲイってだけで偏見を持つ奴はいるんだし、その中の一人に俺が入っている可能性もあったわけだしな」


 だが、俺にバレた。そして俺は明言していないものの、偏見はないような対応をしたと思う。開き直りきって迫ってこなければいいんだが。悩みどころさんはそこだけと言ってもいい。


「……これ食いながら話せばよくね? 何でみんな結構真面目に聞いてるの?」


 今まで言わないでおこうと思っていたが、流石に気になってしまった。注目の視線も、先ほどより多くなっているし。


「それもそうね、食べましょうか」


 いただきますと、不揃いに言って弁当やら購買のパンやらを食べ始める。


「たっつんは弟さんのこと、どうするの?」


「んー、とりあえず親には言えねーよなと思ってる。まあ、好意を寄せくるくらいに留めてくれればいいんじゃないかな」


「じゃあ、そういうしかないわね」


「問題は素直に聞いてくれるかだが、そこは言ってみないとわかんないしな」


「でもさ、天篠君」


 朱野さんが真剣な眼差しで俺を見てくる。本来であればドキドキするだろうが、今は悪い予感しかしない。


「一応聞くけど、何?」


「何か凄い信頼がないなぁ。まあいっか、家族内の恋愛ってさ、実妹とか実姉とかだったらダメでしょ?」


「ダメだね」


「でもね、男同士なら実でも義でも関係なしでおっけーだよ!」


「男同士の時点で俺的にアウトなんだよなあ」


 ていうか法的にそこはどうなんだろ。男同士でも禁止だったりするのか?いやまあ禁止だろ。というかそうだと信じたい。


「ねえ巽」


「ん? どうした玲司」


「僕、弟さんに会ってみたいんだけど」


「え、何で」


「語り合えるかもしれない」


「何について」


「巽について」


「あっはいそうですか。お断りしたいです」


 俺は即答する。家に来るだけならいいが、弟と会いたいというのは、今の現状流石に面倒くさそうなのでご免被りたい。

 だというのに食いついた人物がいた。


「私も会ってみたいなあ」


 朱野さんがしみじみと呟き、こちらをチラチラ見てくる。ええ、何その期待の眼差し。そんなに期待されても応えることはできないぞ。ていうか何さこの合コンをセッティングすることがメインの人みたいな感覚。


「いいじゃない、たっつん。アタシも興味あるんだけど」


「おいおい? 魅羅まで何言ってんだ」


 何か、まずい流れのように感じる。早々にこの話を切り上げろと本能が言っている気がする!


「も、もうこの話は――」

「ならば部活を天篠の家でやればいいじゃないか!」


 遅かった。俺が言い切る前に部長が絶望の提案をしたのだった。神は仰ってますわ。これはみんな押しかけてくる流れだと。あーもーくそったれ過ぎるわ。


「いいですね! 私は行けますよ」


 朱野さんは目の輝きを一層増して力強くそう宣言。


「僕ももちろん行ける」


 玲司は当たり前だろ?みたいな視線を俺に向けながら。


「玲司が行くなら」


 正臣は俺に対して興味がないことが露骨に感じられる言い方で。


「ごめんねえ、たっつん。普通に興味が沸いちゃって」


 魅羅はてへぺろをしてきた。


「満場一致だな!」


「満場一致っていう言葉の意味を調べてください部長! 反対の人、ここにいますよ! ここに!」


 そう訴えるものの、やはり少数派は弱いもので、俺は押されに押されること数分。折れてしましました。五人に勝てるわけないじゃない……


 ***


 放課後。家に帰る道に、六つの影が伸びている。それを見て俺はため息を吐いてしまう。

 本当に来るんだなあ。結局、渋々了承してしまったので当たり前か。


「あそこを右に曲がってしばらく真っ直ぐ行って三個目の十字路を左に曲がったら巽の家に着くよ!」


「いや何でお前が詳細に説明してんだよ、おい。合ってんのも怖いし」


 他のみんなもへー、とか言わなくていいからツッコミを入れて欲しい。この知られている感覚は慣れそうにない。

 とりあえずここまで来てしまったので帰れなんて今更だ。玲司が言った通りの道を歩き、我が家の前に辿り着いてしまった。

 これから始まるのは、きっと地獄であろう。そんな予感が拭えなかった。











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