1-14 五名様、我が家にご招待です……
家の前にたどり着いたのはいいのだが、俺は踏み出せないでいた。弟にはこのことは前もって伝えているが、果たしてあいつにとって良いことなのか。無理をさせたかもしれん。
ああくそったれ、知るかよそんなの。こんな状況になるなんて予期してる奴なんていねえ。
「ようこそ、我が家へ。遺憾ながらおあがりください……」
「ここで遺憾の意を使う人いるんすね」
正臣が思わずといった様子で苦笑いを浮かべる。そうは言われても、思い通りにことが運べなかったからなあ。
そんなことを考えながら玄関の鍵を取り出して鍵穴に入れて、回す。そして扉を開けると咲哉が待機していた。
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
「あ、もうお兄ちゃん固定なの?」
「母さんや父さんの前以外は」
「ふうん、まあいっか。電話で話したけど、友達連れて来た。BLとかに理解がある人たちって言えばいいかな。入って」
こういう時、流石の玲司も軽いノリやふざけは入れてこないんだな。最低限マナーがあって嬉しいぞ。俺の個人情報調べ上げたのを除けば。
「……玄関で紹介するのは愚策だな。咲哉、みんなを俺の部屋に案内してくれるか?」
「うん! もちろんだよ、お兄ちゃん! 初めまして、天篠咲哉です。ご案内しますね!」
屈託のない笑顔を見せ、玲司たちを俺の部屋まで案内する。それを見てから、俺はお菓子やらジュースやらを冷蔵庫まで取りに行った。
***
部屋に入ると、意外とみんなおとなしく待っていた。エロ本探しとかされると思ってたが、とりあえずよかった。
「んじゃ改めて、弟の咲哉です」
「はい! 好きな人はお兄ちゃんです!」
「うんそれはわざわざ言わなくていいよ」
爽やかな笑みを浮かべながらブラコン発言はやめてほしいな。お兄ちゃん恥ずかしいよ。てかテンション高いな。でもまあ、昔は俺の後ろをずっとついてきてたっけ?
なんて考えていると、玲司が咲哉の前に行って手を差し出す。
「初めまして、僕は宮原玲司。僕も巽のことが好きだよ」
玲司も負けず劣らずの爽やかな笑みで挨拶をする。咲哉はぱあっと目を輝かせて差し出された手を両手で包み込むように握った。まるで同士に会ったと言わんばかりだ。
「凄いイケメンだね、お兄ちゃん」
「そーだな、俺からしたら咲哉も変わらんくらいかっこいいがな」
「えへへ、そうかな? ボクはお兄ちゃんのことかっこいいって思ってるよ!」
皮肉っぽく言ったのになあ。ポジティブに受け取られてしまった。俺はこの流れを断ち切るべく、魅羅に視線を送る。魅羅はすぐに気付き、こほんと軽く咳払いした。
「次はアタシね。三上魅羅よ、よろしくね、咲哉きゅん♪」
「……? はい! よろしくお願いします!」
咲哉は『きゅん』と付けられたことに首を傾げつつ、これまた爽やかな笑みを見せる。
「……日野正臣。よろしくね、咲哉君」
「よ、よろしくお願いします! ……いい男が三人も……お兄ちゃんが取られる?」
「ないから。まず男は恋愛対象じゃないから」
辛辣だが正直に言っておこう……そう思って言ったのに肝心の玲司と咲哉は聞いていなかった。
そんなことはまあ、予想できたことだ。それよりも、正臣がにこやかに笑ったことに驚いている。驚いているの俺だけで、他は特に気にすることなく自己紹介は進めるようだが。
「初めましてだ、天篠弟! 俺は剛野彰人。よろしくな!」
「凄く強そう……よろしくお願いします」
「ん、おおとりは私か。初めまして、私は朱野佳那芽です。これからお兄ちゃんといっぱいラブラブしてね」
「初めましての挨拶で何ぶちかましてくれちゃってんの!?」
「はい! 言われなくてもわかってます!」
「咲哉も答えなくてよろしい!」
一番朱野さんが酷い挨拶かましてくれたな。玲司は案外大人しいな。一番警戒してたんだがな。まあ何も起きないに越したことはない。それに今日は真面目な話をする予定だからな。
「それで、何でこんなに人が?」
咲哉がごもっともなことを言う。本当に何でこうなるかなー。
「本来なら魅羅に相談するだけしようって思ってたんだが、かくかくしかじかでここまで広まったんだ」
「そっか、大変だったねお兄ちゃん」
「何か通じ合ってる♡きっと心の距離が近いんだね」
「単にたっつんの悲壮感漂う顔が物語ってるだけよ朱野さん……」
魅羅の言う通りである。もう故意に顔に出してるくらいだ。本来ならここまでの大事にするつもりなど皆無だった。
「とりあえず、二人で話そうか。咲哉」
「うん」
俺と咲哉は部屋を出て、物置部屋と化している奥の部屋に入った。
「咲哉は、俺とどうなりたいとかあるわけ?」
俺はなるべく優しく言った。まずは、本音を聞いておきたかった。しばらくしんとしていたが、咲哉は意を決したように顔を上げる。
「ボクはお兄ちゃんのこと、好きだよ。でもお兄ちゃんにそっちの気がないこと、知ってる。だからお兄ちゃんがボクになにを言いたいか、わかるよ」
どこか寂しそうな雰囲気を纏っているものの、まっすぐに俺を見ていた。そんな咲哉に俺は微笑みかけて、頭を撫でた。
「うん、俺はお前を恋愛対象にならない。でも、俺も好きだよ、咲哉。兄弟としてって意味になるがな。それは不変だ。昔から変わらない、俺と咲哉の絆がある。お前がブラコンだろうと、パッて切れるものじゃない。……俺も、大概ブラコンかね」
そう言って笑う。咲哉もつられるようにして笑ってくれた。昔見たことのある屈託のない笑みに少し、辛さが垣間見える。
「ありがとうな、こんな俺を好いてくれて」
「何言ってるの、お兄ちゃんはボクにとって、ヒーローだから。憧れてるし、好き。変わらないし、これ以上は求めない」
「……ありがと、咲哉」
……本当に咲哉は何処までも出来た弟だ。何処までも俺より優秀だ。俺がヒーロー、ね。俺には解し難い価値観だ。
「戻るか」
「うん! お兄ちゃんのお友達さんたちと喋ってみたい!」
「いい奴らばっかだから、たくさん話してくれるさ」
「うん!」
無垢な笑み。俺には眩し過ぎるんだよなあ。
俺はそう思いながら自分の部屋のドアを開けて中に入る。咲哉も俺に続いて入った。
「ただいま」
「おかえりなさいたっつん。もういいの?」
「ああ、大丈夫だよ。じゃあ部長、部活ここでするんすよね」
「いいのか?」
「ええ、咲哉がみんなと話したいって言ってますし、ここまで入れといてこっちは用済んだので帰ってなんて言えないですし」
言いながら、俺が咲哉の背中を軽く押すと、すぐに玲司のもとに向かう。自己紹介でいきなり俺が好きって言ったからかな。
「ねえねえ天篠君」
俺が適当に座ると、朱野さんが隣にきて肩をつんつんと突いてきた。嫌な予感しかしないんだよなあ。
「今日から付き合います宣言は?」
「ないよ、ない」
「え、何で」
「いや逆に何でさ」
「禁断の愛に期待してた」
「男同士ならセーフって言ってた口はどれかなー」
何なら頬っぺたをつまんでやろうかと思ったが、流石に気軽に触れられるような関係ではない。代わりにジト目で睨むことにする。すると朱野さんはふいっと顔を背けてしまった。何と反抗的な。
くっ、相手が男なら今すぐにでも横っ腹突いてやるのに!
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
俺が朱野さんをどうしてやろうか考えていると、咲哉が興奮気味に俺の服の袖を引っ張ってくる。待ってそれ女の子にされたい。
「どした」
「玲司さん凄いね! 玲司さんになら、お兄ちゃんを任せるよ……」
「一体何を吹き込まれたんだお前……勝手に任せないで?」
速攻で懐柔されてるよ。どうしよ、お兄ちゃんの敵増えちゃった? 俺は元凶である玲司を睨む。すると赤面された。えぇ、困惑。
「そ、そういえば巽、あれないの?あれ」
「どれ」
「エロ本」
「……ない」
「確かに本棚の奥じゃなくなってたね」
「ちょっと咲哉? 何で一年前の隠し場所知ってるわけ?」
こいつ中々の頻度で俺の部屋に入ってるな? 鍵つけた方がいいかな。
「っておい玲司、探し出すな。魅羅も朱野さんも」
「「「え?」」」
「いや何で? みたいな顔同時に向けられても」
なぜ部屋主の承諾なしに漁っちゃんだろう。ていうか玲司は何で一番最初にタンスの下から二番目の下着や靴下が入ってるゾーン当ててるんだよ。魅羅は家具の裏、朱野さんは無難にベッド下から見てるのに。さてはエロ本なんてどうでもいいな?
俺は玲司の手元をチラと見る。
「玲司、手に持っているパンツを渡せ」
「なんのことだか」
「おっと聞こえてないようだ。命令形だぞ。……おい、何で顔を赤らめる。やめろ、もっとくれみたいな顔すんな。いいから返しなさい!」
俺は問答無用に玲司の手から自分のパンツを救出。去り際に軽くチョップを食らわせておいた。まったく、何かしないと気が済まんのか。
「それで天篠君、エロ本どこー?」
「えっ、まだ探してたの!?」
何でそんなに俺のエロ本を見たがる?そう考えてるような顔でもしてただろうか、朱野さんは俺の顔を見るや否やふふっと笑った。
「ただ気になるだけだから。だからどこにあるか言ってみよう」
「……BLじゃないよ」
「え」
「ええ、なにそのマジトーンの『え』は」
「いやだってあり得ないから」
「何が」
「天篠君がBLのエロ本を持ってないことが」
一度、俺の性的趣向に興味があるのかと思ったが……まあ、ないよね。当たり前だ、希望なんて一ミクロもない。
「とにかくないったらない。諦めましょう」
「そう、残念。がっかりだわ、天篠君には」
朱野さんは何故かお嬢様風に言ってやれやれと肩をすくめる。
「何で俺なんだよ……」
否応なしにため息が漏れ出る。さてもう一人お宝漁りしてた奴はどうかな。俺は魅羅を見て、頬が引き攣る。なーんでお前は見つけちゃうかなー!
魅羅は俺が見つけられたことに気付いたのを見てから本棚の僅かな隙間に戻した。こいつ、俺の弱みを握りやがった!?
「魅羅よ」
「何かしら?」
俺は魅羅に近づいて行って小さな声で尋ねる。
「何が目的だ?」
「朱野さんに言おうかと思って」
「いや意味ないでしょ。BLじゃないんだし」
「じゃあ別にいいじゃない。それに純愛系だったし」
「おいうるさいぞ、いいな絶対に言うな?マジでオナシャス」
ジッと睨みながら他言せぬように訴えると、魅羅はふふっと笑い、俺の肩に手を置いた。
「わかったわ。言わないからあれ止めた方がいいわよ」
「あれ?」
俺は魅羅の視線の先を見る。すると咲哉と玲司が何か話していた。正臣も何故かいる。
「……巽のパンツ、いくらで買える?」
「逆にいくら出せますか?」
「……三万」
「……玲司、流石にそれはどうかと思うんだけど。魅羅先輩ですら擁護できないほどだよ。額が額なだけに」
その通りだと思うぞ正臣。でもまあ、魅力的な値段だな。プライドが売られることを許さないがな。俺は握り拳を作り、殺気を隠して近づいて行った。
***
午後五時。いつも部活を終える時間。いつものように部長の一声でお開きになる。
「またね、咲哉君。また遊びに来るねー!」
朱野さんが大きく手を振りながら遠ざかってゆく。できればここには近づいてほしくないが……
「疲れた……」
みんなの姿が見えなくなった頃、俺はふうっと息を吐いて肩の力を抜く。
「そう? ボクは楽しかったよ」
「そりゃよかった。なあ咲哉」
「うん?」
「
頭を撫でながら、優しく言う。これは別に脅迫だったりはしない。ただの、二人のルールの確認をしたに過ぎない。そして、咲哉は……
「うん」
と、わかってると言わんばかりの顔で頷いた。
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