1-15 やっと女の子とキャッキャウフフできる?

 ゴールデンウイークの中間にあった二日間の登校日を終え、後半に突入した。俺は特に何もしないで家でごろごろしていたのだが、ゴールデンウイークが残り二日になった日、一巻発売当初から買っていたラノベの最新刊の発売日だったので、その日は仕方なく家を出ることにした。

 向かったのは学校近くのショッピングモール。家から一番近い本屋がそこの中にあるので行くしかないのだが……知り合いに出くわしたくないなあ。

 というわけで、早速この前買ったグラサンの出番ですよ。うむ、これならバレまい。さて、ちゃっちゃと済ませて帰りますかね。

 俺は足早に本屋に向かい、目的の物を見つけてレジに向かおうとしたのだが……


「……このラノベ面白そうだな、一巻だけ買っとくか。あ、これも面白そう。買っておこう」


 始まってしまった。いつもの悪い癖だ。俺ははっと気付き、ラノベコーナを見ないようにレジに向かう。

 まだお小遣いを使っていないとはいえ、ここで買いたいもん全部買うと財布がすっからかんになる。それだけは避けなければ。

 レジで会計を済ませた後、シャー芯の残りが心もとなかったことを思い出し、全体マップで文房具屋の位置を確認してから最短ルートで向かう。

 その途中。立体駐車場に繋がっている通路で女の子三人がガラの悪い男三人に囲まれていた。

 って、一人は仁科さんじゃないか。……でも、だから何だ。このご時世そんな無理やり連れていこうとするかね。ましてや、人通りが少ないとはいえ場所が場所だ。警察沙汰は向こうも勘弁だろうし。

 そんな風に思っていると、仁科さんと目が合った。大変嫌そうな、助けを求める目。まあ警察沙汰にならないようにとなると、自然とねちっこくなってうざいだろう。それに俺だとバレた可能性も否めない。ここで見て見ぬふりはやばい気がする……

 仕方ない。ああやって警察沙汰にならないようにしてるんだ。警察が絡む状況になれば逃げてくれるはず。

 とりあえずグラサンを外し、とある番号に電話をかけて申し訳ないと思いながらワン切り。男たちの元に近づく。


「いいじゃんかよ、遊ぼうぜ?」


「プリクラ撮ろうよ!」


「いいことしよーよ、ね?」


 なんつーベタなセリフ……って、一人ただプリクラ撮りたいだけっぽい人いますよ? 一人だけいいやつなんじゃない?

 これは案外ねちっこくてうざいだけのパターンかもしらんが、まあ勘違いはよくあることだ。俺は意を決して話しかける。


「あのー、すいません」


 俺は若干猫なで声を作って、弱々しい印象を与えようと試みる。


「あ? なんだ、てめー」


 男三人は一斉に俺の方を見て、一人がガン飛ばしてきた。


「ええっと、大丈夫ですか?」


「何がだよ」


「そちらの三人が嫌そうな顔してたもので……」


 俺は仁科さんの方を見ながら、控えめに且はっきりと言った。すると男三人はバツが悪そうに顔をしかめた。


「ちっ、俺ら遊んでんの。どっか行けやこら」


「あっ、遊んでただけなんですね。すいません。ボク、早とちりして先に警察に電話しちゃったんですけど」


「「「え」」」


 男三人は声を揃えて、同時に目を見開く。そんな彼らに追い討ちの通話履歴。


「でも、ただ遊んでただけなら別に問題ないですね! 六人全員遊んでただけですってちゃんと言えるはずですし!」


 さらに追い討ち。人生最大級の笑顔作って笑いかけてやる。その時にはもうガラの悪い三人は逃げ出していた。

 そして姿が見えなくなって……


「ぷっ、くくく……あはははははっ!」


 俺は笑いを堪えられなくて、つい爆笑してしまう。それを仁科さんたちはぽかんとして見ていた。


「ああ、くそ。面白過ぎ……これ案外使えるのなー。まじでやばそうならまじで通報すりゃいいだけだし」


 俺はひとしきり笑い終え、仁科さんたちに微笑みかけた。


「大丈夫? 仁科さん」


「あ、天篠君……その、ありがとう」


「んにゃ、まあ、上手くいってよかった」


「……貴方が、天篠先輩ですか?」


 仁科さんと一緒にいた、ボーイッシュでしゅっとした顔立ちの女の子が紺青の瞳で俺を睨んでいるように見える。が、何というか、顔から優しさが漏れ出てるというべきか、あまり怖いとは思わなかった。


「え、うん。そうだけど」


 俺の名前を確認しておいて、じっと見るだけで何も言わない。ちょ、そんな可愛い顔で見つめられると照れちゃうからやめてほしい。

 俺は視線で仁科さんに助け舟を求めてみる。それが伝わったのか、もともとそうするつもりだったのか、ボーイッシュの女の子の肩に手を置いた。


「光、自己紹介しなきゃ」


「あっすいません。僕は一年生の仁科光です」


 仁科……妹さんか。


「初めまして。で、そっちは?」


 俺は二人の仁科さんの後ろで様子を伺っている、肩くらいの長さの銀髪をハーフアップにしている女の子に目を向ける。警戒されているようなので、微笑んで見せると少しだけほぐれたように見えた。


「私も一年のみさき沙和さよりです」


「初めまして。それで何かな、仁科さん」


「「はい?」」


 二人の仁科さんが同時に返事する。ああもう面倒だな。


「ああえっと、光ちゃんの方ね。さっき睨まれてた気がするからさ、何かなーって」


 そういうと、光ちゃんは申し訳なさそうにあっと声を漏らした。


「すいません。睨んでいたわけじゃないんですけど」


「ああいや、言い方が悪かった。凄いジッと見られてたが正しいや。それで、どうしたの?」


「いえ、お姉ちゃんがいつも話してる天篠先輩の像と実際の先輩とあまり結びつかなくて」


「ちょっと、光!?」


 仁科さんがいつも俺の話を? 何でだろうか。陰口……を叩くようには見えないが、じゃあ何について話しているのか。気になるが、仁科さんの慌てようから、俺は聞かない方がいいと判断。スルーすることにした。


「そっか。まあいいや、俺はもう行くよ。気をつけてね」


 とりあえず帰ろう。新刊読みたいし。そう思って踵を返すと、ぎゅっと手が握られた。驚いて振り向くと、同じく驚いている仁科華さんの姿があった。彼女はきっと腕を掴むつもりだったのだろうと冷静に解析。

 そんなことを考えているうちに仁科華さんはぱっと手を離した。一々フルネームめんどくせえな。


「……どうしたの?」


「ああ、えっと。お礼……そうお礼! 助けてくれたお礼をさせてほしいの」


「別に気にしなくていいよ。あの人たち勝手に警察呼ばれたって勘違いして勝手に逃げただけだし」


 それに一緒にいる所を彼女のことが好きな陽キャ男子に見られてみろ。殺される。って、朱野さんと学校近くで待ち合わせした時点でアウトか。え、じゃあ俺はいつ殺されてもおかしくない? やだ怖いんですけど。

 てか普通に帰りたい。切実に。


「そこをなんとか! ね、天篠君」


「僕からもお願いします、天篠先輩」


 次は光ちゃんが俺の腕を掴む。ふぇ……近いよぉ。何で女の子はいい匂いするんだろ。不思議だなー。


「あ、天篠先輩。私からもお願いします。というか華さんもひかちゃんも、こうなると引きませんよ。……天篠先輩ならなおさら……」


「え?」


 最後、何て言った? 本当にさ、聞こえるか聞こえないかの声で呟くのやめてほしいんだが。最近分かったんだけど、俺少し耳が遠いんだよ。

 ま、まあいっか。それにしても、こうなったら引いてくれないのか……面倒なことに巻き込まれたなあ。


「うーん」


「……さよちゃんの言う通りですよ天篠先輩。お姉ちゃんは頷くまで引きませんよ!」


「ちょっと光!? あんたも似たようなもんでしょー!?」


「まあ確かに、天篠先輩いい人なのでお礼はちゃんとしたいし、お姉ちゃんをまか――」


「ちょーっと静かにしよっか光ー!?」


 いきなり光ちゃんの口を塞ぐ仁科さん。姉妹で仲がいいな。微笑ましい。思わず頬が緩んでしまう。それを岬ちゃんに見られた。


「華さん、天篠先輩に笑われてるよー」


 と、何故かニヤニヤしながら報告される。


「え!? いや別に笑ってたわけじゃないんだけど……」


「ううっ、と、とにかく時間があるならお礼させて?」


 ジッと、真っ直ぐ見られる。困ったな。何が困ったって、時間はあることである。暇だけど暇じゃないと同じ感覚。

 まあ、いいか。悪いことが起きないように祈っておけばきっと神が助けてくれるさ。


「わかった。折れるよ、せっかく誘ってくれたわけだし」


 そう言うと、仁科さんはぱあっと明るい笑顔を見せた。そんなに嬉しいもんかね。


「それで仁科さん」


「「はい?」」


「……あー、華さんの方」


「ああ、私か。これからは華って呼んで。紛らわしいでしょ?それに光は光ちゃんって呼んでるし……」


「じゃあ、華さんで。光ちゃんも光ちゃんだし」


「まあ、いいでしょう! それで何かな?」


「ああうん、何をするのかなって思ってさ」


 流石にあっちこっちと連れまわされるのは俺にとって逆にお礼にならない。なので確認しておこうと思った。

 俺の問いに華さんはニヤリと笑う。少し、本当に少しだけ、嫌な予感を感じるのは気のせいだろうか。


「ふふ、私に任せて!」


 華さんは凄いいい笑顔で俺に向けて親指を立てて見せた。








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