1-12 これ以上男関係の悩みは要らない
ピー、ピーと洗濯機から洗濯終了の合図が鳴る。俺はすぐに洗濯機まで行き、中から洗濯物を籠に取り出した。そしてその籠を持ってベランダに向かう。その途中でキッチンに目をやると、咲哉がが朝ご飯を作っていた。朝は基本的に俺が家事をするのだが、咲哉には朝練がない時に手伝ってもらうことがある。
うちの親は共働きに加えて多忙なので、二人共朝早くに家を出てしまう。それに加えて夜も帰りが遅いので、俺と咲哉で家事をする。慣れない頃は大変だったが、慣れるとあながち苦ではない。
せっせと洗濯物を干していると、またか……と思う。俺のパンツがない。ちゃんと洗わせたはずなんだが。
「咲哉ー、俺のパンツ知らない?」
「知るわけないでしょ。いつも見たく洗濯機の裏にでもあるんじゃない?」
「まじか、あとで探しとくわ」
「もうすぐ学校行かなきゃでしょ。探しとくからさっさとご飯食べて」
「……ああ、そういえば咲哉は今日創立記念日で休みか」
そう呟きながらさん椅子に座り、テーブルに並べられたサンドイッチを手に取っていただきますと言いい、食べる。
「そうだよ」
「いいなあ、じゃあ任せた。ついでに洗濯物乾いたら入れといてくれない?」
「わかった。二度寝するから起きれたらね」
「どんだけ寝るつもりだよ……まあ、助かる。ごちそうさまー」
「ごちそうさま」
ほぼ同時に食べ終わり、食器を流し場に持っていき、ぱっと洗ってしまってから自分の部屋に戻って着替える。
今日から五月。ゴールデンウイークは四月の二十八日に始まっているのだが、五月の一日と二日の二日間だけカレンダーの都合上休みではない。こういう微妙なの、やめてほしいんだよなあ。
何て考えていると、ブレザーを着てしまっていることに気付いた。うちの高校は暑がりや、寒がりのために、衣替えの期間が五月頭から六月末まである。つまり今日からブレザー着用は強制でなくなる。やや暑がりな俺はブレザーを脱ぎ、カーディガンのボタンを開けてカッターシャツを出し、袖をめくった。
「それじゃ行ってきます」
リュックを背負って玄関で靴を履いた後、返事が返ってこないことがわかっていながらもそう言って、学校へ向かった。
その途中。ふと、違和感を覚えた。こういう時って何か忘れてるんだよなあ。その答えはリュックの中を見てすぐわかった。
「体操服忘れた」
違和感は、いつもより軽かったからなのだろう。さて、取りに帰るとしよう。そう言えば二度寝するって言ってたな。あまり音を立てないようにしてあげるか。
走って家に戻り、そこからはそろりそろりと歩く。そしていつも通り自分の部屋のドアを開けた。
正直言って、言葉が出ない。何で咲哉が俺の部屋にいるんだ? 何で俺のベッドで寝てるんだ? そんでもって、その手に持ってるものは昨日俺が履いてたパンツだよな? え? なにこれ。
「……咲哉。正直に言ってみようか」
もう察している。でも自分の口から言いたくなかった。咲哉は最初こそ慌てふためいていたが、開き直ったかのように真っ直ぐ俺を見た。
「……大好きなお兄ちゃんの、パンツ嗅いでました」
「ブラコン弟のパンツクンカクンカとか誰得だよこんにゃろォォォォォォォオ!!?」
「腐女子です」
「やかましいわ!」
べしっと、咲哉の頭をひっぱたく。ああ、最悪だ。弟が極度のブラコンを患っているなんて……前兆がなかった分ショックがでかかった。
***
帰ってきたら話をしよう。そう言い捨てて俺は通学路を歩く。今回ばかりはショックが大き過ぎる。もしかして、定期的にパンツが行方不明になっていたのはそういうことなのだろうか。前兆は俺が気付いてないだけであったというのか……
パンツ行方不明事件って、初めて起きたのは三年前なんだが? まさかそこから? 頭痛くなってきた。
何度ため息を吐いただろうか。いつの間にか学校に着いていた。もう帰りたいなー。弟と話をしなきゃいけないんだから。
「あらたっつん、おはよう」
俺のあだ名が呼ばれた。のっそりと振り返ると魅羅が体育館の方から歩いてきた。
「よ、魅羅。おはよう」
「……なんだか疲れてるわね? 朱野さんと上手く行かなかった?」
「いや、それは知らん。頑張ったのは頑張った。が、上手く行ったか失敗したかよくわかんなかったんだ」
「なるほど、それはアタシが判断しておくわ。それで、それが原因じゃないとすると何?」
「……おとうぐべばッ!?」
「たっつん!? どうしていきなり吐血!?」
「悪い、思い出したらつい」
「相当なことっぽいわね……」
まあ、魅羅には言ってもいいかな。そう思った俺は今朝あったことを全て話した。自分で言ってて虚しくなってくるのは何でだろう。話した後の魅羅の表情は何とも言えないような、どう慰めるべきか、悩んでいるように見えた。
「……大変ね」
結局捻り出したのはそれだけですか。いやまあ、多大な期待をしていたわけじゃないからいいけど。
「放課後顔出して言うつもりだけど、今日は部活休むよ。お話しなきゃならんのでな」
「そう、わかったわ。……ねえたっつん」
「どした」
「その話、朱野さんにしたら? 喜んでもらえるかもよ」
「嫌だよ何でだよ嫌だよ絶対」
「えー、気になるじゃん。教えてよ」
背後から聞こえた声。この声は確実に朱野さんだ。やっべー、俺隠しきれる気しない。いや頑張れ俺。何とかできるかも。
「何でもないよ」
「そんな雰囲気じゃないけどなぁ?」
「朱野さんって凄く可愛いねって話ししてたんだよ」
「ッ! ……またまた、そう言うのいいから言っちゃいなよー」
……悪いな朱野さん。流石の俺でもそれは見逃さない。可愛いって言われて少し詰まったな? 魅羅が協力してくれるか定かでないからここは俺一人で押し切ってみよう。
「本当だよ? だからちょっと言いづらくてさ。ほら、面と向かって言うのって照れるから」
俺は本当に照れたように、はにかみながら頬をかく。あれ? 俺完璧じゃね? ゾーン入ってますわこれ。
「……ほ、本当なの? 三上さん」
これは朱野さんも上手い。魅羅の証言次第で完全に覆せる。同時に諸刃の剣でもあると思うが。
しかし、魅羅は答えない。答えずに、何か考えているようだった。
「……魅羅?」
「え? ああ、ごめんなさい。何かしら?」
「朱野さん可愛いよねって話」
「ああ、そうね。可愛いと思うわ」
「ちょっと天篠君!? その聞き方卑怯じゃない? 三上さん違くて、さっき二人で話してたでしょ? その内容なの!」
「ああ、弟さんの……あ……」
「待って魅羅!? その、あ……の言い方は何かある言い方じゃん!」
そう言うと、心ここに在らずだった魅羅は我に戻り、しまったという表情をして手を合わせごめんと伝えてくる。もう遅いので気にするな……
「やっぱり嘘だったんだ」
「可愛いと思うのは事実だけどね……確かにさっきはその話はしてないよ」
観念して正直に言う。すると、朱野さんは顔を赤らめて少し俯いていた。熱でもあるのか? でもそんな素振りはなかったが。
疑問に思ってじっと見過ぎていたからか、朱野さんはぎゅうっと目をつぶって、ぱっと目を開いた。
「今日、お昼ご一緒していい?」
「お、俺は構わないけど。玲司に聞いてみ――」
「構わないよ」
「うわっ!? びっくりした……」
いつの間にか後ろにいた玲司がいきなり声がした。いきなり声を発するものだから、つんのめってしまう。振り向くと、その後ろにちゃんと正臣もいる。
「ああ、ごめん巽」
「いや、大丈夫。てかいつの間に」
「一分前」
「一分前から背後に!?」
「に学校着いた」
「驚かせようとすな……」
ふう、と息を吐いて俺は朱野さんに向き直る。いつも通りな感じになっている。そういえば朱野さんってこういうクールめな感じだったっけ。
「まあ、ということで、おっけーみたいだよ。朱野さん」
「うん。じゃあお昼に」
朱野さんはそう言って、逃げるように走っていった。
「たっつん」
「ん? 何?」
「意外とやるじゃない?」
「え、どういうこと?」
「ふふっ、わからないならいいわ」
魅羅は何故か嬉しそうに笑いながら誤魔化す。非常に気になるところではあるが、聞かないのが吉と思い、ぐっと飲み込んだ。
それから教室棟の三階まで一緒に行き、そこで分かれる。さて、今日は寝れる授業あったっけ。
「おはよう、天篠君!」
「ん?ああ、おはよう、仁科さん」
言い終わってから、俺はしまったと思い、顔を逸らしてしまった。笑顔を作るのを忘れていた。愛想よくしてくれているのだから愛想よくしねえといけないのに。
「あー、えっと……」
何か言おうとして、何も言えなかった。今まで挨拶しか交わさなかったので、どう切り出せばいいか。こういう時、相手の反応を待つ癖、どうにかしたいと思うのだが簡単に治るならそもそもどうにかしたいって思わないか。
俺は恐る恐る向き直ると、俺に微笑みかけてくる仁科さんの顔が近くにあった。少し、ドキリとする。が、これはびっくりしたからだ。それ以外はない、はず。あるとすればいい匂いだったからかな。うん。
「な、何かな」
「うんん、何でもない!じゃ!」
「ああ、うん」
嬉しそうに仁科さんは友達のもとに向かって行った。
一体何だったんだ? いくら考えてもわかる気がしなかったので、諦めて自分の席に座った。それよりも考えなきゃいけないこともあるし。ああもう、本当に頭痛い……
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