1-11 結局いつも通りなんだよなあ

 どうしよう。

 色々考えて内心テンパってしまい、未だに朱野さんを腹の上に乗せたままだ。顔を赤くしている理由はなんだとか、本当に大丈夫なのかとか……二つしか考えてなかったわ。何テンパってんだろ。

 急に冷静になれた俺はとりあえず上体を起こし、朱野さんを両腕で抱えてゆっくりと床に座らせる。


「あ、朱野さん? 何処か痛い所はある? 痛くなくても、違和感を感じる所は?」


「な、ない。ありがと……」


 朱野さんは俯きがちになり、手で口元を隠しながら首を振り、礼を言ってくれた。


「無事なら、それでいいんだけど……」


 どうして顔が赤いの? 何て聞けるわけないし、あまり触れないようにした方がいいかもしれない。顔が赤いからって照れてるとは限らない。人前でやらかして恥ずかしく思ったという方がしっくりくるし。

 こうなると話術がないことを悔しく思う。


「それで、ええと、何か聞きたいことあるんじゃなかったっけ」


 かなり無理に話題を変える。全く気の利いてない話題転換だが、これが俺の精一杯なので大目に見てほしいものだ。


「そ、そうだったね、すっかり忘れてたよ。その前にちょっとお花摘みに……」


 そう言って部屋から出ていく。お花摘みに行くっていう人本当にいるんだ。漫画の中だけだと思ってた。


「普通にお手洗いにって言えばいい気がするのは俺だけかな?」


 一人残されるとあれやこれやと考え始めてしまう。結構軽かったとか柔らかかったとか、いい香りだったとか……うん、きもいな。俺は頭を振って煩悩を振り払う。

 とりあえず、俺の目的は達成できたのだろうか。今日で意識させるまで行けって言われても確認のしようがない。困ったな……まだ頑張らなければか。まあ頑張り過ぎて損ということはないだろうからな。……ないよな?


「お、お待たせ。ちょっと待ってね、ノートパソコン立ち上げるから」


「あ、ああ」


 それにメモを取るのか? 壮大過ぎないか? 期待され過ぎじゃない? 大丈夫?


「よし、じゃあ始めるよー。まずさ、BLを神格化し過ぎって言ってたよね」


「そうだね。神格化というか、夢見がちっていうかそんな感じがしたり、ん? って思うことがあるね」


「どんな所が? 出来れば全部言ってほしい」


 彼女の眼差しは真剣みを帯びていた。そんな眼差しを向けられたところで見聞だったり、予測でしか言えないのだが。一応断っておけばいいかな。というか女の子と二人きりで話す内容でないことを話すことになるが。


「まず断っておくと、体験したことないから憶測の域を出ない。的外れな妄想になる可能性がある」


「わかってるよ。天篠君はノーマルなんでしょ?」


 茶化したりはしないようである。

 ……それはそれで話し難い。でも官能小説を押し付けてくるくらいだ。それなりに耐性があることだろう。


「文章力、一部を除く表現方法は申し分ない。今回見ちゃった、というシチュエーションだからこの男二人の……」


「天篠君と宮原君ね」


「実名出さないで。せっかく実名で書くのはやめろっていうの我慢してたのに」


 個人的には一番言いたいことであるが、メインは名前がどうこうとかいう話ではないと思って飲み込んでいた。だがやはり口にされるとかなりやめてほしいと思う。


「とりあえず、この二人の馴れ初めがないのは仕方ないけど、お……受けの方のセリフから初めてするってわかる」


「うん、そうだよ」


「穴にすんなり入り過ぎだと思うの」


 俺が恥ずかしがってはいけない。ここから俺は普通女の子に言わないようなことを言いまくることになった。

 ゴムをつけないことの抵抗がなさ過ぎるとか、初めてなのにとんとん拍子に行為が行われてるとか、息子さんの描写が~とか、行為シーンになると冷静な状態で執筆していないのか表現の重複があるとか、見聞表現が少な過ぎてもう行為の途中から覗いてる感がないとか。


「とにかく、興奮するのはわかるけど――」


「待って」


 真剣な雰囲気で、俺の発言を一旦止める。俺は訳がわからず首を捻った。


「ん? どうした?」


「私が発情してるみたいな言い方に聞こえたからつい」


「違うの?」


「何か心外なんだけど!?」


 若干必至な様子が伝わってきて、俺は思わず声を上げて笑ってしまう。


「ふははっ、ごめんごめん」


 クールだと思っていたが、実はそうでもないよな、朱野さんって。結構コロコロと表情が変わる気がする。見てて楽しい。

 ひとしきり笑っていると、朱野さんが俺をまじまじと見ていることに気付いた。妙に照れ臭いので、早々に何の用か聞くことにした。


「な、何かな?」


「ああいや、笑顔が見れたなって思って」


「……ああ、なるほど」


 思わず苦笑いをしてしまう。確かに彼女の前では見せたことがなかったっけ?


「笑いたくなくて笑ってない訳じゃないんだけどな」


「それは、昔にそうなったきっかけがあったりするの?」


 問われた俺は、思わず視線を逸らしてしまった。これは何かあったと言っているようなものではないか。やらかしたなあ。ここから誤魔化すのは不自然過ぎる。


「まあ、少しね」


「あ、ごめん。聞かれたくないことだった、よね」


「いや、いいよ。疑問に思われるほど俺は笑えなさ過ぎっていうことが顕著になったしね。それよりも続きだよ、何話してたっけ?」


「……さあ?」


 またしても無理に話題を変えると、朱野さんはバツが悪そうに視線をすーっと逸らす。まあ、忘れてないんだけどな。


「あ、わかった。朱野さんが行為シーン書くときに興奮してしまう話だ」


「だから言い方が悪い! そろそろ泣くよ?」


「ごめんごめん。とにかく、情熱を注ぐのは良いことだ。でも注ぎ過ぎて他が散漫になっているのはいただけないね」


「わかった、頑張る。次はどうしたらもっと良くなるとかある?」


「うーん、とりあえず言ったことを注意してくれればいいと思うよ。でも、最後ら辺の一緒に、何? 達する場面って言うのかな。タイミングが合うことはそうそう無いって聞くし、一緒に達せなかったからもう一回しようかーみたいなのが人によっては良いと思うんじゃない?」


「……確かに。イイかも」


 朱野さんはぽつりと呟いて、カタカタとキーボードを叩き始める。その速度は尋常ではなかった。すげーな。


「やっぱり天篠君ってさ」


 と言いながら、朱野さんはキーボードを叩く手を止めた。


「うん?」


「経験あるでしょ。男の」


「ないよ……」


 ため息混じりに言うと、朱野さんはクスリと笑って、作業を再開する。俺は時間を見ようとスマホを取り出す。画面には『11:32』と表示されていた。

 その数字を見たせいか、空腹が気になり始めてしまう。でも捗っている彼女を止めることも憚れる。困ったなと思っていたが、すぐに悩みの種は消えることとなった。

 きゅーう、と可愛らしいヘンテコな音が鳴った。その音とほぼ同時に朱野さんのキーボードを叩く手が止まり、少しだけ頬を赤く染めた。


「……さてと。もうお昼だし、聞きたいことがないならお暇させてもらおうと思うけど」


「待って天篠君」


「ん? どした」


「料理、できますか?」


「できなくもないが」


「お昼ご飯作ってくれませんか?」


 朱野さんは非常に申し訳なさそうにし、手を合わせて頼んでくる。


「昼ご飯って言っても、何作ればいい?」


「そもそも冷蔵庫の中があまり残ってなくて」


「見てもいい?」


「作ってくれるの?」


 ぱあっと表情を明るくさせる朱野さん。普通こんなこと頼まないよなと思いながらも俺は承諾するため首を縦に振る。


「まあ、簡単なものなら」


「ありがとう天篠君!」


「どういたしまして」


 俺は朱野さんについて行き、キッチンへ。そして冷蔵庫の中を確認した。確かにほとんどないに等しい。


「本当にすっからかん」


「今日夕方にお母さんが買い物して帰ってくるけどね。お昼はごめんけど自分で何とかしといてって言われて」


「なるほどね。ていうか以外かな、朱野さん料理は苦手?」


 問いかけながら余ってるものを把握する。冷ご飯に卵が一つ、キャベツが四分の一玉、レタス少々……次に調味料。結構揃ってるな。


「……できないの方が近いかな。お手伝いくらいならやってるんだけどね。ああそうだ、天篠君も食べていって。作るの天篠君だけど」


「ありがとう。ああそうだ、少し手伝ってくれない?」


「何すればいい?」


 俺は冷ご飯を二人分取り出して朱野さんに渡し、流し場の下の戸を開ける。


「冷ご飯をチンして、あ一分くらいでいいと思う。それで……この鍋に水三百五十ミリリットル入れて火にかけてほしい。強火ね」


 小さい手ごろな鍋を取り出して朱野さんに渡す。朱野さんは少しポカンとしてからふふっと笑った。


「な、何?」


 俺はまな板と包丁を取り出しながら尋ねると、朱野さんは大したことじゃないと首を振る。


「あれこれ指示してくるのがお母さんっぽくって。それはそうと何作るの?」


「炒飯と中華風卵スープとサラダかな?」


 とりあえず失敗するのが嫌だったのでまずくはならない昼食の献立を立てた。


 ***


「美味しかった」


「まあ誰が作っても失敗はしないと思うけどね。お粗末様でした」


 俺は二人分の皿を流し場に持って行って、皿洗いを始めようとする。


「あ、いいよ天篠君。置いておいても」


「え? あ、ごめん。つい癖で」


 あまり俺がやり過ぎると気を遣わせてしまうか。俺はお言葉に甘えて水に皿を浸けておく。あまりこれはしたくないんだけど。


「……何か天篠君、ほっとけないって目でお皿見てる」


「ああ、俺って後回しにするとずるずると先延ばしにしちゃうからさ」


「天篠君って、いいお嫁さんになれそうだね」


 ……ん? 何でお嫁さんの方? 嫌な予感が一瞬にして俺を包囲する。わかってる。悪い予感が当たるやつでしょ?


「宮原君と結婚したらいいと思う」


 はい、ビンゴ。

 その後、少し雑談をしてお暇することにした。結局意識させられたのか? 魅羅に明日聞いてみるとしよう。


 ***


「……ふむ、料理ができて、優しい。そして笑顔がいい。ポイント高いな」


 若干頬を赤らむのを感じる。今日はやけに熱い気がする。私はどうかしてしまったみたいだ。

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