1-21 喜びも束の間、巽悪役になる?

 非常に眠い。昨日は目を閉じると佳那芽さんに名前で呼ばれた時がフラッシュバックしてあまり寝られなかった。

 あくびを噛み締めながら朝食を作り、弁当を作る。


「お兄ちゃんおはよう」


 ウトウトしていると、リビングに咲哉が入ってきた。咲哉は俺を見た途端に少しばかり心配するような表情になった。


「ああ、おはよう咲哉」


「……大丈夫? 眠そうだけど」


「ああ、大丈夫。昨日嬉しいことがあって、それを思い出して悶々としてただけだから」


「そっか、それならよかったよ。じゃあボク朝練行ってくる」


「ああ、いってらっしゃい」


 にっこりと微笑んで駆け出して行った。いつもは安心するこの時間、だけど今日は眠くて眠くてこのままじゃ寝落ちして遅刻するかもしれん。

 今日は早めに家を出ることにしよう。流石に歩きながら寝ることはないだろうし、ゆっくり行けばいい。

 学校に着いたのは、いつも通りの時間だった。校門付近には玲司と正臣がいる。


「おはよう、二人共」


「あ、おはよう巽」


「おはようございます、天篠先輩。何か眠そうですね」


「ああ、あまり寝れなかったから」


「なるほど僕のことを想っていたら寝れ――」


「実は昨日佳那芽さんに名前で呼ばれてさ、それが凄く嬉しくてな」


 自分から言っておきながら照れてしまう。やばいな、俺浮かれ切っている。え? 玲司を無視してるって? 心外だ、偶然発言が被っただけでこれから反応しようと思っていたんだよ。


「だから玲司は関係ないゾ☆」


 ニッと笑ってウインクをサービスすると玲司は自分の心臓を押さえた。


「くっ、うざいけどかわいい!」


「何かテンション高いですね、天篠先輩」


「うん、今のは自分でもそう思った」


 これは浮かれてるのと深夜テンションの引きずりからなるものだろうと思う。寝られなかった時って深夜テンション残ることあるしね。


「あらたっつんたち。おはよう」


 魅羅がひらひらと手を振りながらこちらに向かってくる。ルーシーさんの姿はない。


「ん、おはよう魅羅。ルーシーさんは朝練?」


「そ。まあルーシーは朝練なくても自主練するから朝は基本的に一緒じゃないわ」


 練習熱心なんだな。オーバーワークが心配だが、まあ俺が心配することでもないだろう。魅羅が気付けないとは考えにくいし。


「そうだたっつん、昨日はどうだった?」


「どうとは」


「昨日朱野さんと帰らなかったの?」


「校門までだよ。何か華さんのこと聞かれた。後名前で呼ばれたよ。嬉しかった」


 素直に報告すると、魅羅は満足そうに微笑んだ。何でそんなにニヤニヤしてるんだか。


「そう、ならいいわ。それはそうとたっつん、体育祭は何の種目に出るつもりなの? 確か今日決めるんじゃなかったかしら?」


「え?」


「え?」


「……まさかたっつん、先生の話聞かないタイプ?」


「まあ基本的に」


 俺は学校の行事に大きな関心はない。先生の話は『テスト』や『課題』、『宿題』といった単語を耳にしない限り授業内容以外の雑談だったり連絡を聞かないことが多い。


「まあでも、時期的にそのタイミングか」


「去年は何に出たの?」


「去年? ええと、八十メートル走と障害物競走だったかな」


「どっちも三位だったね」


「よく覚えてるな、玲司」


 当の本人が忘れているというのに。なんというか、本当に酔狂だな。……本当に、何で俺なんだろうな。結局わからないままなんだよな。いつかわかるときがくるのだろうか。


「まあ今年も同じかなって思ってるよ。走るのはまあまあ自身あるから。今年も三位取るよ」


「微妙に貪欲ね、たっつんは。朱野さんにいいとこ見せたくないの?」


「逆にかっこ悪い姿見せる気がするから背伸びはしないの」


 ちっちと指を振って、俺は昇降口に向かう。後ろから呆れたようなため息が聞こえた後、足音が鳴る。


「それに、人間運動できるだけでモテるもんじゃない。そこにはイケメンであるという前提条件が存在してるんだ」


「嫌な偏見ね」


「まあ確かに例外はあるだろうけど、一々その例外とやらに期待してられるか」


「わかるけれどね。まあたっつんなりに頑張って」


「ああ、わかってるよ」


 わかっているが、体育祭で俺が活躍できる場はない。おとなしくしていた方がましだろう。そんなことを考えながら、俺はみんなと駄弁りながら階段を上がった。

 玲司たちと別れて教室に向かい、ドアを開けるとすぐ近くにいた華さんと目が合った。


「おはよう、華さん」


「うん、おはよう巽君」


 笑顔で挨拶を交わし、自分の席に着く。リュックを机の横にかけて座ると、視界にこちらに歩いてくる佳那芽さんの姿が映った。


「おはよう、巽君!」


 にっこり笑顔でそう挨拶する佳那芽さん。なんか嬉しいことでもあったのだろうか。


「おはよう佳那芽さん。何だか浮かれてるね?」


「え!? そ、そうかなぁ? まあ、それはともかく、今日体育祭の種目決めらしいけど、巽君は何に出るの? 入れ? 倒し?」


「何かアクセントの位置に悪意を感じるんですが」


 明らかに狙ってるよね佳那芽さん。だから何のこと? みたいな顔しないで。本気で何だ違うのかって思っちゃう。


「とりあえず、去年と同じ八十メートル走とか障害物競走とか、楽なやつがいいな」


「楽なの?」


「楽だよ。八十メートル走は一つ目の種目だからすぐに終わるし、障害物競走はまあまあ面白いから苦じゃないんだよ」


 言い切って、俺は佳那芽さんを見た。佳那芽さんは机に両手をついて、俺を見ていたのだろうか。すぐに目が合い、見つめ合う形となってしまった。佳那芽さんは不思議そうな顔をして首を傾げた。そんなに見てどうしたの? とか、そんな雰囲気だ。


「佳那芽さんは何に出たいなってのはあるの?」


「私? うーん、走るの苦手だからそれ以外でって感じかな」


 だから特にこれってのはない、とあははと笑いながら続けた。俺はそっかと何も会話の発展性のない返事を返してしまった。何だか妙な違和感を覚えた。ほんの少しぎこちないと感じただけに過ぎないが。


「あ、当日さ、愛妻弁当作るの?」


「いや、妻じゃないから。ただの弁当なら作るよ。あ、何か魅羅が食ってみたいって言ってたな。追加で買い物しないとだな」


「……そのお買い物、デートの後にしてほしいんだけど」


 と、何も抵抗なく言っちゃう佳那芽さん。そこまで大きい声ではないし、周りがうるさいが近くの人には聞こえるわけで、案の定隣で本を読んでる子に驚いた顔された。そりゃそうだ。


「それはいいんだけど、こういう場でデートって言うのはいかがなものかと」


 誘おうと思ってたとか度々デートと言われると流石に意識する。さっきから心臓が超うるさいんすけど。

 俺がそう言うと、佳那芽さんはうーんと少し考えて、かぁぁッと頬を赤くした。


「ああっ、いや、深い意味はなくって。無意識で……ご、ごめん……」


「わかってるから、誤ることじゃないよ。とにかく了解。もしかして、ついてくるの?」


「うん。そのつもり。……だめ?」


「んにゃ、だめじゃない」


 こちらとしても佳那芽さんともっと距離を縮めたい。一緒の時間が増えることは俺の利益が大きくなる。だめな理由はない。


「ふふっ、よかった。じゃあ、そろそろ時間だから。また放課後で」


 佳那芽さんは俺の机から手を離し、後ろに回した。ちらと時計を確認すると、もうすぐ予鈴が鳴る時間だった。


「うん、放課後で」


 ……佳那芽さんとお出かけ。楽しみ過ぎてもう体育祭どうでもいいかもしれない。それくらい、嬉しい。


 ***


 放課後。友達と話している佳那芽さんを横目に俺は教室を出た。


「あ、天篠先輩!」


 と、俺を呼ぶ声がした。顔を上げると目の前にズボンを履いている可愛い女の子じゃなくて男の娘の光がいた。会う度思うけど何で女の子じゃないのだろう。


「よ、どうした?」


「あの、付き合ってもらえませんか?」


 俺は反射で何か言う前に口をきゅっと結び、ポーカーフェイスを作ることに成功した。

 ……天篠巽。しっかりと考えたまえ。いきなり言われてちょっとあっちの方かと思ってドキドキしちゃったけどおちちゅけ~。流石に脈絡なさ過ぎる。

 俺はゆっくりとポーカーフェイスを崩して光を見る。


「ああ、いいよ。それでどこに?」


「……ついてきて下さい」


「ああ」


 俺は玲司に少し遅れると連絡を入れながら光について行った。辿り着いたのは、中庭だった。中央に立つ大樹の周りにあるベンチに沙和ちゃんが座っている。


「……俺に用があるのは沙和ちゃん?」


「そうです。じゃあボクは部室に行きます。さよちゃんは天篠先輩と二人きりで話したいことがあるらしいので」


「ありがとね、ひかちゃん」


「ううん。では」


 ひらひらと手を振って、校舎に消える光。俺はそれを確認してから沙和ちゃんを見た。


「それで、どうしたの?」


 聞くと、沙和ちゃんは言いづらいのか顔をしかめる。弱ったな、どうしようか。


「何が頼み事?」


「……はい。じ、実は……アピールしてもひかちゃんが気付いてくれないんです!」


「……ん? というと?」


 聞き直すと、沙和ちゃんは顔を赤くして俯く。長くなりそうと思った俺は沙和ちゃんの隣に腰掛ける。


「私、ひかちゃんのことが好きなんです」


「うん」


「でも、告白する勇気がなくて」


「わかるよ。具体的にどんなアピールを?」


「む、胸押し当てたり」


「まあ基本的に好きな人にしかしないだろうね」


「……後はこっちから手繋いだり……」


 かわいいかよ。俺ならすぐ気付いてころっといくね。そのくらい可愛いアピールだと思う。


「でも全然何とも思ってないようというか、普通のスキンシップって思われてるみたいで」


「あー、それはきついね」


「それでもしかしたら他に好きな人いるのかなって考えちゃって」


「なるほどね、事情は把握した。そうだな……」


 正直言って時間の問題のように思う。光の好きな人が誰か何て知らないが、明らかに心に距離は近い。何らかの障害がない限り……

 ここで、俺の脳に電気が走ったような感覚に襲われる。そういえば光があの部に入ったのって、俺がいるからって言ってなかった? 嫌な予感がし変な汗が噴き出た。もしかして、俺が障害になってる?


「どうしたんですか、天篠先輩」


「……何でもないよ。うーん、実際にアピールされた時の光の反応を見てみたいんだけど、今日は暇? 体験入部って形でちょっときてみてさ」


「それは、遠慮したいです。ひかちゃん、あそこでとても大事な、やらなきゃいけないことがあるって、ちょっと照れくさそうに言ってて。邪魔したくないんです」


 変な汗が止まらない。いやもうこれ邪魔してるの俺じゃん! 二人の恋路邪魔してる悪役じゃね!?


「……わかった。少し探りを入れてみる。報告は明日でいい?」


「はい。ありがとうございます」


 俺は足早にこの場を立ち去る。ごめん沙和ちゃん。多分俺のせいなので全力でサポートしますううううう!










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