1-2 その勝負、受けようじゃないか!
また明日、朝にでも。
宮原君の言葉を俺は忘れていない。そしてなるべく会いたくなかった俺は校門が開く七時に学校に着くように家を出た。
朝のホームルームが始まる前に俺の教室までくる可能性とか、その他諸々考えたり、同性愛についてググってたらいつの間にか朝になってて、寝たら遅刻すると思い早く出た次第だ。
だと言うのに、あの人何でもう既に校門前で待機してんの? ちょっと早く着いちゃったから今六時五十分だぞ!?
「おはよう巽君。ここの塀は高いから危ないよ」
げ、バレてるし。
「……おはよう。気付いていたなら気付いた時に言ってくれればいいのに」
「巽君から話しかけてくれたら嬉しいなと思ってね」
「その可能性はないだろうに。……ここでどのくらい待ったの?」
「大丈夫、僕もついさっき来たところだから」
「待ち合わせに早く来ちゃった彼氏か。そう言うの要らないから、本当にいつからそこで待機してたの?」
「巽君がどうしても知りたいようだから言うよ。えーっと確か……六時にはもうここに着いていたよ」
走ってたらワンチャンとか思ってたけど、そもそも家を出たのが六時半の時点でもう遅かった。どう頑張ってもこの人に会う定めだったかー。くそったれ過ぎる。
「そんな早くから待つなんて、酔狂にも程があると思うんだけど」
「毎朝君に挨拶をする子がいるだろう? 僕はずっと嫉妬してたんだ」
知らぬ間に嫉妬されている恐怖。この世界はホラーの世界? ほんとうにあった怖いような怖くないような話、略して『ほん怖』にこのエピソード送ったらテレビで放送されそう。
「てか、あの人はただ単にそう言う性格なだけだよ。誰にでも親しげに挨拶をする。嫉妬することはないよ?」
「それでも、だ。僕は基本的に君と会話をする人全員に嫉妬した。僕はいてはいけないポジションだと思っていてね」
何それ俺と言葉交わした人すげー可哀想。こんなイケメンから嫉妬の眼差し食らうんだぜ? 何か一周回って尊敬するわ。
「でも君は―――」
「玲司」
「え?」
「玲司と呼んでくれ」
「じゃあ、玲司君」
「ふふっ、何だか付き合いたてみたいでおかしいや」
テメエ。俺もちょっとそれ思ってドキリとはしたけどあえて言わなかったのに言いやがって。その悩殺笑顔があるからってそれで落ちると思うなよ? コラそこ、もう落ちかけてるとか言わない。
「こほん、それで玲司君は今こうやって俺と関わりを持って、関係を築こうとしている。誰かに背中押されたのかな?」
「そうだね。同性愛者は異常。異性愛者は普通。それが『当たり前』になってしまった以上、巽君に想いを伝えることは、巽君の人生を壊すことになると思っていたんだ。それに、避けられでもしたら死にたくなるだろうけど、ぶつかってみないとって言われてね」
気持ちは、わからない訳ではなかった。別に俺は同性愛者って訳ではないが、好きな人に避けられること、好きな人を不幸にするかもしれない可能性があることは辛い。
それが『異常』だと言われてしまう同性愛ならば、尚更であることを完璧にわかるなんて言えないが、多少なりと理解はできているはずだ。たった一晩、調べただけに過ぎないけれど、前知識も少しばかりならある。
――その前知識って、いつ調べたものだっけ?
「巽君?」
「え? あ、悪い! つい深く考えちゃって」
「いやいいんだ。そう真剣に捉えてくれる人、そうそういない」
良い人と言われているようで心が痛い。俺だって昔は笑いのネタにしてしまったことがある、前科者のようなものだ。
「でもね、巽君」
急に、声のトーンが低くなった気がした。ゆったり、ゆったりとこちらに歩み寄ってくる玲司君の顔は、何処か被虐心を燻られるような、そんな感覚。そして玲司君はまるでキスの直前のように近い距離まで顔を近づけてきた。
「僕は少々汚い人間だ」
「き、汚い?」
「ああ。君と結ばれる為なら何でもする。そういうことをする覚悟ができているということだ」
体全体が竦む。激しい動機を感じ、心音が五月蝿い。だと言うのに彼の言葉ははっきりと聞こえた。
「何でもって、大袈裟な」
「大袈裟か。なら例えを言おう。今巽君は僕を怖いと思ってるね? そこに漬け込んで、じっくりと僕色に染めても構わない。……でも、僕はそういう手を使いたくない。だからこそ、勝負をしよう」
「勝負?」
「ああ、勝負を受けるなら、僕は悪い手を使わず、正面から巽君と向き合って、正攻法で行く。でも、勝負から逃げるようなら……皆まで言わずにわかるよね?」
「……仮に勝負を受けるとして、玲司君の勝利条件は俺を惚れさせて、付き合うこと。なら、俺の勝利条件は何だ?」
虚勢を張ってそう言うので精一杯だった。玲司君は既に考えていたようで、未だに近距離を保ったままにっと笑った。
「巽君の勝利条件は女の子と付き合うこと。好きな人、いるはずだ」
……こいつ、どこまで知ってんだよ。内心言葉遣いが荒くなる。ここまでくれば、きっと全部知ってる。こんな微妙なタイミングなのは、調べるのに時間がかかったと思えば納得が行く。何も否定できない以上、乗るしかないだろ。俺だって、男だ。
俺はきゅっと目を瞑り、一、二歩後ろに下がる程度の力で玲司君の胸元を押し、ばっと目を見開く。
「わかった! 受け――」
ゴツッ! と鈍い音が響く。眼前に広がる光景に、驚きを隠せなかった。俺は確かに、たった一、二歩下がる程度の力で押したはずなのだ。なのに彼は一、二歩どころか十数歩よろけながら後ろに下がっていき、花壇にかかとを引っ掛けて倒れ、学校の塀で頭を打ったのだ。
「……え? いや、は?」
悪い予感がよぎる。刑事ドラマ何かでありがちな死に方ではないか。リアルじゃそんなんで死なないだろと思っている派ではあるが、実際に起きると焦る。
「ちょちょちょ!? 大丈夫か!?」
俺は玲司君の上体を腕で支え、ゆっくりと起こす。するとまだ意識はあるようで、薄らと目を開けた。
「ふっ……いい力してるね……」
「いやほとんど力入れてないから! 足腰弱すぎない!?」
「それよりも、受けるんだね? ……ふっ、そうでなくっちゃ、面白くない」
「いや今も十分面白くないよ!?」
「僕は、大丈夫だ……君を残して逝く訳にはいかな、いから、ね……ガクッ」
「ちょっと玲司君ー!? カッコいいセリフ吐かれても困るよ!」
頭を打っているので激しく揺らせない中、とにかく保健室に行こうと、抱えようとしたその時であった。
「お困りかしら?」
男の声。だと言うのに甘ったるく、女のような口調。振り向けば、身長が優に百八十超えているであろう、男がいた。顔の堀は日本人にしては深く、外国人にしては浅い。男にしては長めで濃い紫のメッシュを所々に入れた黒髪、前髪はオールバックのようにして、カチューシャかヘアバンドか定かでないが、どちらかで留めている。
だがピアスが何処か女らしいような丸っこいハート。手提げ鞄に付いているストラップも、女の子に爆発的人気を誇るキャラだ。
俺は知っている。宮原玲司と、ほとんど行動を共にする、この学校でオカマや、オネエと呼ばれる有名人。
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